第52話 vsセルリアン -秘められしもの-


(まずい…まずいまずいまずい…!)


コウとヘルの会話を聞いていたキュウビキツネは焦っていた。嫌な予感が的中した…そんな表情をしていた


(自分の好奇心を優先したばっかりに…!昨日のことは聞くべきじゃなかった…!)


彼が怯んでしまったのは、彼が止まってしまったのは自分のせいだと考えていた。攻撃を受けた彼を心配しそちらに意識が向く



『ガオオオオォォォォ!!!』



そこに黒に染まった虎が襲いかかる。鋭利な爪を彼女目掛けて振り下ろす


ドガアァン!と轟音が鳴り地面が抉れるが、彼女はそこにはいない



「…本当、嫌になるわ」



後ろに回り込んだ彼女は吐き捨てるように呟く。眼は光り、身体からキラキラとした輝きを放っている



「──幽玄壮大無限光弾」



ドドドドドッッッ!!と弾幕が放たれる。顔に、四肢に、体中に。それでも目の前のセルリアンは怯むだけ。削れてはいるが致命傷にはならない。それでも彼女は攻撃を続ける。息つく隙など与えない


「今ね、私は怒っているの。自分に、あいつに、お前に」


彼女は決して止まらない。目の前の敵を倒すまで


彼女は決して許さない。さっさと片を付けて、彼を助けにいく



「──だから、本気でいくわよ」



野生解放。そして、それは彼女だけではない



「久しぶりですね…いきますか」

「誰が最初に倒すか勝負じゃな」

「それもまたよかろう。では…」



「「「──野生解放」」」



他の三人も輝きを纏い、敵を見据える



彼女は、彼女達は、こんな所で止まらない






━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━



──そういえば、これは守ってもらうわよ


「なに?」


──1つ:その姿で太陽の下に出ないこと。2つ:その姿で流水を渡らないこと


「吸血鬼の弱点じゃないか。それがどうした?」


──最後まで聞きなさい。…3つ:死なないこと。絶対よ


「は?吸血鬼は不死なんだから俺もそうじゃないのか?」


──…貴方は、違う。完全な吸血鬼じゃないから、常に死がつきまとうの。だから気を付けなさい、生き返れるか分からないんだから


「…なんか納得できないんだが」


──そういうもの、として無理矢理納得して


「…なんか変な感じするけど…まぁお前が言うならそうするよ」


──…ありがとう。さっ、修行の続きするわよ。殺す気でいくから頑張りなさい


「死ぬなって言っといてそれかよ!?」



━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━




──キミは、一体なンなのだろうネ?



(聞くな…考えるな…思い出すな…!今はそんな場合じゃない!一旦奴の言葉は忘れろ!じゃなきゃられるぞ!)



『ほらほらほらほラ!もッと楽しませて下さいヨ!それとも限界なんですかァ!?』


「くそっ…!」



竜の首を触手のように振るうヘルに対し、剣を再び作り弾き返すコウ。弾いてもすぐに二本目を繰り出す相手に、彼は上手く近づくことが出来ない


結界による隔離から僅か数十秒の攻防。だがその時間でさえ彼にとっては死活問題。体の一部にしか魔力がない彼と、サンドスター・ロウの塊とも言える敵。力のストックの差は明らかだった


奴はその場から動かない。彼の焦りが何処から来ているのかを分かっているのだ。だからこそ近づかない。接近戦で不利なら遠距離での持久戦に持ち込めばいい。距離を取った所で不利なのは向こう。待っていれば勝手に終わってくれるのだから


(弾丸コインを放っても、剣で切っても、拳で壊しても再生が速い…!どうする…!?もうすぐ解放が切れる…。一か八かだ…!これで決める…!)


脚に力を込め、体勢を低くし、剣を顔の横に構える。振り払っても追いかけてくるなら、追い付けない速さで攻撃するのみ。本体のみに意識を集中させる


勝負は一瞬。触手が再び向かってくると同時に、彼はその間をくぐり抜ける



「一歩音超え、二歩無間、三歩絶刀……!」




────魔剣『無明三段突き』!────




ドドドッッッ!!!



頭・喉・みぞおちの三か所を、眼に見えない速度で突く。今までの中での最高速度で放たれた攻撃は、風穴を開けるには十分な威力だった


特に喉への攻撃は威力が乗り、そのままパキンッ…と割れ、頭が地面に落ちた



「ハァ…ハァ…。これで…どうだ…!」



残りの魔力は少ない。もってあと数分。強がりと願いの混じった表情で振り返り敵を見据える


本体は動かない。パキッ…という音がし、落ちた頭にヒビが入っていく様子に、ほんの少しだけ気が緩んだ



そう、緩めてしまった。油断してしまった



ブオンッ!ボゴッッッ!!!



「ガッ……!?」



触手が彼に襲いかかる。咄嗟にガードの構えをとるが間に合わなかった。重い一撃を受け、全身から力が抜け倒れそうになるが、なんとか耐え顔を上げる



『やるねェ。なかなか焦ッたヨ』



パキパキッ…と再生していく。焦ったと言っておきながら、その表情は彼を哀れんでいるようだった。だがそれは一瞬で、直ぐにニヤついた表情へと戻る


『しかし残念だッたネ。石はここじャないンダ。でも大丈夫!まだ4回しか試してないンだかラ!下手な鉄砲数打ちャ当たルッて言うでしョ?ほらがんばれ♥️がんばれ♥️』


明らかな挑発にコウは不愉快極まりない表情をしたが、言い返す暇もなく追い討ちが来る。転がり、跳び、飛び、攻撃を避け続ける。ダメージは思いの外大きかった為、ギリギリ当たるか当たらないかの状況だった


その様子を見て、ヘルは少しずつ速度を上げていく。まるで、獲物を弄ぶかのように



ガクンッ…



(あっ…まずっ…!?)



ついに変身が解け、彼は地面へ落ちる。受け身を取り衝撃を和らげるが、疲労と痛みで素早く動くことができない


敵はその一瞬を見逃すほど甘くはない。右腕に刃を作り、動きが鈍ったえものに近づく



『あらら…もう終わりかナ?じャア…』



ズバッッッ!!!



『チェックメイト!ッてやつだネ♪』



ヘルの刃が、コウの体を切り裂いた



「ぐっ…あっ…!?」



切られた勢いで後ろへ転がる。肩から腰にかけて大きく切りつけられた。剣は折れ、抵抗できる物はもうない。致命傷ではないにしろ、動きを止めるには十分な傷だった


それでも彼は敵を睨み付ける。だがそれは強がり。自分の状態がどうなのか分からない彼ではない


『もう諦めたらどうなンだイ?その状態でボクに勝ツ。そンな事出来ないのは自分で分かッてるでしョウ?』


左手を構えて彼に近づく。力を発揮できなくても、残りカスくらいはあるかもしれない。その僅かなものでも吸収できれば再現できるかもしれないと考えたが、それを直ぐにやらないのは、もう一つの考えがあるからだ


『ボクの仲間になるなら助けてあげル。遊園地の時は断ッたけど、どウ?』


「ハッ…そんな提案、乗るとでも…?」


仮面セルリアンと同じような事を言うヘルに、同じような事で返すコウ。その返事に、そいつはニヤリと笑った


『どうせ、利用されて終わるンじャないノ?』


「…なん…だと…?」


困惑する彼の表情を見て、両手を広げ、演説するように話す


『だッてそうでしョ?親に捨てられテ!友に裏切られテ!家族に忘れられテ!世界に否定されテ!お嬢様に見限られテ!先生に用済扱いされテ!最後には一人になッてるじャないか!どうせ、今回も終わッたら一人ぼッちになるンじャないかなァ!?だッてキミは、不幸を呼ぶ呪われた存在なんだかラ!』


「っ…そんな、こと…」


『本当にそンなことないと言えるのかナ!?あいつらも思ッてるヨ、こうなッたのはキミのせいだッてネ!キミだッて考えていたンでしョ!?』


「…それ…は…」


心を折りに来る精神攻撃。これもセルリアンの進化なのか、取り込んだ奴の性格のコピーなのか。どちらにせよ、この状況でこの言葉は、コウを追い込むのは容易かった


『でもさ、ボクは違ウ。ボクが守ッてあげル。だから、ボクと共に…』



「そんなことはない!」



それを聞いていたキュウビキツネが、結界の外から遮るように叫ぶ



「あなたは呪われてなんかいない!利用するなんて思っていない!あなたは、私達の大切な仲間!大切な友達フレンズなのよ!」



化身への猛攻を続けながら、彼女は想いを言葉にする



「私達は!!あなたにあんな想いはさせない!あなたを!一人になんかさせない!」


「…!?」




ザザザ───ザザザザザザ──ザザザザ──ザザザザザザ


━━━



──あれ?どうしたの?


「…あの」


━━ふむ。ほら…


ギュッ…


「あっ…」


──あー!ずるい…って…


━━…また、怖い夢でも見たのか?


「…うん。みんな、いなくなっちゃうゆめ。おねえちゃんたちも、おとうさんも、おかあさんも…あのこたちも、みんな…みんなどこかにいっちゃう。ぼくは…また…」


──大丈夫だよ。ボク達はここにいる。ずっと、君のそばにいる。一人になんかしないよ


━━あいつらも言っていただろ?寂しくなったら来ていいって。嘘じゃない。なんなら明日また会いに行こう


「…めいわくじゃないかな。だって…」


──もぉ~まだ言ってるの?不幸なんて、ボク達が追い払ってあげる!もしそんな事言う子がいたらやっつけてあげる!だからね…


──君は、一人ぼっちなんかじゃないよ

━━お前は、一人なんかじゃないぞ


「…やくそく、してくれる?」


──うん!約束するよ!

━━ああ、約束だ





『来たな、酒でも飲むか?なんてな』



『こんにちは。お出掛けですか?』



『空を飛びたい?よかろう。捕まるといい』



『あらおはよう。今日はどうしたの?』



━━━



(…ああ、そうか。そうだったんだ…)



ドクンッ…!



『ハッ…獣ごときガ…。五月蝿いンだヨ!』


ヘルが叫ぶと、それに合わせ化身も吠える。体からはサンドスター・ロウが漏れている。まるで、野生解放をしているかのように


「くっ…!こやつら…!」

「本当に厄介な…!」

「コウ…!逃げて下さい…!」


彼女達の言葉は化身によってかき消される。邪魔者はいなくなったと、改めてコウに目線を戻す


『また嘘かもしれないヨ?また嫌な思いをするヨ?そんな人生でいいノ?嫌でしョ?』


今度は優しく問いかける。自分が一番の理解者だと。自分が君を助けてあげると。そう話すヘルに──



「…余計なお世話だ、クソ野郎」



──彼は、笑って答えた



『…ハァ?』


「確かにお前の言う通りだ。捨てられて、忘れられて、裏切られて…散々な人生だ」


『なら、全部壊しちャえばいいのニ』


「…思い出したんだ、あの日の約束を。あの日の誓いを」


あの時、あの場所で立てた決意は変わらない。例えその先に、自分の居場所がないとしても



「…皆は、俺の大切な友達フレンズだと。だから、俺は諦めない」



、大切な想いを綴る



『…なるほどねェ。アー下らなイ。じャあもういいヤ。死ネ』



興味が失せたのか、左手ではなく右手構え、振るう瞬間──



キラキラキラ…ピカーッ!



──コウの体から、光が漏れだす



『…ッ!?この…光ハ…!?』


「これは…」


光の正体は、コウが首からかけていた三つの御守り。一つはオイナリサマの。一つは地下迷宮で拾った小さな瓶


そして、最後の一つは





━━御守り。貴方を守ってくれるわ。中身は絶対開けちゃダメ。封印が解けちゃうからね





(…あの記憶は。あの子供は。あの人は…)


光が彼を包む。その輝きは、セルリアンであるヘルにとって、とても眩しく、欲するもの



サンドスターの奇跡。それも、今まで見た中でも特に強い輝きを放っていた



『素晴らしイ!それがキミの輝きなンだネ!その輝き、ボクが貰ウ!』



左手を伸ばし、その輝きを奪おうとした



グシャアァァァァッッッ!!!



その前に、手首を捕まれ、握り潰された



『…ア?アアァァア!?!?!?』



苦しそうな叫び声を上げるヘル。地面に落ちた左手は呆気なく砕かれた。左腕を抑えながら後退する



「これは…」



視線の先にいるのは、体からサンドスターの輝きを放ち、纏うコウ。キツネのようなピンとした獣耳。紅く光る右眼と、金色に光る左眼。その二色に白を合わせ、三色の模様が入った長い髪



そして、彼の体よりも大きな、九本の尻尾



『キュウビ…キツネ!?なンで、キミがその力ヲ…!?いや、それだけじャない…あのキツネの力もなのカ!?』



彼の御守りは、中を開けると封印が解けると言われていた。貰った御守りは、オイナリサマの力が宿っていた。拾った瓶の中身は、サンドスターの塊だった


そして、彼の体には、キュウビキツネの妖力が僅かに残っていた


サンドスターが反応し、傷口から体内へと侵入。の力が混ざり合い、眩しい輝きを放つ



「…そうか。俺の体には、元々…」



封印されていた力の正体に彼は気づいたが、そんな事は後でもいいと言うかのように目前の敵へ目線を戻す。彼の傷口は、サンドスターによって塞がれ元通りになっていた


『…予想外だヨ。キミは、本当に予想外のことをしてくれル。だけどネ…』


再生が出来ないのか、左手首がないままの状態のヘルが、今度は右手を構えて向き合う



『この力にハ!敵わないンだよねェ!』



その右手には幻想を消し去る力が宿っている。彼の力は、まさしく幻想そのもの。もし触れられたら消えてしまうだろう


もう手加減などしない。ただ目の前にいる、手負いの獣に全力でトドメを差す。触手を放ち、それを避ける彼にむかって右手を──



バキィッッッッッ!!!



──振りかざそうとする前に、顔面に、彼の右拳が入った



『ゴッ…ガアアアアァァァァ!?!?!?』



殴り飛ばされ、数メートルほど地面を滑る。届かないと、効く筈がないと思っていた攻撃をくらい混乱する。彼の攻撃はサンドスターを含まない。それは理解している


だが今の彼は、全身にサンドスターの輝きを纏っている。それは放たれる拳も同じ。サンドスターによって増強している為、吸収すれば大したことない威力になるはずだった。だというのに、無力化できないことに納得ができなかった



『そンな、なンデ…!?その力は、確かにあノ…!』


「…そうだな、確かにあの二人の力を含んでる。ただ、それだけじゃないってことだ」



交わったのは三つの力。絡み合った力は新たなかがやきを持ち立ち塞がる。それは、解析したものなど彼の前では無意味であるということを意味していた


「…再生して奪わないのか?…いや、再生しても戻らないのか?」


『ッ…!』


ヘルは左手を再生しない。いや、したところで意味がない。あの特殊な力は一度しか宿らない。治ってもそれは普通の左手。それを見抜かれたヘルの顔が歪む



「どうやら図星のようだな…!」



そう呟いた時には、彼はそいつの目の前にいた。後退するよりも速く右手首を掴み、肩を蹴り上げ、右腕ごと破壊する



『ギッ…!?アアアアァァァ!?!?』



破壊の確認が出来た直後、次に彼は竜頭の触手へと狙いを定める。腕とは違い全体が硬かったが、それを掴みヘルを持ち上げる



ドガンッ!と大きな音を立て、何回も何回も地面へと叩きつけると、パカァーン!と触手が割れた。それでも攻撃を緩めることはない。殴り、蹴り、踏み潰し削っていく



『この…クソがあああァァァァァ!!!』



触手を地面に突き刺し、体制を立て直し、コウに膝蹴りを繰り出す。腕でガードした為ダメージは少ない


二人の距離が開く。慣れない力をふるい息を切らす彼と、体全体にヒビが入っているそれ


向かい合い、先に口を開いたのはヘル


『…そうか、正に、ボクの天敵なンだ、キミハ。


あの時という言葉に、コウは動きを止める。まるで、一度戦っているような言いぐさだったからだ。だが今度はほんの一瞬。直ぐ様拳を構える


『あれ?もしかして覚えていなイ?…アーそうカ。封印されてたンだッけカ。いやァ失礼しましタ♪』


この状態でも挑発をやめる気配がないそれに、彼は嫌な予感がした為、トドメを差そうと駆け出した



『今ダアアアアアァァァァァ!!!!!!』



その叫びに、彼は何かが来ると警戒し防御の姿勢を取る。だが実際に起きたのは、ズボッ!と、何かを地面から引き抜いただけ。再び彼は駆け出したが数秒の隙が生まれる


それが問題だった。ヘルはそれを体の中に取り込む。体が空気中にあるサンドスター・ロウとそれに反応し、黒い影に覆われる



「なんだ…あれは…!?」



影が祓われ、見えた者の姿は、雰囲気は、先程とはまるで違った。翼が4つに別れ、2つの竜頭の触手は復活し、体格も彼のより少し大きくなっていた


そして、体中には、無数のセルリアンの眼



『もうお前なンテ!お前の輝きなンていらなイ!全力デ!叩き潰ス!』


「…ああ。俺も、お前なんかいらない。ぶっ壊してやる」



紅と黒の輝きがぶつかり合う



どちらかがこの世界から消えるまで、それは終わることはない

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