第112話

「準備が出来たぞ、入るがいい!」

 ああっ、やっと呼ばれた!

 いそいそと立ち上がり歩き出す僕。これから戦って死ぬかもしれないのに、まさか呼ばれて嬉しいとはね!恥ずかしさって死ぬ恐怖より辛い場合もあるんだね!

 しかし、近づいてみるとその場に用意された舞台に少し気圧される。

 檻だ。そこには四方を鉄の柱で囲まれた檻があった。

「どうぞ」

 メイドさんに促され、柱の隙間から檻の中に入ると、その隙間に新たな柱が立てられる。これは……決着がつく間で外に出られないってことか。

 広さとしては、ちょうど格闘技のリングくらいか。けれど、上にも鉄の棒で塞がれているので圧迫感がある。とはいえ、普通にジャンプして届くような高さではないのだけど。

 そして、鉄の外に透明なガラスが付けられる。血が飛び散って部屋が汚れるのを避けるためだろう。床も何かシートのようなものが敷いてある。

 なるほどね、僕が死んでも証拠隠滅の準備は万端ってわけだ。

 中にはエロィがすでに待ち構えていて、ナイフでジャグリングをしている。

 余裕の表情だなぁこんちくしょう。

「ではルールを説明する。戦え、死んだら終わり、負けを宣言したら終わり、他にルールは無い。以上である」

「わーお、単純明快」

 ノカリさんからの説明は本当にそれで終わりだったので、こっちから質問する。

「武器は何使ってもいいの?」

「構わんよ」 

「盾って借りられます?」

「なぜ余が貸さねばならん…?」

 そりゃそうだ。でも、イジッテちゃんが居ないから盾が無いんだよな……まあ仕方ないか、こっちが有利になる状況を作ってくれるなんて、そんな都合のいい話は無いのだから。

 僕は腰に差していた剣を抜く。

 テンジンザさんからプレゼントされた籠魔剣(かごまけん)だ。

 特訓で使って分かったが、この剣は魔法を籠められるだけではなく、純粋に剣としても良い出来だ。

 長さこそ長剣に比べたら短めではあるが、短剣と言うほどでもないし、切れ味も頑丈さも一流の仕事だと思う。

 そのうえ魔法が籠められる!凄い!さすが、値段が高いだけのことはある!!高いものは良いものだ!

 ――――とはいえ、だ。

 実践はこれが初めて……はたしてどこまで特訓の成果が出せるのか……。

「では始めるわよ、勝負……開始!!」

 ちょっ、いきなり!?

 心の準備をする間もなく始まる勝負。

 ひとまず剣を構え――――!? エロィが居ない!? どこ行った!?

 視線を巡らせめとると……棒を掴み壁に張り付くように高い位置に陣取っているエロィを見つけた――――と思った次の瞬間、そこから一気に滑空するように距離を詰めてくる!

 なんっだよその動き!?

 斜め上からナイフを持って突進してくるという今まで味わったことのない攻撃に、なんとか剣を横向きにして防ぐ!

 そのまま僕を通り過ぎるように背後に着地したエロィ。その隙を狙って攻撃を―――しようと思ったが、もうそこにはいない。

「ふふふふっ♪」

 まただ、また壁に張り付くように高い位置に。

 どういう仕組みなのかと考えるまでもなく、また壁からの突進!

 迎撃を―――違う! ナイフが飛んできてる!

 自分が飛んでくる前にナイフを投げているのか……!

 慌ててナイフ払い落すと、次の瞬間に本人!

「くっ…!」

 迎撃が間に合わず、何とか避けたつもりだったが、肩に痛みが走る。

 少し斬られたか……でもまだ傷は浅い。

 このくらいなら――――傷を気にしてる間にも、さらに追撃!

 くそっ、なんだこれ!この狭い檻の中を、跳ね回るように移動しながら攻撃してくる!

 防ぐのに精一杯で、攻撃のチャンスがない。

 くっそ、せっかく必殺技覚えたのにな!!

 その後も、何度も攻撃を防ぎきれずに、体のあちこちを少しずつ斬りつけられていく。

 何度も見てようやく理解したが、壁に張り付いているわけじゃなく、片方の手で檻を掴んでいるだけだ。

 足に風魔法でもかけているのか、高い跳躍力で檻の上のほうまで行き、一瞬片手で檻を掴んで、鉄の柱を蹴って移動しているのだ。

 いやまあ、わかったからってどうにか出来るわけじゃないけど!

 どうする?どこから来るかわからない相手への対処法……全方位に攻撃できる魔法があればいいんだけど、そんな魔法は僕には―――――……あるな!?

 一個だけある!!全方位に威力を発揮できる技が!!

 けれど、アレは一度しか使えない、タイミングを計れ、ここぞというタイミングを――――!!

 その為には、もう少し耐えるんだ…!

 エロィは、なぜか致命傷を狙ってこない。

 もちろん、首や顔、心臓など致命傷になる部分は注意深く守っているというのもあるけど、恐らくもてあそんでいるのだ。

 じわりじわりと、少しずつ弱らせて獲物をしとめるように……。

「エンロッティ! 遊んでいる時間はないわよ!」

 ノカリさんの叱咤が飛ぶと、エロィは僕の右足を斬りつけて、痛みに膝をついた僕の少し離れた前方に着地した。

「う~ん、残念時間切れ♪ せっかくキミ面白そうだから嬲ってみたいと思ったんだけどなぁ♪」

「……なるほどね、僕の提案に簡単に乗ってきたのは、そういうわけだったのか」

 道理であっさり話が運んだわけだ。

「ま、でもちょっと物足りなかったかな♪ もう少し時間があれば何か変わったかもしれないけど―――ねっ♪」

 言うと同時に、再び壁に張り付き、弾むように移動してくる。

 何とか立ち上がり防ごうとするが、まるで鋭い風に体を切り刻まれるような攻撃が続いて、少しずつ足に力が入りなくなって来ている。

「おや? もう終わりかなぁ♪」

 立っていることさえ辛くなり、ゆっくりと、体が傾くように倒れて―――

「じゃあ、そろそろ終わりにしようか―――なっ♪」

 そんな僕に、トドメの一撃を刺そうと近づいてくるエロィ……


 ――――――ここしかないよなぁ……!!


 最後の一撃を仕掛けに来るその瞬間、ここだ、ここで出すんだ!!

 僕の持っている最高の技、そして全方位に展開できるあの技を!!!


 いくぞぉぉぉぉおおおおお!!!!


「―――― 脱 衣 ボ ン バ ーーーーー!!!」


 弾け飛ぶ服!!全裸になる僕!!

 千切れた服が全方位に飛び散る!!

 と同時に、ちょっと姿勢を低くして横に飛ぶ!!

 すると、さっきまで僕の居た場所に、少し体制を崩しながら突っ込んでくるエロィ!!

 飛び散った服の一部が顔にかかり、視界を塞いでいる!!

 これこれ!これを狙ってたんだよ!!

 そのために、さんざん全身を切り刻まれた。エロィが僕を弄んでいるのを知っていて、それを利用した!

 あちこちに切れ目が入れば入るほど、服はより細かく千切れて全方位に飛びやすくなる!!

 ここで、剣に事前に仕込んでいた爆発魔法起動!!

 加速した剣で切りかかるっ!!!


 とった!!―――――……はずの剣が、甲高い音と共に止められた。


「……腕?」

 腕だ、真っ白な服に包まれたその腕で、エロィは僕の剣を受け止めていた。

「はっ!?なんっ…!」

「残念でした♪」

 そのまま腕を払うと、剣を弾き返された!

 そして逆の手に持ったナイフが迫る!

 何とか体を反らせて、ブリッヂのような形で避けて、その体制のまま下がって距離をとる。

「危なかった……!」

 にしても、なんで止められたんだ? あの服の下になんかあるのか?

「服の下にあるものが気になる?」

 エロィはそう言って服の袖をまくると―――腕にバンドのようなものが巻いてあり、そこに柄の無いナイフの刃の部分が収納してあった。

「これ、暗器用ナイフ。これを投げたり、刺したりするの♪ ミーは全身のあらゆるところにこういうものが仕込んである……さあ、どこを攻撃すればいいでしょうか?」

「ずるい!」

 くそっ、一度きりの脱衣ボンバーでつかんだチャンスだったのに!

 また振り出しだ……!

「じゃ、もっかい……イクよ♪」

 気持ちを落ち着ける隙を与えず、再び檻の中を飛び回るエロィ!

 くそっ、もう脱衣ボンバーは使えない、どうすれば――――。

 それでも、とにかく攻撃を受け止めるために構えようと足を広げた瞬間、足元に何かが触れた。

 それは、さっき吹き飛ばした僕の服の欠片だった。

 ……よく見ると、床に大量に散らばっている。

 そうか……! ボンバーは出来なくてもこれなら!

「上手くいってくれよ…!」

 僕が魔法を使うと――――床に散らばった大量の服のかけらが宙に舞う!

「おやっ♪」

 それに邪魔されて、エロィが着地する。

 しかし、さっきので学習したのか、強引には攻めてこず、離れた位置に着地したので攻めることは出来ないが、でも相手の動きを封じた!

「へぇ、やるね♪ この状態で飛び回るのは面倒だなぁ♪」

 ミューさんの竜巻魔法を真似ただけで、威力は全く及ばないから人を飛ばすことは出来ないけど、布くらいなら飛ばせる。

「これで、飛び回れないだろう? さあ、ここからは正々堂々勝負だな」

「正面から戦えば勝てるとでも……?」

 布が舞い散る中、僕らは睨みあう。

 次の一手が勝負を決めるような、そんな予感をお互いに持ち合わせている。

 どっちが先に動く? 僕から仕掛けるか、それとも来たところをカウンターで――――


「待てぇぇぇぇええええい!!!」


 突然の大声に、僕らは二人とも声のした方を向く。

 声の主は……ノカリさんだった。

「……なんですかノカリさん? まだ勝負の途中で…」


「服を着ろぉ!!!!!!!!!!」


 ノカリさんは顔を真っ赤にしながら怒っている。怒りながら、服を着ろという。

「……え?なんでですか?」

「なんで、ではないわ!! さっきからその風の魔法でお前の股間のそれがぷらんぷらん揺れておるのだ!! みんな気になって仕方ないし、戦いが直視できんわ!!」

 言われて周りを見回すと、メイドさんたちがみんな目を反らしたり手で目を覆ったりその隙間から見てたりしている。屈強メイドさんたちも気まずそうな表情だ。

「なるほど、僕は気にしないので、皆さんも気にしないでください!」

「気にするわぁ!!気にしないわけあるか!! だいたいさっきも、攻撃をブリッヂで避けた時とかも丸見え過ぎて酷かったわい!!余にそんな汚いものを見せるでない!!」

「汚くないですよ!可愛いですよ!」

「サイズは可愛いけど見た目は可愛くはない!」

「くっ、あなたまで僕の伝説の木をミニミニリトルチルドレンだとそう言うのですか…!!」

「いいからパンツを履けい!!」


 こうして、命を賭けた戦いは、僕がパンツを履くまで一時中断となったのでした。


 別に良いのにな、全裸で。


「「「「「「「「「良くない!!!」」」」」」」」


 ノカリさんもパイクさんもミューさんも、メイドさんたちもみんな一斉にツッコんできた……全裸はそんなにも悪ですか?


 今に見てろ……僕が全裸を当たり前の世界にして見せる!

「世界を創世記に戻す気なのアンタは」

 パイクさん、さすがイジッテちゃんに次ぐセカンドツッコミの名を欲しいままにするお人だ。

「欲しいままにした記憶がないのだけど……?」

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