日常への帰還

 ──さて、その後の彼らについて話そう。



来宮くるみやれな”こと金条夜花きんじょうよるかは数ヶ月間休止していた芸能活動を再開。

 活動再開後一発目の仕事は、同様に歌手として再スタートを切ったある大物アーティスト──楽斗がくととのコラボ。新たに発表された、彼自ら歌唱を担当した楽曲のPVにシークレット出演したとの報道を受け、芸能界は大いに賑わったという。

 また学生という身分をものともせず、ドラマに舞台に映画から、時にはバラエティにまで仕事を選ばず出演し、今やお茶の間で彼女の姿を見ない日はないほど。一応、将来を約束する“彼氏”の立場にいる紅太としては若干複雑な気分、ともらしている。



 それから、早坂碧の下についていた三人の部下達について。

 彼らもまた、イコルが消え異能を失ったことでそれぞれの道を歩み始めることとなる。



「──では、これにて閉廷します」

 厳かな口調で裁判長が口にした途端、わぁっと傍聴席から歓声が上がる。

 今日はとある重犯罪者の再審が行われていた。その犯罪者の罪状は放火と殺人。自宅に火を着け家族全員を殺した恐ろしい少女──その名を“ベリアル・クリード”といった。あだ名は、美しいストロベリーブロンドに由来して“ベリィ”という。周りからの評判も良く学校でも目立つ優等生だった。

 スクールカーストでも上位に位置するティーンが起こした凶行に、当時の世間は大いに沸き立った。逮捕後、謎の手口で刑務所を脱獄し行方不明となれば尚更。だが、突然アメリカへ舞い戻った彼女は警察に出頭し、自分が犯した罪を認めた。

 事件発生からだいぶ時間が経過していたこともあり、再審が行なわれ──今日、その判決が確定する。懲役、終身刑。未成年者であることを加味してもその罪は重いとされ、減刑は認められなかった。何より本人が自ら減刑を断った。「あの人ならきっと、ちゃんと償えって言うだろうから」──そう語るベリアルは犯罪者とは思えぬほど穏やかな顔つきをしていたという。

 そして今も、ベリアルは独房の中にいる。



 中国・北京市内


 当局がいくら撤去しようとしてもなかなか減らない、違法建築のバラックがごちゃごちゃと乱立し、あちこちに注射器や空き瓶が転がったスラム街。その寂れた表通りを二人組の青年が並んで歩いていた。

 スモッグに覆われくすんだ空の下でも、彼らの姿ははっきりと見える。片方はきっちり結った長い黒髪に、仕立ての良いスーツをまとい安物のネクタイを締めている。もう片方は緩く編んだみつあみを背中に垂らし、暗色の中華服を着ていた。

「久しぶりだ、この街も。ここでおれたちは碧様に拾われたっけ」

「そうだな、私達が始まった場所だ。懐かしい、とても……」

 スーツの男は名前を翠蓮スイレン、中華服の男は黄江オウコウといった。双子の兄弟でありながら互いを生涯の伴侶と定めた二人は、日本に住むという母を探して回っていたが見つからず、一度故郷へ帰ることにしたのである。

「……ねぇ、ボスから連絡来てるけどいいの? 挨拶しに行かなくて」

「私達を捨てた人間に? 何故?」

 不思議そうに尋ねる翠蓮へ、でも、と黄江は言い募る。

「ボスが、“母さん”のこと知ってるって。また仲間になるなら協力するって……」

 安心させるように優しい顔で、兄は不安げな弟をぎゅっと抱きしめた。

「大丈夫だ、私達はあのお方の元でたくさん色んな経験を積んできた。だからあんな奴に頼る必要なんかない。それより、今は束の間の青春を謳歌するとしよう! 未来は開けてる。不安になる必要なんかないのさ!」

 芝居がかった口調で叫び、腕の中の黄江をひょいと持ち上げるとくるくる回す。冗談みたいな光景だが、黄江は楽しそうに笑い声を上げている。

「さ、行こうか。……母さんに会いに」



 ──某国、某所


 もうもうと砂塵の舞い上がる中、その子供は白い顔に返り血がべっとり付着するのも構わず戦場を走る。特別製の軍服を着込み全身に刃物を仕込んだ姿は、“死の天使”というチープな二つ名で有名だった。

 風花のような白銀の髪と熟れた果実の如く真っ赤な瞳。幼い容姿とは裏腹に、百戦錬磨の戦闘技術を有する熟練の猛者「カレン」は今日も、人を殺す日々を送る。

 時にはこうして戦場で、あるいは都会の人混みに紛れ、砂漠にジャングル、雪原や海原。場所もクライアントも選ばない天才にして最強の殺し屋は、たとえ異能が無くとも無敗を誇る。

 通り名にふさわしい、美しい笑みを浮かべて、彼は死体と化したターゲットに語りかける。

「──さて、お仕事おしまい。悪いね、残業はしない主義なんで」



 ──あれから一年後。


 緑色のアスファルトに覆われたグラウンドを囲む桜並木は満開に花開いていた。ひらひら舞う花吹雪が、春霞にぼやける蒼穹と見事なコントラストを作っている。

 真新しいブレザーの学生服姿で校門の前に佇んでいた“彼”はなんとはなしに咲き誇る桜雲を眺めていた。

「……今日、あいつは来れるのかな。忙しいって言ってたけど、さすがに入学式だし。久しぶりに会えるといいな」

 一時は元の黒に染め直していた髪は、再びお気に入りの金色に戻っており、前髪の一部に赤いメッシュが入っている。無くした耳朶の代わりに、あの時からずっと軟骨に嵌めたままのピアスが陽の光をきらきらと跳ね返す。少女めいた顔立ちは、中性的な印象を抱かせつつも少し精悍さを増していた。

 春の暖かい日差しとそよ風に吹かれ、ぼんやりと意識が遠のいていく。立ったまま寝てしまいそうだ、と思いながら彼はひたすらに待ち続けた。──そして、待ち望んだ瞬間はようやく訪れる。


 ぽんっ、と軽く肩を叩かれた感触で紅太ははっと意識を取り戻した。さっきまで写真撮影する親子で賑わっていた校門前は、いつの間にかしんと静まりかえっており、淡い夕日が差し込んでいる。

 驚いて振り向いた紅太の目に飛び込んできたのは、二人組の男女だった。

 片方は、ずっと変わらないコバルトブルーに染めた背に流れる青い髪、南海のように美しい青緑の瞳。うっすらと化粧を施した奇跡の如き美貌に高校の制服がよく似合っている。

 もう片方はふわふわと風に揺れる黒髪と玲莉に輝く同色の瞳、すらりと伸びた長身に自分と同じブレザー、爽やかで端整な顔に静かな笑みを湛えていた。

 どちらも、彼にとって大切な人達。きっと二人に会うため生まれてきた、と紅太は思っている。それくらい心の大半を占めている。

「……おかえり。そんで、久しぶり。また会えたな」

 積もる話もある。言いたいこと、聞きたいことがたくさん。でも今は、とりあえず全て置いといて。

 ぎゅっと飛びつく。温もりが全身に伝わる。

 会えて良かった。

 会って良かった。

 この体温を失くしたくない。だからそのためにこれからも力を尽くそう。二人が笑顔でいてくれるなら、もう何も怖くない。戦う勇気を教えてくれたから。


「家に帰ろ、みんなが待ってる」

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