第32話 二人の少女

平日も週末も何のトラブルもなく過ぎていく。

平穏だ。

空き時間にはサオリとカオリを連れて近くの商店に行ったり公園に行ったりしている。

今日も公園の茶店でゆったりと午後のひと時を過ごしている。

「そう言えば桜の件はどうなりましたか」

サオリが訊いてきた。

「ああ、アクア王国の樹木について詳しい人に訊いたのだがソメイヨシノのようなサクラはないらしい。どの品種も葉と花が一緒に出てくるか葉の方が早く出てくる品種のようなんだ。ソメイヨシノのように葉が出る前に花が咲く誇るように品種改良を行うのも難しそうだね」

「地球から運ぶことはできなかったのですよね」

「そうなんだ。あの扉を通過できなかった。ただ気になるのは物と違って通過の認証ができなかったという感じだよ」

「そうですか。何か通過の方法が見つかりそうですか」

「研究するしかないだろうね。あの転移方法についての師匠の論文を見てはいるんだけどね。まだ時間がかかりそうだ」

「タカシさん、無理しないでね」

「わかっているよ」


そろそろ水屋に帰るかなと思った時、近くで人だかりができていた。

「タカシ様、そこから動かないようにお願いします」

外出すると必ず付いてくる近衛衛士の一人が緊張した面持ちで近づいて来た。

いつもは見えない位置で護衛をしているのだがこういう時には近くで警護をしてくれる。

私が死にかけたことが近衛衛士の皆さんにとっては大変な落ち度と認識しているようだ。

私の油断が原因なのに申し訳ない。

「いや、大丈夫だよ。ただあちら人たちは不味いかな。行き倒れのようだ。助けに行こう」

水蒸気を使った探知ですぐに状況を把握した。


人だかりを衛士の皆さんが整理してくれた。

近づくと12歳ぐらいの少女が二人倒れていた。

二人ともよく似ている。

双子かな。

一卵性双生児ではないようだが。

かなり衰弱しているようだ。

「サオリ、診てやってくれるか」

「はい、お兄さま」

早速サオリが診断の魔法を施す。

「何日間か食べていないようですね。脱水状態にもなっています」

「この水と塩を使って応急処置はできるかな。それができたら水屋で休ませよう」

「わかりました」

サオリが塩と水で生理食塩水を作って体内に補充する形で治療をしていく。

同時に回復魔法もかけている。

意識は回復していないが呼吸が安定したところで衛士の皆さんが用意してくれた担架を使って二人の少女を水屋まで運んだ。

水屋に着くとちょうどユキノさんがやって来た。

二人の少女をサオリとカオリに任せてユキノさんと水を準備して夕方の販売を行った。

行き倒れの少女を保護したことは衛士から王宮に報告してくれたようだ。

夕方の営業が終わった頃には二人とも意識を取り戻したようだ。

カオリが作ったお粥を残さずに食べたようだ。

回復の魔法薬も飲ませたのでもう大丈夫だろう。

私とサオリとカオリとユキノさんで行き倒れになった事情を聞くことにした。

初めは護衛の衛士にも一緒に聞いてもらおうとしたのだが二人が拒否反応を示したので扉の外で待機してもらった。

ただ中の声が聞ける魔道具も渡しておいた。

少し犯罪の臭いがするのでね。

扉の外には4人の衛士が待機している。


「それでは話を聞かせてくれるかな。あ、私は王都で水屋を営んでいますタカシでます。そしてこちらの3人は婚約者のユキノさんと妹のサオリと許嫁のカオリです」

「私はアリルといいます。そして妹のナリルです。双子です。先月14歳になったばっかりです」

「それで何故あそこの公園で倒れていたのかな」

「はい、私たちは母と国境近くのツグル村の祖父母の家で暮らしていました。その祖父母が昨年相次いで亡くなりました。祖父母が亡くなると叔父によって住んでいた家を追い出されました。母や私たち姉妹の持ち物もほとんど叔父に奪われ僅かな財産を持って王都に向かうことになりました」

「それはひどいですね。そのことは村長や村の警備隊に訴えなかったのですか?」

「訴えました。そして村長宅に泊めてもらうことになったのですが、その夜村長と警備隊長と叔父が私たちを隣国の商人に奴隷として売ることを相談しているのを聞いてしまったのです。すぐに村長宅を脱出して村の人たちの協力を得て村の外に出ました。そして母が私たちが産まれる前に奉公していた王都に向かったのです」

「奴隷は禁止されているのに酷い話だ。これは調査する必要があるね、ユキノさん」

「はい大至急調査が必要でしょう」

外にいる衛士の一人がどこかに向かって行ったのがわかった。

明日の朝には調査隊が村に向かうだろう。

「失礼な事を聞きますが、あなたたちのお父様は?」

「先代のハルテ子爵だと聞いております。母はハルテ子爵宅に奉公しておりそこで私たちを身籠ったということです。先代のハルテ子爵は母を側室に迎え、私たちを育ててくれるつもりでいたようですが正妻の反対によって母は実家に帰ることになりました。私たちが先代のハルテ子爵の子供であることの証明と私たちが十分に生活ができるだけの財産を与えてくれたと言います。お陰で家庭教師も付き不自由なく暮らせました。しかし、その財産もほとんど叔父に奪われてしまいました」

「よく王都までたどり着けましたね」

「母が初めに着いた町で先代子爵様から頂いた指輪2個の内の1個を売り路銀にしました。そして王都に着き、子爵邸に赴いたのですが現子爵と先代子爵様の正妻にすべての財産を奪われて放り出されてしまいました。しかし先代子爵の令嬢という方が追いかけて来ていくらかのお金を渡してくださり、また後で来るから気を落とさないように言ってくださいました。先代子爵の令嬢という方の指定された宿に泊まったのですが、母が心労から倒れてしまい、先代子爵の令嬢という方も再び来ることがありませんでした。お金も無くなり宿を追い出され公園で野宿をしていたのですが一昨日母が亡くなりました。母の遺体は公園の森の中の大きな木の根元に埋めました。私たちも食事をしていなかったため倒れてしまったのです」

「何故、王都の衛士に訴えなかったのか訊くのは野暮か。村でのことがあったからですね。ユキノさんハルテ子爵家の事はわかりますか?」

「はい、先代の令嬢はルビーさんでしょう。亡くなった正妻の一人娘です」

「亡くなった正妻?」

「はい、現当主の母親は元は先代子爵の側室でした。ルビーさんの母親が亡くなったことによって正妻に繰り上がったのです。ルビーさんの母親や先代子爵の死には少し不審な点があります。ここでだけの話ですが今調べているところです」

「ルビーさんが再び二人のところに来なかったのはどう思います?」

「約束したことを違える方ではありませんね。おそらく何かのトラブルがあったのでしょう。大至急救出する必要があるでしょう。タカシさんもそのつもりですよね」

外で衛士の一人が動き出したね。

「アリルさん、ナリルさん。貴方たちが子爵邸で奪われたものはわかりますか」

「三人とも名前が入った指輪です。それからハルテ子爵の子供であることの証明と路銀です。家令によって奪われました」

その時、ノックがされた。

「はい、どうぞ」

「タカシ様。ご報告があります」


衛士から報告は公園で二人の母親の遺体を発見したということだった。

遺体は神殿に運ばれた。

その遺体から毒が見つかったとのことだ。


「あなた方は子爵邸で何か飲食はしましたか?」

「母はお茶を飲んでいましたが私たちは緊張して何も口にできませんでした」

「そうですか。先程、衛士がお二人のお母さまのご遺体を発見しました。神殿には運んでありますので丁寧に弔ってあげましょう」

「ありがとうございます。なぜそこまでやっていただけるのでしょう」

「王都やこの国で起こっている不正や犯罪を見過ごせないからですよ」

「あの皆さんはどんな方なのです。私たちの話を聞いている間に母の遺体を見つけられるなんて。ユキノさんってまさか」

「はい、アクア王国第一王女ユキノです。タカシさんはアクア王国の特別名誉爵でいらっしゃいます」


さて急いで行動しないといけないな。

ルビーさんの事も心配だ。

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