開会宣言
──夢を見た。
懐かしい……まだ小学校に通う前、幼く無邪気な子どもで居られた頃の。成長した自分は遠くからきゃらきゃらと笑う過去の己を見つめていて、その視線はどこか憂いと寂しさに満ちているように感じられた。風に揺れる黒髪に薄赤く火照るふくふくした頬、丸っこい手足は今にも折れてしまいそうで、あぁ自分にもこんな時代があったのだなと、まるで
「……俺、何やってんだろうな」
少年期特有の甘さを残したボーイソプラノを高らかに響かせ、幼い紅太は同い年くらいの子どもたちと遊んでいた。周りではしゃぎ駆け回る彼らは見覚えのある者もいれば初めて見る者もいて、その中にはどうしても忘れられない「彼」もまた混じっていた。眼鏡をかけ猫っ毛の髪を風に遊ばせながら佇む子ども。生真面目さを感じさせる繊細な造りの顔立ちははっとするほど大人びていて、硝子の奥にある瞳はどこか虚ろにさまよっている。
『ねぇあそぼ、こっちにきなよ』
子どもの紅太が「彼」に声をかけ、誘う。でも眼鏡の少年は最初首を横に振って断った。
いかない、と掠れた声で拒絶を示す。だが過去の自分が諦めることはなかった。辛抱強く何度も何度も手招きしては、ついに両手でしっかりと「彼」の手を掴む。にこ、と微笑う紅太は、今の自分と比べてよっぽどしっかりしてみえる。
『だいじょうぶ。なにもわるいことはおきない。だから、ほら、いっしょにいこうよ』
突然手を握られ戸惑っていた彼が、ぱっと目を見開いた。真っ黒い色の瞳が途端に潤み、やがておずおずと──自身の手を包み込む紅太の元へ近寄る。
『ほんとに? そっちへ行ってもいいの』
ところどころ震える小声で問う「彼」へ、紅太が返したのは真っ直ぐすぎる視線と言葉。
『おいで、おれたちはずっと……ずうっとずっとずっと、いつまでもいっしょだ!』
そうだ、約束したはずだ、自分は。たとえ何があっても。行く先の未来が違くても、それぞれに歩む道が変わるとしても、お互いのことを忘れたりしないと──ふたりは共にあり続けると、いつまでも一緒なんだと。
『ずっとずっと、いつまでもいっしょだ』
己の放った言葉がリフレインする。ぐるぐると回る。離れたとしても別れたりしないと誓ったはずだったのに。
「あお、碧っ……、なぁ碧、お前いま何処にいるんだよ! 帰ってこいよ、なぁ、どうして先に逝っちまうんだ! 消えないで、居なくならないで、俺には──お前しか、」
いないのに。
友達はたくさん居た。家族だっていつも傍に。だけど隣にいてほしいのは、いつだってたった一人だけなのだ。
「あお。……碧。聞こえてるか……なぁ、碧……!」
今度こそ、二度と離すものか。
やり直してみせる。そして──変えてやる。
──そこで、夢から覚めた。
──同時刻。
映画に出てくる貴族の屋敷によく似た豪奢な室内に、ぼうっと一人の少年がその姿を現した。調度品や家具も置かれず、ただ壁や柱の装飾ばかりが目立つ部屋には窓も扉もない。まるで空気から湧き出すように音もなく出現した彼は、白手袋をした両手で恭しく持っていた包みを広げる。
精緻な刺繍を施した白絹の布に
光を放っているかのように美しい黄金色をした液体が充分に満たされると、彼はふ、と口元に微かな笑みを刻んだ。
室内の真ん中に置かれたそれ──見た目には何の変哲もない白い陶器の皿が、
光はどんどん強さを増していき、照明さえなかった部屋は真昼のように眩しかった。オブシディアンの瞳を爛々と輝かせ、少年は高らかに
「……さぁ、永遠の栄光と絶対の勝利を約束する神の血よ、我ら戦士に力を──そして、我に聖なる道を示せ!」
戦いが始まる。
人々が有する全ての欲望を叶えし神の血を得んがため、──生き残りが一人になるまで続くデス・ゲームが。
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