第20話

 僕とイジッテちゃん、そしてパイクさんの3人で井戸の中へ入り、時を待つ。

 一応、予備も含めて水中イキデキールは2つ持っているのだけど、2人は必要ないらしい。理由を聞いたら、盾だから、矛だから、だってさ。

 まあ……納得できるような、出来ないような。

 いざとなったら、風魔法と水魔法の合わせ技で口元だけに空気の層を作ってそれで乗り切ろうと思っていたのだけど、やらずに済んで助かった。あと3回しか魔法使えないし。

 と言いつつ、そのうちの一回は、今僕が手に持っている砂時計に使われている。

 砂時計の周囲に風の魔法で空気の膜を作り、水の影響を受けずに砂がしっかり落ちるようにしているのだ。

 同じものをセッタくんに渡して、砂が落ち切ったタイミングで陽動を始めてください、と説明をして別れたので、こっちの砂時計が水の影響を受けて時間が狂うわけにはいかない。

 まあ、さすがにこれで完全に同時に動き出せるとは思わないけど、その為に爆発魔法の結晶を大量に作ったのだ。

 とは言え、手のひらに収まる小ささの砂時計なので、魔法の規模としては小さい。3回のうち1回とは言ったが、実質は0.3くらいのもんだ。

 ただ、ここの壁を破るためにも爆発魔法は必要で、弱めにするとしても0.4くらいは必要。残りは2.3だけど、0.3余分にあったところで敵に出会ったら使いようが無いのに、どっちにしてもあと2回と考えるべきか。

 結晶を一個こっちに持ってくれば魔法力は節約出来たけど、結晶の弱点は威力を調節出来ない事だ。外で気付かれないレベルで壁を壊すには、その場で威力を調節する方が確実なので、どうしてもここで一回使う必要がある。

 なんてことを考えてるうちに、砂時計の砂はもう落ち切る寸前だ。

 イジッテちゃんとパイクさんとアイコンタクトをして、3人で頷く。

 あああああーーー緊張してきたーーーーこんな潜入作戦とか初めてだからなー!

 まあでも今更どうにもならん!やるっきゃない!

 あまりにもドキドキするから一回全裸になって落ち着きたいけどその暇もないし、なったら絶対水中から出られないタイプの罰をイジッテちゃんからくらう!それは避けたい!死ぬからね!


 あっ、あっ、あっ、もう砂が、砂が………3、2、1…0!

 水の中だから、外の様子は解らないけどセッタくんが動いてくれてると信じて行動開始!

 まずは抑え目の爆発魔法で井戸の壁を破壊!

 んっ、ちょっと穴小さいか……!?いやでも、このくらいなら……水中で体勢を変えて、足で穴の端を蹴ると穴がさらに大きく崩れた。

 よし、これなら通れる。水をあまり動かさないようにそっと井戸の中へ入り、ゆっくの浮上。少しだけ水面から顔を出して様子を窺う。

 遠く離れた場所から大きな爆発音と、モンスターたちの怒鳴り声が聞こえてくる。

 セッタくんが上手くやってくれてるみたいだ!

 耳を澄まして、井戸の近くからは声が聞こえないのを確認する。村の外を警戒してくれているのだろう。

 さて、ポーチから取りい出したるは冒険アイテムのひとつ、かぎ爪付きロープ「登れますん」だ。

 ……言うな………ネーミングセンスの事は言うな…!

 これを投げ縄の要領で井戸の縁に引っ掛ける。

 井戸から見える外の空間は、片方が少し明るくなっている。何か光源があるのだろう。なので、その反対側、影になっている方向に爪をひっかけて登る。

「おい!なんだなんだこのドカーンって音は?!」

 声が聞こえて、慌てて少しロープを降りて井戸の中に身を隠す。

「どうやら何者かに襲撃されているようである。村の入り口を固めるのだ、表も裏もだ、虫一匹通すでないぞ!」

 さっきと違う声。どうやら2人、もしくはそれ以上で会話しているようだ。

「いや、虫は無理だろ。通っちゃうだろ」

「……無理なのはわかっておる、そのくらいしっかり見張れ、という例えである」

「なんで無理な事言うんだよ」

「だから!!じゃあ虫は通していいから人は通すでないぞ!」

「最初からそう言えよなー!」

 足音が一つ遠ざかっていく。おそらく、走り去ったのはモンスターだ。知能指数を考えると、ある意味妥当な会話ではある。

「全く……これだからモンスターというやつは…!」

 そんな言葉を残し、もう一つの足音も遠ざかる。

 ……今の発言からすると、モンスターに命令してたのは人間だろうか。

 モンスターに指示を出すという事は、人間がモンスターを従えてこの街を襲ったという事になる。

 モンスターと人間の共同作戦なんて聞いたこともないぞ……なんかややこしいことになりそうだなー……。

 

 ―――少しの時間の後、近くから音が聞こえなくなったのを確認して、周囲に気を付けながら井戸から出る。

 街の中心地の井戸に繋がってると思ったのだけど、どうやらここは違うらしい。四方の、井戸から出てすぐ目の前と左側に壁、右に建物、背後には草木が綺麗に整えられた広い空間―――――どうやら、どこかの家の庭のようだ。

 庭には街灯のようなランプがあり、家からも少し明かりが漏れ出ている。なるほど光源はこれか。井戸はその庭の隅に配置されていた。

 このグラウ村の規模から考えると、かなり大きな二階建ての洋館。モンスターの襲撃を受けたのか今は少し荒れているが、真っ白な壁やお洒落な出窓もあり、相当良い家だ。住みた~い。将来的にこういうとこ住みた~い。って思うくらい良い家だ。

 イジッテちゃんとパイクさんが井戸から上がってくる気配を感じつつ、一番近い窓から建物の中を覗きこむ。

 どうやらこの部屋は物置か何からしく、中にはいろいろなものがごちゃごちゃとしていて薄暗く人の気配が無い。

「ふむ……隠れるのにちょうど良いかな……ちょちょちょちょーい……と」

「おい、何してんだ?」

「イジッテちゃん、ちょっと待ってくださいね、ここをこうすると―――はい、開いた」

 窓が開いた。よし入ろう。入った。不法侵入いえーい。

「ささ、2人も早く」

「は?おまっ…なにしてんだ?」

「いいから、こんなとこに居たらいつ見つかるかわからないでしょ?」

 一応壁のおかげで周囲の視界はある程度遮られてはいるが、この家に用事の有る何者かが庭に入ってきたらすぐに見つかってしまうかもしれない。

「だってお前、人んちだぞ!?」

「まあまあ、緊急時ですよ?」

「そうだけども……ああもう、しゃーない」

 何かを諦めたように窓から中に入るイジッテちゃん。

「おじゃましまーす」

 一応小声でそう言いながら入るパイクさん。

 そっと音のしないように窓を閉め、鍵をかける。完璧な侵入だ。

 ゴンっと湿った音で頭を叩かれました。なぜ。

「お前なんで迷いなく不法侵入してんだよ……!ってか、どうやって鍵開けた…!?」

 イジッテちゃんによる小声説教です。

「すいません、昔の癖で。でももう足は洗ったのでご安心を」

「……詳しく聞きたいところだが、長い話になるか?」

「そりゃもう、三日三晩でも足りない程度には。途中で眠くなりますし、過去の記憶でストレスが凄くなるので一晩に二回はお店で発散しないと話す気も起きないですし」

 実際はそんなに時間は必要ないが、まあ正直に言えば、話したくない。

「……じゃあ今はいい。お前の言う通り非常事態だしな。過去の話をしてる場合じゃない」

「助かります」

 何かを察してくれたイジッテちゃんに感謝しつつ、僕らはひとまず服を絞って水気を出来る限り落とす。

 僕は当然のように全裸になったが、2人は服を着たまま絞るだけだ。ちょっと残念(主にパイクさん)だが、そもそも二人からは僕と比べてあまり水が垂れてない。

 やっぱり盾と矛だし、肌が人間のそれとは違うからだろうか。便利……なのかな?わからないけど、人には想像も出来ない苦労もあるのかもしれないから何とも言えない。

「ところで、ここってどこなの?」

 パイクさんの疑問に、僕は推測を語る。

「たぶん、この村長の家か何かだと思うんですよね。普通の町人たちは共同の井戸から水をくむのが普通なので、家の敷地内に井戸なんて無いですけど、村長とか貴族とか、特別な人の家には敷地内に井戸を作る事もあるんですよ」

 この辺に貴族が住んでるって話は聞かないし、きっと村長の家だろう。

「村長の家ってのは、村のどの辺りなんだ?」

「知りませんよ、僕だってこの村初めて来るんですから。とは言えまあ、だいたい長の家は村の表入口から離れた奥にあることが多いですかね、長を訪ねてくる人たちに村の様子を見てもらって、場合によっては買い物とかしてもらおう、みたいな狙いで」

「地図かなんか欲しいわよね。このままじゃ、村の人たちがどこかに閉じ込められてるにしても、当たりを付ける事も出来ないわよ」

 まあ、そもそも殺されてるかもしれないですけど、という言葉はとりあえず飲み込む。それだと僕らの来た意味が無くなるし。

 いかんいかん、こんな暗闇の中に居ると昔のアレな自分が戻ってきそうになるな。

 思い出せ、僕は勇者だ。人々を助ける光になるんだ。


「地図か……幸いここは物置ですし、ちょっと探してみますか?」

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