第143話

 その後、ともかく気持ちを切り替えてゴメツをボコボコにした。

 まあそれは半分冗談と言うか、サジャさんという最強の用心棒を失ったゴメツはなすすべもなく、普通に脅したらすぐ折れた。

 サジャさんがなんか、僕の脅しっぷりを凄く楽しそうに見ていたのが気になったけど、まあそれはともかく、ちゃんとヒメリルドを適正な値段よりちょっと高値で買い取った。

 別に脅し取る事も出来ただろうけど、一応勇者として一般市民を脅して奪い取るのはさすがに違うので、ちゃんと買った。ちょっと高値はまあサービスというか、別にこっちは悪人ではないのだ、と示したかったみたいなところもある。

 とは言え、向こうは普通に恨むだろうから無駄かもしれないけど……今後もしあのゴメツが「脅されてヒメリルドを買い叩かれた!」なんて吹聴しても、「適正より高値じゃん」となればよし。その為の保険だ。

 ……ま、そんなことはしないように、ちょっと強めに脅しておいたけどね。

 まともな生活を送りたいという欲があるなら大丈夫だろう。

 なにせ、大損したわけではないのだから。


 さて、目的を果たしたからにはもうここからおさらばしても良いのだけど……ひとつだけ、やり残したことがある。


「な、何をする! あんたたちの目的はヒメリルドだろ!? もう用は無いはずだ!」

 綺麗に縄で全身を縛り上げたミュー父に、僕とイジッテちゃん、そしてミルボさんで取り囲む。

「こいつが、あの子の?」

 ミルボさんはミューさんを拠点に運ぶときに姿を見ている。

 あの時にハッキリと驚きと怒りを見せてくれたことで、少し信頼できるな、という気持ちになったのを覚えてる。

「そうなんです。クソ外道でしょう?」

「そうだね。ぶん殴っても良い?」

「ちょっと待ってください。あとでなら良いですよ」

「オイちょっと待て、何の話をしている!?わたしは殴られるのか?」

 慌てて口を挟んでくるミュー父。

「そうですね、たぶん後で殴られます。僕も殴るので、2回ですね」

「なぜ!?面識もないのに!?」

 まあ、そっちからしたらそうだろうけど―――――

「だって、あなたは娘を狂った科学者に売りつけるド外道クソヤロウじゃないですか」

 僕のその言葉に、ミュー父は一瞬で状況を理解したようだ。

「……あんたたち、娘の知り合いか……?」

「ええ、今は僕らの仲間です」

「……そうか、そうなのか」

 ミュー父は下を向き、その表情は見えない。

「娘は、どうしてる?」

 どういう意図の質問だろうかと悩みつつも、嘘をついても仕方ないので正直に告げる。

「……今はだいぶ危険な状態です。その娘さんを助けるために、ヒメリルドが必要だったんですよ」

「そうか、そうなのか、だったら……」

 だったら差し上げれば良かった、とか言ってくれれば、まだ娘を思う父としての気持ちがあると言うことになるんだろうけど―――

「だったら、そのヒメリルドを返せ!!」

 そんなこったろうと思ったよ。思いたくは無かったけどね。

 飛び掛かってくるのは想定内だったので、ひらりとかわす。

 体を縄で縛られたミュー父は上手くバランスがとれず、転んだところで背中に乗って頭を地面に押し付けて拘束を強める。

「残念だな。娘を思う気持ちは無いのか?」

「誰があんな子供!! 醜い、穢れた子供……!! あんなものがこの世界に存在しているというだけで、私の人生の汚点だ!! くそっ、あいつなら残酷に殺してくれると思ったのに! 実験で苦しんで苦しんで、自分に流れる血を悔やみながら死んでいくと思ったのに!!」

「お前……いい加減にしろよ……」

 こんな、こんなやつが親なのか、人の、親なのか……!!

「なあ、あんたもそう思うだろう!? 穢れた混血などこの世界からいなくなればいいと! だから、実験に使ったんだろう!?」

 ミュー父……と呼ぶのもためらわれるこのクソ外道が、離れた位置で興味無さそうに見ていた丸男に話しかける。

 僕はなんとなく、丸男の言葉を待った。

 こいつがどんなつもりでミューさんにあんな手術をしたのか、その答えが知れるかもしれないと思った。

「……くだらんな、実にくだらん」

 丸男は特に表情も変えずに、淡々と話し始めた。

「純血信仰? はっ、くだらん。 混血大いに結構、人体改造大いに結構、遺伝子操作もどんとこい! 私は科学者だ、興味があるのは、いかにすれば素晴らしいものを作り上げられるのか、と言うことだけだ」

 ……なんというかまあ、こいつらしい答えだな!

「 世界にはあらゆる生き物がいる。その全てが同じ種族同士だけで生まれたとでも思っているのか? 多くの生き物は他種族とも交配し、そのたびに新たな生き物が産まれてきたのだ!! それはまともに生まれず死ぬこともあるが、奇跡的に双方の長所をもって産まれ、新しく、そして今までよりも強い種が産まれる! 私が目指すべきはそこだ! それを人工的に、私の手でやるのだ! 今までにない、新しく強い生き物を産み出す、その夢の前には倫理も理屈も感情も知ったことか。ましてや純血信仰!? はっ、進化を恐れる愚かで保守的な思想だな! 滅びろバカが!!」

 うーん、こいつはこいつでやっぱりヤバいヤツだ。

 話しながらどんどんテンション上がって最終的にほぼ叫んでるし。

 まあ、血や産まれで人間を差別する純血信仰よりはマシ、かな。……と一瞬だけ思ったが、丸男は丸男で進化の為には子供を人体実験に使うようなクズなので、どっちもどっちだわ!!

 丸男は気が済んだのかそれきり何も話さなかったが、この場に味方がもう一人もいないと理解したミュー父こと孤独クソ外道はすっかり意気消沈した。

 さて、こいつをどうしてくれようか。

 僕の鍛え上げた性格の悪さが、一番ダメージを与えられる方法を考えだそうとフル回転する。

「あっ、そうだ良い事考えた」

 言うやいなやクソ外道をパーンチ。

「なんでだ!?良い事って殴る事なのか?」

 突然のことに驚いている様子のクソ外道。

「いいえ、今のは、さっきあとで殴るって言った分です」

「良いことは!?」

「それはまた別です。ということで、ミルボさんもどうぞ」

「よっしゃ来たどーん!!」

 嬉々としてクソ外道を殴るミルボさん。

 おー、吹っ飛んだ吹っ飛んだ。

「イジッテちゃんもやります?」

「バカだなぁ、私が殴ったところで大したダメージないだろう」

「ああ、そうですね」

 察した僕はクソ外道を後ろから羽交い絞めにする。

「おい!何をする!」 

 その隙に距離をとったイジッテちゃんが、光の届かない暗闇から全力で走ってきたかと思うと、高く高く飛んで、角度のついたドロップキックをクソ外道の顔面に決めた。

「いえーい」

「いえーい」

 僕とイジッテちゃんはハイタッチを決める。

「なんなんだアンタたち!2発殴るって言ってたのに3発目が来たぞ!」

 逆に2発までは受け入れてくれるつもりだったのかい?

「最後のは蹴りなので別腹ですね」

「そんなデザートみたいな甘い一撃じゃなかったよ!?」

 ツッコミ出来るなクソ外道なのに。

 まあだからって許さないけど。

「さてさて、最後に一つ確認したいんですけど、いいですか?」

「な、何をだ」

「あなたは、自分の娘が混血だという理由で苦しんで死ねばいいと言った。その気持ちは今でも間違ってないと思いますか?」

「それは……」

 瞳にあからさまに迷いが宿る。

 そりゃそうだろう、もう3発の攻撃をくらっているのだ。ここでまた相手の気に入らない事を言ったら何をされるかわからないという恐怖もあるだろう。

 それでも――――

「わたしは……何も間違っていない! この世界は純血の人間だけで構成されるべきなんだ! 汚らわしい混血はこの世界に存在するだけで害悪だ!」

 彼の主張は、一切変わらなかった。

 なんだか虚しいな。この人はいつからこんな風になったんだろうか。

 最初からこういう人間だったのか、それとも最初は奥さんに裏切られたと感じた心の傷から、より強く純血信仰にのめり込み、そして周囲に同じ考え方の人間が集まる場所に居続けたことで、もうそれを絶対的に正義だと信じ込んでしまったのか。

 どちらにしても、なんだかとても虚しい。

 ただ分かったことは、こういう人を放置してはいけないということだ。

 この人はきっとまたいつか、違う形で誰かを傷つける。

 それは、僕らにとってのミューさんのように、どこかの誰かにとって大事な人なのかもしれない。

 そう考えたら、やっぱ許せないよなぁ?

「なるほどよくわかりました。あなたは自分の思想に忠実な人ですね」

 僕は笑顔を見せて語り掛ける。

「え? あ、ああ、もちろんだ」

「自分の思想と相容れないものは許せないですよねぇ。苦しんで苦しんで死んでも仕方ないですもんね」

「お、おう、そうだ!そうだとも!」

 急に賛同を得られたと思ったのか、一気に気分を高揚させるクソ外道。

 ―――さて、ぶっかけますか、ここで冷や水を。

「実は、僕もそう思うんですよ」

「あ、あんたも何か信じるものがあるのか?」


「ええ、僕はね―――――子供を大切にしない親が、何より許せないんですよ」


「……――えっ」

 きょとんとするクソ外道をよそに、僕は丸男に語り掛ける。

「丸男ー、こいつ、お前にやるよ」

「はっ? なんだ急に、そんなやつ要らんぞ」

「本当に? だって、お前は国に戻ったら貰った金で実験を再開するんだろう?」

 そこで丸男は、僕の言わんとすることに気づいたらしく、ニヤリと笑う。

「なるほど……ふふっ、そうかそうか。お前本当に性格悪いなぁ」

 お前ほどじゃ無いわ。


「そう、だからさ―――――その実験の時に、使ってくれよ。こいつを………人体実験の、被検体としてさ」


「なっ!?」

 ようやく意味を理解したクソ外道が声を上げる。

「ふ、ふざけるな! なんでそんなこと!」

「だって、あなたが言ったんですよ? 自分の思想と相容れない汚らわしい存在は、苦しんで死ねばいい、って。僕は、あなたをとても汚らわしいと思う。だから――――あなたの娘と同じ苦しみを味わえばいい」

「まって、待ってくれ!!あいつは混血で、汚らわしくて、私は正義だ!正しい人間だ!」

「そうですか。考え方の違いですね。僕も、あなたを異常な思想を持つ汚らわしい人間だから、それを罰するのは正義だと思っています。何が違うんですか? 僕と、あなたで、何が違うんですか?」

「ち、違うだろ!だって混血は害悪で、生きる価値のない―――」

 僕そこでクソ外道の頭を掴み、グイと引き寄せ、近い距離で言葉をぶつけた。


「人を迫害しておいて、自分がされる側に入るとは考えてもいなかったか……? その言葉、そっくりそのまま返してやるよ。娘を売り払ったクソ外道……お前なんぞに生きる価値はない―――……!! 」


 崩れ落ちるように、頭を地面に打ち付けて泣き叫び始めるクソ外道さん。


 ……ま、こんなもんか。

 

 ミューさん本人が父に罰を与える事を望んでるかどうかはわからないから……まあ、自己満足なんだけど……ミューさんの受けた心の痛み、ちょっとは返してやれたかな?


「よし、じゃあ最後に記念の脱衣ボンバーを」

「せんでいい」

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