第145話

「……よし、その魔族を受け入れよう」

 満身創痍の顔で、テンジンザさんがついに折れた。

 僕としてはやってやったぞ!みたいな気持ちで心が満たされたが、冷静になるとなんでそんなに必死になっていたのかと不思議にも思う。

 ……なんか、途中から論破することが目的になってたような気もしないではないな……?

 いやでも、サジャさんが仲間になることは僕らにとって大きい、それは確かなんだ。

 まあ、その当人である所のサジャさんは早々に眠ってしまったけど。

 魔族なのに夜は寝たいんだってさ!

 暗躍とかするもんだと思ってたけど、その辺は個人差だそうです。じゃあ仕方ない。

 イジッテちゃんとミルボさんは普通に眠いから寝る、と部屋を出ました。自由人たちめ!

 ともかく、残った皆も既にぐったりしてるので、これはもう解散して寝よう。

「えーー……じゃあ、そういう訳でこれで会議を……」

「おっ、話し合い終わったようだな。 じゃあ次はボクの報告をさせてくれ」

 〆の言葉を言い終わる直前に、それを遮るようにルジーが会議室に入ってきた。

 全員一斉にルジーを睨みつけと、一瞬怯むルジーだが、負けじと言い返す。

「ちょっとでいいからさ、こっちだって昨日の夜に帰ってきた報告しようと思ってたのに、なんかややこしい会議で揉めてるっぽいから朝まで待ったんだぜ?」

「……どうりで寝起きの顔ですこと」

 寝癖もついているし!

「そう言うなよ、ただ待ってても仕方ないだろ? そりゃ寝るさ夜だし」

 まあそれはそうなんだけどもさ。

 寝てない人間に正しい判断が出来ると思うなよ。

「タニーさんのこと、ドルクの病院の事、いくつか話したいことがあるんだよ、すぐ終わるからさ。みんな今から寝たらそれこそまた夜まで待たなきゃならなくなるだろ?」

 うぐ……確かにタニーさんのことは気になるし、状況を知って方向性を早めに決めるに越したことは無い。

 テンジンザさんに視線を送ると、大きく息を吐いてゆっくり頷いた。

 ミナナさんは自分のほっぺをつねって眠気に耐えてるし、オーサさんはナイフを額に押し当てて、ちょっとでもウトウトしたら刺さるように構えたまま眠気を我慢している。……うっかり寝ちゃった時のダメージ大きすぎません?

「よし!もうひと踏ん張りだ! みんな頑張ろうではないか!」

 テンジンザさんの号砲一発。大声の気合入れでみんなハッと目を開く。

「はい!眠くないです!」

「はいー……やったるぞー……むにゃむにゃ」

 オーサさんもミナナさんも圧倒的に眠そうだ。

 っていうかオーサさん?額から一筋の赤い何かが流れていますよ?

「という訳で、手早く頼むぞルジー」

「はいはーい。なるべくそうするよ。出来るかどうかはそっち次第だけどな」

 どういう意味だろうか。

 ともかく、一度仕切り直して会議を再開する。

 あー……早く寝たい……。


「さてさて、じゃあもうみんな眠そうなので単刀直入言うが、タニーさんは生きてた」

「おお、それはなによりだ!」

 一気に目が覚めたようで、オーサさんが立ち上がり喜びの声を上げる。

「だが、会えなかった」

「どういうことだ?」

 生きていたのに会えなかったとは?

「なにせ、カリジの街が襲撃された後だからな、警備が厳重で厳重で。臨時職員として病院に入り込んだまでは良いが、患者さんや主要な職員は隔離された病棟に移されていて、雑用係の臨時職員が入り込む隙は無かったよ」

「じゃあ、なんで生きてるってわかるんだ?」

「そりゃあ入院者名簿を見たからな」

「どうやって?」

「……秘密。ってか、知らない方が良いと思うよ?」

 ……怖いこと言うなぁ。こいつ情報を得るためなら平気でヤバい橋渡るからなぁ。まあ、だからこそこっちは助かってるんだけど。

「とにかく、ドルクの病院にタニーはいるんだな?それならすぐに迎えに行こう」

 さっきまであんなにも眠そうだったのに、今すぐにでも駆け出しそうなオーサさん。どんだけタニーさん好きなのさ。

「まあ落ち着いて。ここからが問題なんだ。確かにいることはわかった。だが、先ほども言ったように警備は厳重だ。見舞いに行けるのも家族か保護者に限られている。タニーさんに家族は?」

 ルジーの質問に、テンジンザさんが答える。

「家族か……家族はもうおらんよ。タニーは元々母子家庭でな。その母が苦労してタニーを育て上げたのだが、軍に入隊するのを見届けた途端、役目を終えるように倒れてしまってな……」

 ……やめてよー、あの軽いキャラの裏にそんな悲しみ抱えてるって、そんなん絶対モテるじゃんかー。僕が女子ならキュンとしてるとこですよ?

「では、他に誰か身内というか、彼に一番近い人は?」

「そうさのぅ……あやつは女遊びは激しかったが、特定の相手は居なかったし、家族や身内と呼べるような相手は……」

「俺じゃダメですか? 一番近い位置に居たのは俺だと思いますけど」

 オーサさんがグイグイ来る。よほど早く会いたいのだろう。

「そう、そこが問題なんですよ。家族や身内が居ないとなれば、タニーさんの身分的に身内として扱われるのは軍の上司や同僚のテンジンザさんやタニーさんということになる」

「それの何が問題なのだ?」

「問題ですよ。つまり、会いに行ったり身柄を引き受ける為には、テンジンザさんやタニーさんが直接出向いてその身分をさらさなければならない。もし病院内にガイザの手のものが潜んでいたら、今度は病院が戦場になる可能性があります」

 それは大問題だな……。

「とはいえ、逆に言えば行かない限りはあの警備なら当面は安全でしょうから、しばらく放置ってのも一つの案だとは思います。危険を冒しても迎えに行って連れてくるか、当面は入院させておくか、どちらにします?」

 ……こんなタイミングで難しい判断を迫ってくるなこいつは。

 まあ、個人的にはこのまま入院してもらうのが一番安全だろうと思う。

 いつかガイザと全面戦争となればタニーさんが戦力になる事は間違いないけど、それまでは特に絶対に居なくてはならない存在という訳でもない。

 危険を冒してまで迎えに行くかと言われると……。

「俺は迎えに行きたい。あいつはジュラルに必要な人材だし、義足を付けるとなればガイザとの戦いまでにはリハビリも必要だ。ここへ来てカモリナ工房の二人に見てもらいながらやった方が良い。ここにも医者は居るんだろう?」

 ミナナさんに視線を向ける。

「医者ですか? 正直、前は居たけど今は居ません。けれど、王やテンジンザと行動を共にすることになった今は資金もそれなりにあるし、呼び戻そうと思ってるところよ」

「なら、やはりここに来てもらった方が良い! な! そうだろうみんな!」

 うーん、オーサさんの勢いが凄い。

 言ってる事も一理はあるんだけど……

「なぁルジー、例えばだけど、家族を偽装して迎えに行くってわけにはいかないのか? 誰か顔の割れてない適当な人間に頼めば行けるんじゃないか?」

 僕の疑問に、ルジーは残念でした、という顔をする。ムカつく顔だな!

「家族、というか、見舞いや迎えに関しては患者本人からの申告制なんだ。つまり、「この人とこの人が来たら通してください」みたいな感じだな」

「そこにテンジンザさんや王様の名前が書いてあるのか?」

「さあ、それはさすがに確認できなかった。ただ名前の書いてあるだけの名簿とはセキュリティの厳しさが違うからな」

「タニーならきっと書いてるはずだ。テンジンザ様はもちろん、俺の名前も書いてるかも」

 オーサさんが目をらんらんと輝かせながらアピールしてくるが、ルジーと僕はその時点で同じ考え方に到達していた。

「書いてあるとしたら、なおさら行くべきではないですね」

「なぜだ!?」

「僕はね、ずっと不思議だったんですよ。カリジにテンジンザさんたちが居たという情報がどこから漏れたのか……一番可能性が高いのは、病院だと思う」

 そう、あの頃は外出するにもだいぶ気を付けていたが、タニーさんを連れ出す時には病院の前にみな揃っていた。

 あれは、病院にはすでにタニーさんの存在はバレているし、テンジンザさんの知り合いの医者や職員も多いというから油断していたのだけど……病院内にガイザの手のものが入り込んでいて、そこから情報が漏れたと考えるのが一番しっくりくる。

「もし今も病院内にスパイが居るのなら、テンジンザさんや王子が来るのを待ち伏せているかもしれないし、家族を装った人間を送り込むにしても、タニーさんが家族は居ないと正直に書いていたらアウトです。迎えに行くのはリスクが大きすぎます」

「待ってくれ、スパイがいるのは確定ではないんだろ? 居ないなら、俺やテンジンザ様が行けば合わせてくれるはずだ。この国で俺たちコンビのことを知らない人間なんてほとんどいないんだから」

 どうしても迎えに行きたい気持ちが抑えられないのか、食い下がるオーサさん。

「いたらどうするんです?タニーさん一人を迎えに行くために、計画全てが台無しになる可能性もあるんですよ。そこまでのリスクを冒すんですか?」

 気持ちはわかるけど、さすがにオーサさんは冷静さを失い過ぎている。

 僕らだって別に見捨てようっていうんじゃない、今はまだその時ではない、というだけの話だ。

「……そうだ、例えば、場所を記した手紙みたいな物だけでも渡せれば、タニーが自分から退院してここへ向かうということも可能だよな?」

 どうしても諦めきれないオーサさんはなんとかアイディアを捻りだすが……

「会えないのにどうやってそれを渡すんです? 誰かに頼む? その誰かがスパイだったら、この場所がガイザにバレますよ。それこそ一巻の終わりです」

 ルジーの無慈悲な反論によって完膚なきまでに叩き潰される。

「ならば、ならば……!」

「もうやめよオーサ」

 テンジンザさんが、オーサさんをたしなめる。

「儂もタニーを迎えたい気持ちはある。しかし、彼らの言うように今はリスクも高く無理をする時ではない」

「しかし…!」

「なによりも、病院で戦いになれば患者たちや職員の皆に犠牲が出るやもしれぬ。タニーは大事な仲間だが、無辜むこの民の命と天秤にかけられるものではないぞ」

「……はい」

 さすがにテンジンザさんの最も過ぎる言葉には逆らえず折れるオーサさん。

 僕はこの場で正しい判断をしてくれた事の感謝を込めて、テンジンザさんに無言で頭を下げる。

 オーサさんには申し訳ないが、今は我慢してもらうしかない。

 会議の結論が見えたのを感じ取り、ルジーが〆に入る。

「―――よし、わかった。じゃあタニーさんについては、今後もボクが見張りを続けるよ。あの病院はまだいろいろありそうだし、面白い情報が集まりそうだからね」

 全員が、オーサさんも渋々と頷き、これにて会議は終了した。


 あああああああーーーーやっと寝れるーーーー!!!

 よし、風呂入って寝よう!


「脱衣ボンバー!」


「なんでじゃ!?」

 突然の脱衣ボンバーにテンジンザさんが鋭くツッコミを入れてきた。

「いや、風呂入るので……」

「風呂入るたびに着ていた服をバラバラにするのか少年は!?」

「あはは、そんなわけないじゃないですか」

「では今はなぜに!?」

「眠かったので」

「……理由になっていないが……?」

「僕の中では理由として充分ですよ」

「……そう、なのか」

 そこで言葉を失ってしまったテンジンザさん。

 惜しい、イジッテちゃんならそこからさらに踏み込んでくるのに。

 まあ、みんな眠いし仕方ないか、そこまで求めるのは酷と言うものだろう。

 そう思いながらみんなの顔を見回すと、いつものメンツは基本呆れ顔だが、初見のミナナさんがなんていうか、感情の無い顔で目を丸くしてこちらを見ていた。

 えっ、どういう表情ですかそれ。

 こう、目が丸だ。二重丸だ。◎だ。◎の目に真一文字の口だ。(◎_◎)これだ。

 あまりにも心が見えないので、なんとなく申し訳ない気持ちになって、そそくさと部屋を出て風呂に入って、自分のベッドで横になる。


 ……今度は、眠くない時にやってみよう。またあの顔になるのかな。怖いような楽しみのような……あっ、そうだ、ミューさんの治療、どうなっただろうか……もうさすがに終わって―――――そんなことを考えながら、意識を失うように深い眠りについた―――



「た、大変じゃ!!」

 深い眠りを妨げたのは、部屋に駆け込んでくる慌ただしいテンジンザさんの声と足音だった。

「……なんですかうるさいな……」

 目を開けるが、ここは地下なので時間がわからない。

 感覚的には、もう夕方ぐらいかなーという気がするので、わりとしっかり寝たのだろう、疲れはだいぶ取れていた。


「オーサが、オーサが居なくなった!あやつ、一人でタニーのところへ行ったのかもしれん!」


 ……………はぁ!?!?!?

 いやもう、どんだけタニーさんのこと好きなんだよオーサさん!!!愛か!いやむしろ恋なの!?もーーーーーう!!あの猪突猛進バカ!!

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