第16話

 僕は基本的に、雑魚モンスター1体と真っ向勝負でなら普通に勝てるけど2対1だと厳しい、というレベルの戦闘力なので、目の前の1体を倒すことに集中!―――したいところだけども、状況としては完全に多勢に無勢、当然のように横から攻撃を受ける!

 だが、それを盾セッタくんで止める!

 盾の状態でもしっかり意思を持っているようで、腕が引っ張られるような感覚に助けられて、見えない方向からの攻撃も受け止めてくれる。

 人間型のイジッテちゃんを身につけているのとはまた違う感覚だが、攻撃に専念できる安心感は同じくらいある。さすが伝説の盾だ。

 同時に、パイクさんも一緒に戦ってくれているのでさらに心強い。

 矛なだけあって、直線的な突きや蹴りで次々と相手を刺し貫いていく。

 ……相手からしたら、素手の女性だと思って襲い掛かったらいきなり貫かれるの、なんて恐ろしすぎる話だろう。味方で良かったぁ~。


 気づけば、辺りにはモンスターたちの屍が転がっていた。

 どうやら、僕とパイクさんではカバーしきれなかった攻撃はイジッテちゃんが防いでいてくれたらしく、着ているワンピースに今までに無かった切れ目が空いている。

 新しい服が完成する前に、似たようなワンピースの一つでも買ってあげよう、と心に誓いました。……申し訳ないけど、値段的には安いヤツで許してね。


「さてさて……と」

 こんな状況でアレだと思いつつも、一応モンスターの屍を漁る。

 金目のものがあったらしっかり貰う。お金はあって困るものではない、というか、この仕事ほぼ無償で引き受けているのだから、こういうところから回収できるものはさせてもらおう。

 普通のクエストも、報奨金とは別にクエストで得たお金やアイテムは冒険者が貰っていいことになっている。

 もちろん、アイテム収集クエストなどの場合は、依頼人が欲しがっている貴重なお宝を横取りするのは言語道断だが、モンスター退治などの場合は自由だ。

 なにより今回は、仮に村をしっかり救えたとしても、おそらく大損害を受けているであろう村の人たちからのお礼も期待出来ないし、くれると言っても貰うのは気が引ける。

 ということで、モンスターの死体漁りのお時間です。


 一通り見て回ったが、金目のものは無かった、残念。けど、いくつかポーションがあったので貰っておこう。

 ―――――それにしても……だ。

 調べる程に、最初に感じた違和感は強まった。

 モンスターが全員同じ鎧を着ている違和感だ。

 見れば見るほどこれは良い鎧で、そうそうこれだけの数を集められるものではない。状況が許すならこれを持って帰って売りたいくらいだが、これだけの数はとても持ちきれないし、数を絞るにしたってこれから襲われてる村を助けに行くのにはどう考えても邪魔だ。

 どっかに埋めといて、帰りに掘り起こすか……?襲われた村でも、荷車位なら借りられるかもしれないし―――――そんな皮算用をしているぼくの耳に、深刻そうなつぶやきが届く。

「ねえ、これ……気づいてる?」

 パイクさんのその言葉に、セッタくんが素早く人間体に戻り言葉を返す。

「ああ、気づかないハズもあるまいて。この鎧は――――」


「姿勢を低くしろ!!!!!!」


 イジッテちゃんの突然の大声に、僕はとっさに地面に膝を付けて姿勢を低くする。

 次の瞬間頭上に現れた何かが影を落とす。

 空には――――巨大な氷の塊、氷塊が浮かんでいた。

「なっ……なんだあれ?なんでこんな……」

 呆然とする僕の上に、イジッテちゃんが僕を覆うように飛び背中から頭にかけて飛び乗ると、さらにそれに重なるようにセッタくんも。


 それとほぼ同時に襲い来る、絶え間ない衝撃!!


「なんっ……だ、これ!」

 何かが、大量に降ってきている!!

 あまりの衝撃に、地面に四つん這いになって姿勢を丸くする。

 息つく間もなく降り注ぐ何かの一つが、僕の折り曲げた肘をかすめて地面に刺さる。

 これは―――氷だ。

 細く鋭く尖った、氷の弓矢とでもいうべきものが、大量に降ってきている。

 さっきの氷塊だ、あれが少しずつ削れて、弓矢となって降り注いでいるのだ。

「ぐぅっ…!」

「チッ…!多いなクソ…!」

 まるで大雨の日の如く視界が奪われ、左右の木々すら見えないその大量の氷の弓矢に、伝説の盾であるセッタくんとイジッテちゃんでさえ苦悶の声を上げる。

 パイクさんは無事だろうか、と考えるものの、確認の為に動くことも出来ない。少しでも動いて、盾の二人の位置がずれようものなら、おそらく一瞬で僕の命は奪われるだろう。

 情けない……!!

 僕は、ただ守られてるしか出来ないのか…!

 この状況が収まるまで、ただこうして姿勢を低くする以外に出来る事は無いのか!?


「炎の結晶を作って、右へ投げなさい!!!!」


 っ!パイクさんの声!

「ホフラム!」

 僕は考えるより先に、呪文を口にしていた。

 宿屋でお湯を沸かすのに使ったのと同じように、手の中に生まれた炎を結晶にして、言われた通りに右へと投げる!

「もう一度!!」

 再びのパイクさんの声。

 言われるがままにもう一度同じことをする。

 投げるときに氷の弓矢が腕をかすめて傷をつけたが、そんなことにかまっていられない。

「もう一度!!!!」

 それが何度も繰り替えされると、初めて「良し!」という声が届いたかと思うと、氷の矢のみが降り注いでいた空が赤く染まるのを感じた。


 そして――――降り注いでいた氷は、水へと変わり、ただの雨のように降り注いだ。


 ………ああ……乗り切った……のか?

 終わってみればおそらくさほど長い時間ではなかったのだろうけど、常に死を感じ続けた時間は永遠のように感じた。


 視線を上げると、もうそこには氷塊は存在せず、青い空が広がっていた。


「―――助かった…!」

 心の底から安堵の声が漏れた。ここまで本格的な命の危機は勇者になってから初めてだった。

「……はっ!イジッテちゃん!セッタくん!大丈夫!?」

 まだ僕の背中に乗ったままの二人は、荒い息遣いと共にゆっくりと背中から降りつつも、まだ周囲を警戒している。

 その背中には、何本もの氷の矢が突き刺さっている。

「ああ、こんなに刺さって……ごめん、僕、2人に助けてもらったのに、心配より先に自分が助かった事に安堵してしまった……情けない……!」

 不甲斐なさに自らの膝を強く叩く。

 しかし―――

「当たり前だバカ。自分の事より盾の事を心配する勇者が居るか。盾が何のために存在すると思ってる。お前の盾は、お前を守るためにあるんだ」

 イジッテちゃん……

「ありがとう……!セッタくんも、ありがとう!」

「ほほっ、かまわんよ。だが―――お礼を言うのはちと早いのぅ?」

 それって……はっ、そうか。今のが何者かの攻撃なら、敵はまだ近くにいる…?

 辺りを見回すが、敵らしき姿は見えない。

 代わりに目に入ったのは、盾の二人ほどではないが全身に傷の増えているパイクさんだった。

「パイクさんも大丈夫ですか!?」

「ははっ、アタシの心配が遅いわよ少年ー!こんないい女、真っ先に心配しなさいよねー」

「ご、ごめんなさい」

「冗談よ。アタシは攻撃が始まる直前に範囲外まで避けたからね。まあ、そのあと氷塊を何とかしようと、少年の投げた結晶をキャッチするためにちょっと範囲内に手を伸ばしたりはしたけどね。悪かったわね何個も作らせて。私のところに届く前に氷の矢で砕かれたり、一発では氷の中心部まで届かなかったり、まあ色々あったのよ」

 どうやら僕の作った炎の結晶を氷の塊に何度もぶつけて、少しずつ氷を溶かしてくれていたようだ。

 パイクさんが頑張ってくれなかったら、氷の矢はまだまだ降り続いていた事だろう。ああもう助けられてばかりだ。

「本当に、3人ともありがとうございます。この件を乗り切ったら、なんかお礼しますからね」

「当然だな」

「うむ、期待しとるぞ」

「何がいいかなー、考えとくわね♪」

 そんな会話をしつつも、全員が背中合わせで周囲の警戒を続ける。

 しかし、周囲に人の気配は感じられず、ただただ最初に草むらに投げた炎がまた少しずつ草を焼くパチパチという火花の音だけが――――


 「って、あのままじゃ森林火災になるーー!!!」

 そこから、水の魔法で火を消すまで、誰も何もしかけては来なかった。

 状況的に僕らは疲弊していたのだから、仕掛けるなら今を逃す手はないの思うのだけど、何もしてこない。

 その不気味さに戸惑いつつも、周囲に誰も居ないことをしっかりと確認して、僕らはようやく少しだけ休息の時間を得たのだった。


 あ、火事はそんなに広がらずに済みました。

 水分を多く含んだ草だったから燃えるのに時間がかかっていたようだ。……セッタくんはそこまで解ってて僕に炎魔法を使わせたのだろうか……さてはて?

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