シンクロナイズドスイミング

日梨はつき

第1話

小さい頃から水は苦手。


海も、プールも、お風呂だって小さい頃は本当に苦痛で仕方なかった。

だって水の中じゃ、わたしたちは息をすることが出来ない。

目も開けられないし、耳も聞こえない。もがいてももがいても、体中には水の圧がかかってうまく動けない。

だから、水は今でも好きじゃない。


だってわたしたち人間は、陸で呼吸をして生きていく生物なのだから。





「恋人のふりをしてほしい」


目の前で深々と頭を下げる、羽田亘輝はねだこうき。羽田のつむじって、こんな向きだったんだ、なんて観察していれば、何も答えないわたしを、彼は不安げに見上げる。


そんな顔しないでほしい。ふり、ってなんだよ、ふりって。


羽田とわたしはクラスメイトだ。いつもクラスのムードメーカーで明るく元気な羽田。そして、同じくクラスのムードメーカで明るく元気なわたし。ムードメーカー男子代表と女子代表、みたいな。そんなわたしたち。

よく、お前ら付き合ってるのかなんてからかわれることも多いけど、勘弁してよって感じ。わたしは、本寺くんみたいな、穏やかで紳士的な男の子の方がすきだ。羽田みたいに、ただただ楽しければいいっていう子供っぽい男の子には興味ない。毎回それを言われるたびに、彼も勘弁してくれよって言っているけど。


ふん。こっちから願い下げだ。


そんなわたしたちなのに、放課後のだれもいない教室。

机におでこを擦りつけてこんな変なお願いをする羽田亘輝。

ちらりとわたしを見上げて何の反応もないのを察するともう一度、頼む!と言い

ながらゴツンと机に額を落とした。


「ねえ羽田。唐突すぎて意味が分かんない。ちゃんと説明して。」


そう言えば、彼はそっと顔を上げる。おでこの中央が、ちょっと赤くなっている。馬鹿だなあ。何をそんなに必死になっているんだろう。


「俺さ、すきな人がいるんだ。」


そうやって彼は口を開いた。

羽田には、ずっとずっと好きな子がいるらしい。バイト先が同じその子と彼は両想いだったらしいけれど(まあ彼の一方的な解釈だから真相は分からないけれど)、いざ彼が想いを伝えようと決意した直前に、彼女には恋人が出来てしまったというのだ。

よく二人でバイト後に出かけたりファミレスで何時間も話したりしていたらしいけど、恋人がいる身でそういうことはもう出来ない、と彼女は言ったらしい。そこでとっさに羽田の口から嘘が飛び出した。


「俺も彼女できたんだよね!」


と。

お互いに彼氏彼女がいるのだから、何も心配することなく、むしろ気楽に相談しあえばいいじゃないかと、羽田はその場で彼女にそう言ったそうだ。すると、その女の子はほっとした顔をしたらしい。亘輝くんにも彼女さんがいるならば、わたしたちは純粋な友達として、ふたりで会ったりしてもいいよね。何もやましいことはないのだからと。

そしてふたりは約束をしたらしい。近いうち、4人で会おうと。


あまりの必死さゆえに生まれた羽田の嘘にも、彼女の言い訳にも、溜息が出た。めんどくさいなあ。なんで恋愛っていうのは、男女っていうのは、こうも面倒くさいものなのだろう。


「馬鹿みたい。俺もお前が好きだ、って奪っちゃえばよかったのに。」

「ごめんなさいって言われたら?そしたらもう会えないじゃん。本当に終わっちゃうじゃん。」

「仕方ないでしょ、彼氏持ちなんだもん。嘘ついてなんの意味があるの?」


羽田にはずばずばと容赦なく言葉が出てくる。すると、彼はわたしが見たことのないような表情でぽつりとこう言った。


「そんなんでも、会えなくなるよりは、ずっといい。」


まだ、終わらせたくないんだ


そんな風に、かすれた声で彼が言うから、わたしは引き寄せられるように頷いてしまった。

羽田のこういうところが、ずるいと思う。面倒だな、関わりたくないなって思っているはずなのに。羽田のせいで、わたしのペースはいつも狂わされてしまうのだ。

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