第39話 【劧】
イリサに文句をたれながら、朱禍の攻撃を間一髪で避ける弐沙。
「もちろん。あと……」
イリサは弐沙の耳元で何かを呟いた。
「……全く、注文が多いお医者様だ」
「雑談している余裕は無いとおもうけど?」
朱禍は弐沙の背後にまわって、鉈と触手で同時攻撃を食らわせようとしていた。
「俺のことも忘れないで貰いたいな!」
朱禍の背後に怜が回りこみ、蹴りを入れようとするが、触手によってガード、大きな鉈で攻撃をされる。
「もう。触手が邪魔だなぁー。引きちぎってやろうか」
「引きちぎってもまた再生するパターンだと思うぞ。それは」
攻撃が入らないことに苛立つ怜を弐沙は宥める。
「さてさて、話し合っている暇は無いと思うよ」
無数の目をギョロギョロとギラつかせて、朱禍は笑う。
次の瞬間、触手が弐沙の首に巻きつき、絞めあげていく。
「うっ……」
さらに、弐沙の手首と足首には赤い糸が雁字搦めに巻きつけられ、固定されていく。
「どうだい? 俺と運命の赤い糸で結ばれた気分は」
「ハッ。最悪……だな」
気道がなかなか確保できず、弐沙は苦しみながらも口を開く。
「残念だなぁ。折角、長生きできる飲み友達が出来ると思ったのに」
「私に……その核を植え込もうと企てる時点で、友達という関係よりは奴隷という扱いなのでは?」
「おー、よく分かってるじゃん」
朱禍はそう答えた弐沙を「えらいえらい」とまるで子どもを褒めるかのように言う。
「子ども扱いするな」
「生きている年齢は例え長かろうが、俺にとっては子ども同然だよ。後ろで攻撃する隙を窺っている怜の方もな」
そう言って、朱禍の触手は怜の首も捕らえ、同様に赤い糸を巻きつかせて固定していく。
「これで、手も足も出まい。そこの先生は傍観者を決め込んでいるみたいだが」
「僕には構わず勧めてくれていいよ。新しい発見もあるかもしれないからね」
イリサは楽しそうに朱禍に話しかけた。
「弐沙、イリサは何を考えて……」
「……」
怜が弐沙に訊ねても、弐沙からは答えは返ってこなかった。
「さぁて、そろそろお待ちかねのメインといこうか、弐沙」
朱禍はそういうと三本目の触手が弐沙の方へと伸びていく。その先には例の核を携えていた。
それを弐沙の眼前へと持っていく。
「さぁ。俺が永遠のものとなるために、ここに新たな苗床を」
弐沙の心臓に向けて、朱禍が核を植え込もうとした、
次の瞬間に弐沙は思いっきり空気を吸い込み、こう叫んだ。
「今だ、イリサ!」
すると、ヒュンと何か高速で駆け抜ける音が聞こえたと思いきや、
パリン。
朱禍が持っていた核が木っ端微塵に砕けた。
「えっ」
何が起こったのか分からず、朱禍は目を見開いたまま。
そんな中、まるで溶けるかのように朱禍と融合していた異形が剥がれ落ち、赤い糸も消え、弐沙達は地面へと叩きつけられた。
「いってぇ……」
受け身に失敗した弐沙が悶絶しながら起き上がる。
「弐沙、何が起きたの?」
怜の問いかけに弐沙は無言のまま顎でイリサの方向を指す。
そこには、いつの間には弓を構えているイリサの姿があった。
「イリサが核を矢で破壊したのさ」
「何故だ、あの先生は傍観者を決め込むんじゃなかったのか!」
未だに信じられない様子の朱禍は弐沙たちに問いかけた。
「お前の攻撃を避けたときに、コイツから“相手側が核を出すようなシチュレーションなるように囮になれ”と言われたから、わざと捕まってやった。それがまんまと成功したという話だけだ」
「ゴメンね。こういう力仕事は不得意でも頭を使うものや繊細な作業は得意分野だから」
イリサはニヤリと口角を上げる。
「結局は騙しあいに俺が負けたってことか。ケッ」
朱禍はそう言って悪態づいて床にどんと腰を下ろし、胡坐をかいて、頬杖を付いた。
「あーあ、折角、俺強ぇ! みたいな展開になれると思ったのによ。お前らのせいで台無しだ」
「……そこまで膨れることか?」
「当たり前だろ? 何十年もかけて用意周到に準備されたものがこうも頓挫されちゃ泣きたくなるレベルだぜ」
朱禍はそう言って頬を膨らませる。
「……では、今から存分に泣いて貰おうか?」
突然口を開いたのはイリサだった。その手には先ほどまで朱禍が持っていた大きな鉈を携えていた。
「い、いつの間にその鉈を」
「さっきお前が驚いて落としたのを“偶然”拾った。だから、返してあげようと思ってね」
そう言うイリサは不気味な笑みを浮かべていた。その表情を見て弐沙はすぐに、
「怜、体勢を低くしないと、首が飛ぶぞ」
怜の頭を掴んで体勢を低くした刹那、ブオンと風を切る威勢のいい音が弐沙達の耳元に聞こえてきた。
そして、鉈は朱禍の腕辺りを掠め、鮮血が勢いよく舞う。
「あ……が……」
腕に痛みと熱が走り、朱禍は表情を歪ませる。
「僕の所有物を痛い目にあわせた罪は重いよ」
イリサは法則性なく鉈を振り回し、朱禍をどんどん斬りつけていく。
「イタイ、イタイイタイ、まって」
「待たないよ」
恐怖の顔に染まっていく朱禍に対して、まるで新しいおもちゃを与えられた子どものようにはしゃぐイリサ。
「ねぇ……弐沙、止めなくていいの?」
「止められるわけがないだろ。止めようとした瞬間に私達も真っ二つになるぞ」
体を屈めたまま弐沙達が相談しあっていると、
「僕はまだコイツと遊んでいるから、君たちはそのお姉さんのところへ行くがいいさ」
顔が返り血で染まったイリサがそう告げる。
「……本当にいいのか?」
「僕の本気なんて見たら二人ともげんなりとするでしょ? それに、彼とワンツーマンで話したいこともあるしね?」
「……行くぞ、怜。かなえを置いてきた場所へ案内しろ」
「え、あ、うん。分かった」
怜は少し戸惑いつつも、弐沙を導くかのように物置小屋を出た。
ふと、弐沙は小屋から出る直前に立ち止まり、振り返ってイリサ達を見る。
「ん? どうしたんだい、弐沙」
「イリサ、お前が一体何を企んでいるが知らないが、その時は私がこの身を挺しても止めてやるから覚悟しておけ」
まるで忠告と受け取れるような発言をして、弐沙は小屋から出て行った。
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