先王の秘密・2

 翌日。

 リダ・シィニラから指定された場所へと、アディルとリダ・エリルは向かう。

 先王……つまりアディルの父に仕えていた女性で、先王の死後は表舞台に姿を現すことはなく、王宮神殿で先王の冥福をただただ祈り続けていたと聞いている。

「そういえば……」

 ふと気づいて、アディルは口を開く。

「どうかなさいましたか、陛下?」

「『王家神官リダ』って、女の人しかなれないのかなぁ、と思って」

 リダ・エリルもリダ・シィニラも、先王妃となった母に仕えているリダ・ツィアナも、皆女性だ。

 リダ・エリルが選出される前に仕えてくれていた――その頃、リダ・エリルも幼かっただろうし、修行もしていたのだろう――仮のリダも女性だった。

 仮のリダは『常王家神官ルア・リダ』と呼ばれ、仕えるべきたった一人の王族とは運命が結ばれていないが、王家神官になれるだけの力を持った特別な存在で、常に三人がルア・リダとして通常の神殿ではなく、王宮神殿に籍を置く。

 ルア・リダの主な役目は、昔のアディルのように王家神官がまだ選出されていない王族に仮の王家神官として仕えたり、新任の王家神官が王宮に馴染めるようにサポートしたり、仕える王族一人に気を払う王家神官が気付きにくい王宮内での些細な気の乱れを整えること。そして、王宮神殿を綺麗に保つのもルア・リダの役目だ。

「いいえ、男性でもリダにはなれます。ただ……そうですね、確かにここ五代ほどの王家には、女性のリダだけが仕えているはずです」

「偶然、なのかな?」

「神官として生まれるのも、王家神官となるのも、全て大神たいしんファニエルドの御心次第。ただ、女性のリダのほうが都合が良いのは確かでしょうね」

「え?」

「王族とリダが異性同士の場合、男性が入られる場所に女性が一緒に入ることはあまり問題がありませんが、女性が入られる場所に男性が一緒には入られない場合もありますから」

「ああ……」

 自分は男だし、小さな頃から侍女の世話になっているので解らないが、例えば姫君なら着替えの場にいくらリダでも男性がいるのは嫌だということもあるのかもしれない。

「そして、リダは『大神の花嫁』……花嫁ならば、女性が良いのかもしれませんね」

 ファニスラーダが聖王国と呼ばれる、もう一つの理由。

 それは、王家が大神ファニエルドの血を引いているという伝説だ。

 戦乱の世の中で、一人の青年が女性神官と共に戦い、国を一つ作り上げた。その青年こそが、ファニエルドが人間として降臨した存在だと言われている。大神は女性神官との間に子供を設け、その子供が成人すると天へと還ったのだという。

 本来、神官は婚姻を禁じられているが、その女性神官は特例として罰せられることもなく、天へ還った大神の花嫁と呼ばれ、母として神官として子供を守り、天寿を全うしたとされる。

 その大神と女性神官に倣って、ファニスラーダには王家神官という身分が作られたのだ。リダ、というのはその女性神官の名前とも言われている。

 かなり早く出てきたつもりだったが、待ち合わせの場所には、もうリダ・シィニラが待っていた。

 リダ・シィニラは、気配か足音で気づいたのだろう、アディルに深々と頭を下げた。

「御足労をおかけいたしまして、申し訳ございません、陛下」

 リダ・シィニラの口から自分が『陛下』と呼ばれるのは、アディルは何だかとても違和感を覚えるのだけれど、現実としてリダ・シィニラが『陛下』と呼び続けてきた父は死に、アディルがファニスラーダ国王となったのだから、何も間違ってはいない。

 緩く波打つ黄金の髪のリダ・シィニラは、アディルの後ろに控えていたリダ・エリルに視線を――といっても、リダは布で目を隠しているので実際に目の動きが見えたわけではないけれど――動かす。

「久しぶりですね、リダ・エリル」

「お久しぶりです、アウム・リダ・シィニラ」

「『王家神官長アウム・リダ』は、今は貴女でしょう?」

 それは咎める響きではなく、優しく諭す言葉だった。

「申し訳ございません、まだ、慣れておりませんもので。『失王家神官リ・リダ』とお呼びすべきでした」

 リダ・エリルが頭を下げる。

 王族の存命中にリダが死ぬようなことがあれば、すぐに新たなるリダが選出されるのだが、主を喪ったリダは失王家神官リ・リダと呼ばれ、王宮に留め置かれる。リダ・シィニラのように完全に表舞台から退く者もいれば、他のリダの相談役のような立場に就く者もいるそうだ。

 リダ・シィニラは小さな絹の袋を、アディルに手渡した。

「中身を見ても?」

「はい」

 取り出してみると、それは綺麗な黄金の鍵だった。意匠はかなり昔の物に見えるが、まるで出来上がったばかりのように輝いている。丁寧に扱われてきた物でもあるのだろうが、触れていると微かに魔法――もしくは神術しんじゅつ――の力が伝わってくる。

「それが、最後に陛下に継承して頂きたいものです」

 す、とリダ・シィニラは近くにあった扉を指差した。

「その扉の鍵です。扉を開ける必要上、幾つか同じ形の鍵はございますが、それがオリジナルの鍵――でもあります」

「え?」

「それをどうするも、陛下次第。このまま、無かったことにするのも、その扉の向こうへ行き、己の目で見定められるのも」


『陛下は近々、選択をなさるでしょう』


 ふいに、ミヤビのアカネ姫の言葉が甦った。

 これが、姫の言っていた『選択』なのだろうか……?

 国を滅ぼすかもしれないという…………。

「…………行く」

「陛下……」

 リダ・エリルが心配そうに声をかけてくる。

「この中に何があるのか、私は確かめなくてはいけないと思う。確かめた上で、それをどうするか決めなくてはいけない、そう……思うから」

「では、お行きなさいませ、陛下。お父君の選択は、鍵をかけることでした。それに従うも、違う道を選ぶも、陛下次第。どうぞ、善き道を」

 深く頭を下げ、リダ・シィニラは踵を返し去って行った。

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