第124話

「寝言は死んでから言え」

 そんな無茶な、という返しをされました。

 まあ、それもそうだろう。

 なにせ、かつて王家の転覆を狙っていた反乱軍に、国を取り戻す手伝いをしてくれ、と頼んでいるのだ。

 よっしゃ一緒に頑張ろうぜ!なんて返事が返ってくるわけがない。

 ……けど、このアイディアを出した時からずっとテンジンザさんはなんか自信ありげというか、上手く行くと確信しているようだった。

「まあそう言うな、盗賊まがいのことをせねばならんほどに大変なのであろう?」

 説得を始めるテンジンザさん。ネガティブモードはすぐに終わったようで何よりです。

「そ、それは、その……そういうわけではない……!」

 苦々しい顔で否定するミルボさん。

「では、どういうわけだ? よく演説しておったではないか。『我らは国民の為にこの国を王の支配から解き放つのだ! 全ては国民の幸福の為に!』と。それが、国民を襲った理由を聞いてみたいものだな」

「いやその、そう、そうだ!ここをガイザ軍が通ると聴いたからな!一泡吹かせてやろうと思ったのだ!」

「ガイザ軍が、こんな明らかな旅馬車たった1台で通るのか?」

「と、通るんじゃないかなぁ!そんなこともあるんじゃないかなぁ!」

 さすがに自分でも無理がある言い訳だと思っているのか、めちゃめちゃ目を逸らしておられるよミルボさん。

「噂によると、日々の食事にも困っていると聴いたが?」

 言いながらテンジンザさんが目線を送ると、胸ポケットから取り出した手帳を見ながら情報の補足を始めるルジー。

「ジュラル城が落ちて、もはや反乱軍の存在意義は失われたとして、多くの支援者が手を引いたようだね。倒すべき王はもういないのだから当然だな。それに、支援者たちの大半は、平和だからこそ出来る権力への反乱をどこか楽しんでいたような、金持ちの道楽の側面も強かったしな」

「ア、アタイらは道楽なんかじゃ!」

「アンタたちが本気かどうかなんて、今となってはどうでもいいさ。けれど、支援を受けて戦う事を続けていた結果、それが無くなったら反乱軍を維持することすら難しくなってる。それが真実だろう?」

 ルジーは相変わらずクマちゃん以外には容赦がない。

 特に女子相手だとそれが顕著だ。あいつ本当に女の子に興味がないからなぁ。クマみたいな女の子にはちょっと反応するけど。

「た、確かに支援者は居なくなったけど、別にそれで生活に困ったりなんてしてな……!」

 その言葉を遮るかのように、お腹が空腹の唸りをあげた。

「……ミルボさん? 今のミルボさんですよね?」

「………違いますけど?」

 僕の問いかけにすっとぼけるが、次の瞬間追い打ちをかけるようにもう一度お腹が鳴る。なんというベストタイミングなんだ。良い仕事するなぁミルボさんのお腹。

「お腹空いてるんですか?」

「……すいてません……よ?」

 泣きそうじゃないですか。泣かなくてもいいのに。

「どうだ?我らに協力してくれるなら―――」

 テンジンザさんの言おうとしたことを察して、その言葉を手で制する。

 一瞬怪訝そうな顔をしたが、元々交渉事は得意でもないのだろう、僕にあとを任せる、と視線を向けてくれた。

「ミルボさん、良かったら食料をお分けしましょうか?」

「た、食べ物で釣る気か!?バカにするな!」

 まあそう来るだろう、こういう人はプライドが高い。

 プライドが高い人は、どんなに自分たちに利がある取引であろうとも、上から目線で仕掛けられる交渉は拒絶する。逆にどんなに損をしても、プライドさえ守られればこういう人にとっては勝ちなのだ。

 なので慎重に行かなければならないが、かといって下手に出過ぎても調子に乗られるので、ちょうどいい塩梅が必要だ。

「いえいえ、これはただの手土産ですよ。反乱軍はジュラル軍も手を焼くような存在だったと話は聞いています。そんな人たちに手ぶらで頼み事しに来ないですよ。これはあくまでも、交渉のテーブルについてもらうためだけの、心ばかりの贈り物です。どうか、受け取っていただけませんか?」

 これは半分本当で半分嘘だ。

 何かあった時の為に多めに食料は持って来ていたが、別に手土産にする予定ではなかった。

 だが、盗賊をするほどに困窮しているのなら、この借りは大きなものになるし、なによりも、「こいつらと一緒に居れば食べることには困らない」という印象を与えられるだけで、交渉は一気に有利になる。

 食べることは生きること。食料をめぐって戦争が起こる事なんて人類有史以来何度あったか数えきれない。

 お腹が空いている相手にとって、食事ほど有効な交渉手段は存在しないのだ。

「――――あくまでも、交渉をするだけか?」

 食いついた。

「ええ、実際に手を貸していただくかどうかは、その時に条件を提示させてもらいますし、気に入らなかったら断っていただいてもかまいません。どうか、食事の間だけでもお話を聞いていただけませんか?」

 ここでもう一度、ミルボさんの腹の虫が暴れだす。

「……し、仕方ない!食事の間だけだからな!」

「はい!ありがとうございます!すぐに用意しますね!」

 よっしゃ!と心の中でガッツポーズを決める僕であった。



「はいはい、どんどんお替りしてくださいねー」

 大きな鍋に大量に作った具沢山汁物を、全員に配る。

 と言っても、反乱軍に残っていたのは僕らを襲った10人程度で全員のようだ。

 おそらく、支援者が居なくなったことで皆抜けていったのだろう。ま、食べるのにも苦労してまで革命をしようなんて人間は、この国にはあまりいなかった、と言うことだろう。

 なにせジュラルの王は別に圧制を敷く独裁者とかではなかったし。

 それでも、当然不満が無いわけではなかったし、逆に言えばある程度裕福な国だからこそ、どこまで本気なのかわからない反乱軍なんかやろうとする人も出てきたし、それに賛同する酔狂な人もいた、ってことだ。

 けれど、ガイザの侵攻によって今後の情勢が見渡せなくなった今、支援なんかしている余裕のある人間は居なくなったし、本気でこの国を変えたいという志を持った人間だけが残ったのだろう。

「これだけの人数じゃ、仲間にしたところでたいして役に立たないんじゃないか?」

 人の流れが途切れたところで、こっそり耳打ちイジッテちゃん。

「イジッテちゃん……耳元でささやかれると、ドキドキしますね」

 耳をグーで殴られました。

「さすがにちょっと痛いよイジッテちゃん」

「うるせぇ、余計なこと言うな」

「余計なことにこそ、会話の本質がある……そうは思わないかい?」

「いいか、私は今 会話をしたいんじゃない、質問に対する答えを求めるんだ。おわかりかな?」

「ういーっす」

「返事はハイでしょ!」

「ハイ!」

 たまにお母さんみたいになるな……。お母さん居たことないから物語とかで読んだだけだが。

「で、どうなんだ?」

 何の話だっけ……ああそうだ、人数の話だ。

「大丈夫ですよ、そもそも目的は兵士を手に入れることじゃない。人脈と、ミルボさんという人そのものです」

「……あいつ、そんなに凄いのか?」

「そうですね、知名度は高いですし、何より一番大事なのは、元支援者たちとの関係性です」

「と言うと?」

「支援者ってのは当然金持ちが多いですし、その人たちの繋がりもある。ミルボさんはその人たちと顔見知りなのは当然として、さらに重要なのは、「彼女がお金持ちや貴族の家に出入りしても不自然じゃない存在」ってことです。見ての通り彼女たちは今お金に困っている、そういう人間が「もう一度支援をしてもらう為に」支援者や貴族たちの家に行くことは実に自然な行為です」

「……なるほどな、金を借りるフリをして入り込み、王子とテンジンザの事を伝える……ってことか」

 まあ、それも全てこの交渉が上手く行けば、の話だけどね……さて、どう攻めようか。

「そういえばもう一つ聞きたいことがあるんだけど」

「……? なんですか?」

 イジッテちゃんは、僕の手元にある大鍋を指さす。

「お前、料理なんて出来たのか?」

「あ、はい」

 出来ますけど。

「……今まで作ったことなかったよな?」

「いやだって、作る機会無かったじゃないですか。基本は宿とか街で食べるところいくらでもありますし、1日2日の旅や、逆に長旅なら鍋と食材持ち運ぶの面倒だから携帯食の方が楽ですし」

 作るとしたら、宿や食堂が無いような場所に長く滞在する時くらいだ。

 今回も、行った先に食事出来るところがあるかわからないし、なによりそれなりに大きな馬車なので、調理器具や食料を置くスペースが十分にあったので、持って来ていたのだ。

「……そういえば、テンジンザのやつを探しに行った時、別荘でなんか狩りをしてこようか、みたいなくだりあったな?」

「ああ、ありましたね。あの時は襲われてうやむやになりましたけど、そうじゃなければ料理するつもりでしたよ」

 別荘にはキッチンがあったし、食材は現地調達出来そうだったし、料理チャンスではあったな。

「なるほどなぁ……」

 なんだか、うんうんと頷きながらそう呟くイジッテちゃんは、黙って器を僕に差しだした。

「あっ、食べたいですか?どうぞ」

 よそってあげると、黙ってそれを口にする。

「美味いな……」

「えー、嬉しい、ありがとうございます」

 これは素直に嬉しい。出会う前に一人旅をしてた頃に身に着けた料理の技術も役に立つものだな。

「なるほどなぁ……」

 ……またなんかぶつぶつ言ってる、なんなんだろう。

 かと思ったら、一気にもりもりと食べていき、あっという間に器が空っぽになった――――と思った次の瞬間、その器でパカーン!と僕の頭を叩くイジッテちゃん。

「なんで!?」

 今日ばかりは僕悪くないよね!?

「もっと!早く!!食わせろよ!!お前の料理を!!」

「どういうタイプの怒りですかそれは?」

「食べたいだろ!!お前の作った料理とか、私が食べたいに決まってるだろ!!」

「……なるほど……?」

 わかるようなわからないような怒り方だ。

 すると、ぐっと僕の襟元を掴んで顔を引き寄せるイジッテちゃん。

「私はな、お前の料理を初めて食べるのが、ここに居る初対面の奴らと同時だというのが非常に気に入らないので、今度私の為だけに超おいしい料理を作ってくださいお願いします」

 どう考えてもお願いする態度ではないけど、内容は理解したし、理解したらちょっと嬉しい。

「つまり、イジッテちゃんは、私を特別扱いしろ、と仰っているわけですね?」

「端的に言えばそうだな!」

 なんか顔が赤くなってきてますよ。

 まあでも、考えてみたらそうか。好きな人の為に料理を作る、と言うのは中々に特別な行動だし、その逆も然り。

 言うなれば初めての経験だ。二人でやった日には、初料理記念日になってもおかしくない。

 それが、大勢と一緒の日になってしまったというのは、確かに僕の失態であったかもしれない。

 だって、僕にとってもイジッテちゃんは一番の特別なのだから。

「それを声に出すなバカ」

 ガインガイン。二回殴られたので照れ隠しです。隠れてないくらいに顔が真っ赤だけど。

「イジッテちゃんって、意外と独占欲みたいなのあるんですね」

「当然だ。私はお前のパートナーとして生きると決めたんだからな。お前にも、私を一番だと思って欲しい……と、思っている、ぞ」

 完全に顔を背けられましたが、耳が真っ赤なので超可愛いです。

「じゃあ、今度イジッテちゃんの為に特別ディナー作るんで、楽しみにしててくださいね」

「……おう」

 ええー、なにこれ。超幸せなんですけど。


「おぬしたち、さっきから何をイチャイチャしておるのだ?」

 いつの間にか器をもって料理を貰いに来たテンジンザさんに突っ込まれました。

「すいませんねラブラブなもんで」

「イチャイチャなどしていな……い、とも言い切れないな今日は……!」

 おお、イジッテちゃんがイチャイチャを認めるとは……!


「今日をイチャイチャ記念日として毎年祝おう」

「絶対にやめてくれ……!」


「あの……イチャイチャしてもいいから、おかわり貰えるかのぅ……?」

 テンジンザさんにも気に入っていただけたようで何よりです。

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