第2話


翌日から、わたしたちの恋人ごっこはスタートした。


羽田と同じバイト先につとめている共通の知人も学校内にはいるから、彼女がいない校内でも、恋人同士ということにした。ボロが出ないようにするためだ。

お互いに苗字で呼びあっていたわたしたちだけど、羽田からの提案で下の名前で呼び合うことにした。

亘輝。

恥ずかしい。なんとなく恥ずかしい。


「ちょっと羽田!」

「亘輝だろ?」

「こ…こう………もういいや!羽田亘輝!」


フルネームかよと彼はいつもの明るい笑顔で笑った。そして彼は、何のためらいもないように、わたしの下の名前を呼んだ。どきんと心臓が鳴ったのは、亘輝が相手だからではない。

男の子から、そんな風に呼ばれたことがなかったから。

初めて呼ばれたのが亘輝だった。

ただそれだけ。


わたしたちの変化に、まわりはすぐに気が付いた。そして、だれひとり驚くことなく、やっとかーと口をそろえた。

お前ら、いつくっつくんだろうってみんなで話してたんだよなんて。

そんなことをみんなが言うから、口をへの字にして変な顔をすることしか出来ない。そんな私の横で、いやあどうもどうもって、亘輝はヘラヘラと笑っていた。


彼は、わたしのことを好きじゃない。

だから、これだけ平然としていられる。


分かっていたことなのに、別に傷ついたりしているわけじゃないのに、への字の口が、さらに歪むのを感じた。




恋人のふりをするっていうのは、隙がないように、恋人になりきる必要があるということだ。

亘輝はその辺を徹底していた。

朝起きたらおはようとメッセージが入っている。

駅で待ち合わせをして一緒に学校へ向かう。

お昼ご飯は友達と食べていたけど、放課後は都合があえばふたりで過ごした。

何をしたって、別にふつう。カラオケ行ったり、ゲーセン行ったり、パフェを食べたり、ぶらぶらしたり。

家のそばまで亘輝は必ず送ってくれて、ばいばいと手を振って、夕方と夜の隙間に滑り込むように帰っていく。

絶対に、暗くなる前に、家に着くように彼は送ってくれた。


まるで本当の恋人みたいに。


だけど絶対に彼は、私に指一本触れてこなかった。気安く肩を叩くことさえ、契約を交わしたあとには一度もなかった。


寝る前には毎晩のように電話で話す。

さっきまで一緒にいたのに、話題なんて尽きることがなかった。亘輝は頭の回転がはやいみたいで、ポンポンと会話のキャッチボールが弾む。わたしもおしゃべりな方だから、ふたりでずっとやりとりをして、そしてゲラゲラ笑っていて。

気が付けば二時間、三時間なんて当たり前。深夜1時を過ぎて、そろそろ寝ようかという雰囲気を、言葉なしで感じ取って、おやすみと言って電話を切る。

本当に、心地よくて、楽しくて、気楽で。


亘輝といると元気が出る。

亘輝といると、心があったかくなる。

そして、亘輝といると、苦しくなる。


彼は、あの放課後の教室で好きな女の子の話を出して以来、一度もその話題に触れることはなかった。

わたしもなんとなく聞けなくて、いや、聞きたくなくて、あえてその話題は出さない。


だけど、彼からこの偽恋人の契約を取りやめようと提案されないということは、彼女は恋人とうまくいっていて、亘輝はその子のことが変わらずに好きだということ。

何も、状況は変わっていないということ。


なにひとつ―――いや、嘘だ。


ひとつだけ、変わってしまったことがある。


それは、わたしの気持ち。


わたしは、亘輝のことが、好きになってしまっていた。


引き返せないほどに、好きになってしまっていたのだ。

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