Ⅳ
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西天満署単独で扱う事件としては今までにない、規模の大きな捜査チームが結成された。専従の捜査員は刑事課一係からの七人を中心とするものの、杉原が所属していた少年課からも六名が加わり、また刑事課の他の班、そして生活安全課からも応援を得て、合計二十名の布陣となった。
杉原刑事がどういう理由で襲われたのかが分からないことから、捜査がどの方向に向かってもスムーズに進むよう、守備範囲に幅を持たせようというのだ。
全員が出席しての初めての捜査会議には署長以下、副署長、刑事官、刑事課・少年課・生活安全課の各課長が顔を揃え、署長のいつになく力の入った訓示で始まった。
実際に捜査の指揮を執るのは植田刑事課長と城戸少年課長で、それぞれ、強行班のプロとしてのプライドと、可愛い部下を半殺しの眼に遭わされたという怒りを各々の腹の底にどっかりと据えて、部下にハッパをかけるのである。
それからすぐに現在の捜査状況についての報告。今のところ判明事項は少なく、発見の経緯、杉原の現在の容態、昨日自宅を出る際の分かっている限りの行動、最近の様子などが報告された。しかしそれらはすべてありきたりで注目すべき点は少なく、従って有力な手がかりは見当たらなかった。杉原刑事はもう六年間、西天満署に配属になった当初から少年課に身を置いている。そこで、当面はその六年間で彼が関わった少年事件の当事者かあるいは関係者が今回の一件に関わって可能性が高いとみなし、そこに的を絞って捜査を進めて行くしかないであろうという指揮官たちの意見は、その場にいた全員から当然のように賛同を得た。
ただ、一番恐れなければならないのは被害者である杉原信一自身が何らかの犯罪に手を染めたか、もしくは犯罪に絡んでいて、それがこじれて今回の事件が起こったという事実が判明した場合の警察としての責任の取り方だと指揮官たちが言い出したときは、刑事たちはみな一様にやりきれなさそうな溜め息をついた。
確かに、警察官の不祥事が明るみに出ると、今後の自分たちに対する市民の心証が悪くなることに間違いはないが、自分たちはそんなことのためにこの事件に臨むのではないと彼らは思っていた。
同僚が半殺しの目に遭った。考えたくはないが、このまま帰らぬ人となってしまうかも知れない。だからやった奴を突き止めて、そいつを塀の向こうへ送ってやる。そして家族に心安らかな暮らしを取り戻してもらい、傷ついた同僚にも快復に専念してもらいたい。いつか自分と自分の家族にもまた、同じような不幸が訪れないとも限らないからだ。
そんな一念が自分たちを過酷な捜査活動へと駆り立てるのだと、そう思っていた。それが現場の刑事なのだ。お偉方はなにも分かっちゃいないだろうが。
やがてそれぞれに仕事が割り振られ、一回目の捜査会議は終了した。
署の駐車場に停めた車で芹沢を待つあいだ、鍋島はゆうべ麗子をアパートの玄関まで送っていったときのことを思い出していた。
昨夜、到着したタクシーが袋小路になっているアパートの前で方向変換するのを待つあいだ、麗子は鍋島にぽつりと言った。
──あたしのことは、気にしないでいいわ。
鍋島は何も答えなかった。麗子が酔っ払って突然押し掛けてきた、そのあたりの事情のことを言っているのだと思ったし、あるいは真澄のことを言いたいのだとも思った。
自分のことは気にするな。麗子はそれを言いに来たのか。男と何があったって、あたしは大丈夫、元気にやって行くわ。勝也なら分かってくれるでしょ。それから、真澄の気持ちを考えてあげて。あたしのことなんか気にせずに。それだけが言いたかったというのか。
やがて、彼女がタクシーに乗り込んでこちらを振り返ったのを見て、彼がようやく言った言葉と言えば──
──ボストン帰るんやったら、その前に一回連絡くれよ。
それだけだった。麗子は頷き、運転手に行き先を告げるために前に向き直った。その様子を見て、鍋島は何だか自分が麗子をひどくがっかりさせてしまったように感じた。
はたして麗子は、俺にどうして欲しかったんだろう。
あいつのことは何でも分かっているつもりだったけど、近頃ときどき分からなくなることがある。九年来の親友。腐れ縁の女友達。いや、それ以上かも知れない。でも決して、恋人じゃない。
分身──そう、俺の分身だと思っていた麗子。だからお互い、相手が次に何を言うかも分かったし、どんなことを良しとして、何を嫌うか、すべてが手に取るように理解できていた。そんな自信があったけど──
最近、ちょっと遠く感じるのは俺だけだろうか。
おまえは、どう思ってる?
「──なに深刻な顔してんだよ」
運転席に乗り込んできた芹沢が言った。
「──あ、いや、べつに」
鍋島は我に返った。
「アホづらと紙一重だけどな」
芹沢は言うとエンジンを掛けてギアを入れた。「昨日の電話の
「え? 電話って?」
「忘れてんのか。じゃあ違うな」
「……ああ、思い出した」
鍋島は本当にこのとき、昨日真澄が署に電話を掛けてきたことを忘れていたのである。
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