1:令嬢たちのお茶会

 ハインツェルへの訪問を終えると、瞬く間に季節は秋から冬となり、マティアスとエミーリアは多忙を極めていた。

 春に行われる予定の二人の結婚式には多くの国賓が参加する。エミーリアはその招待客の名前を頭に叩き込み、それが終われば各国についてあれこれと調べて記憶した。アイゼンシュタット王国についての知識は婚約前に学んでいたが、周辺諸国についてはまだまだ知らないことが多い。

 そうしているうちに冬もそろそろ終わるだろうかという頃になった。

 王都を真っ白に染める雪が降る回数も減ってきたし、気温も少しずつ上がってきている。肌を刺すような寒さが和らいで春が近づいていることを実感させた。



 その日エミーリアは王城ではなく、とある伯爵家に招待されていた。この時期は貴族が王都に集まり、社交界が賑わう季節でもある。令嬢たちも例外ではなかった。

「ご招待いただきありがとうございます。カタリーナ様」

「エミーリア様! ようこそお越しくださいました!」

 今日は伯爵令嬢であるカタリーナ嬢の主催するお茶会だ。エミーリアと同じ年頃の令嬢が集められている。

 王妃教育のために時間を多く割いているため、以前ほどこうしたお茶会に足を運ぶ暇はないが、かといってすべての招待を断るわけにはいかない。厳選されたいくつかのお茶会に顔を出しているのが現状だ。

 国王マティアスの婚約者がエミーリアに定まったことで、その座を狙っていた他の令嬢たちの婚約の話も次々にまとまっているらしい。そうなるとこういう集まりで行われるのは腹の探り合いではなく婚約者の自慢合戦だ。自分の婚約者がいかに素晴らしいのかを皆にこやかに話しながらも水面下では火花が散っている。

(もちろん、陛下が一番素敵なのは言うまでもないけど)

 エミーリアが余裕の表情で紅茶を一口飲むと、ミルクティー色の髪に編み込まれたリボンも一緒に揺れる。

「エミーリア様、素敵なリボンをお召しですのね」

「リボンの刺繍も、とても繊細ですわ……!」

 そわそわとした様子で一人の令嬢が声をかけてくる。エミーリアはその声ににっこりと微笑んだ。

「こちらですか? 北のゼクレス伯爵領に伝わる文様です。文様によって様々な意味が込められているそうですよ」

「まぁ! やっぱり!」

「少し前から話題になっておりますわよね。でも王都では取り扱っている商会があまりなくて……」

「コリンナ様もお持ちでしたよね……! なかなか手に入りませんのに……!」

「お姉様にはわたくしからプレゼントさせていただきましたの。幸運が舞い込むようにという願いを込めて」

 狙い通りに話題はエミーリアのリボンに集中する。ハインツェルから王都に戻った後、オリヴァーを経由してパウラから届けられたリボンが今エミーリアのつけているものだ。

 一緒に送られてきたものを姉のコリンナにもプレゼントした。未来の王妃と、かつて社交界の花と呼ばれた侯爵夫人が身につけているとなれば令嬢たちは注目するはずだと思ったのだ。

(よかった。成果が少しずつ見えてきたわね)

 これなら向こうが量産できる体制を整えた頃にはたくさんの注文が入るだろう。そこから先どうやって『商売』をしていくかはエミーリアが口出すことではない。

(もっと早くに知り合えていれば、式のどこかで使えたんだけど……いえ、さすがにそれは、手を貸しすぎね)

 王妃が結婚式に身につけたとなれば国中の乙女が欲しがる一品になってしまう。できる限り協力はしてあげたいが、何事も加減は重要だ。

 その後もマティアスとのことや結婚式の準備の様子など、エミーリアは質問攻めになったがそれらをすべて笑顔で答えてお茶会は無事に終わった。




「……相変わらず大変そうね」

 実はお茶会に参加していたデリアを帰りに捕まえ、馬車に同乗して帰る。最近ではデリアとも会う時間がとれないので、こうした場で顔を合わせるとデリアが迎えの馬車を断りエミーリアが送るという形をとっていた。

「結婚式までもう時間もないし、忙しいのは仕方ないわ」

「そっちじゃなくて、あの質問攻めのことよ。私なら途中でイライラして顔に出るわ」

 今回集まっていた令嬢はほとんど婚約の決まった者が多く、以前のようにマティアスとの仲を探るような質問はあまりなかった。とはいえ、時折ちくちくと針で刺すような嫌味が混じっていたりもする。

 そんなにお忙しくては陛下との時間もとれないのでは? とか、エミーリア様は優秀な補佐官にもなれるでしょうね、とか。

(忙しくても陛下は会う時間を作ってくださるし、補佐官にもなれないような人間に王妃が務まるわけがないわ)

 どの言葉にもエミーリアは丁寧に答え、笑顔で躱してみせた。今頃嫌味を言った令嬢は悔しがっているかもしれない。

「今この国で一番注目されている令嬢はわたくしでしょう? このくらいのことは想定内だわ」

 それより、とエミーリアが申し訳なさそうに口を開く。

「今日デリアがいると知っていたらヘンリック様に護衛をお願いしたのに……」

「そっ……そういう気遣いとかいいから!」

「だってヘンリック様もお忙しいから、なかなか会えないでしょう?」

 どうやらハインツェルでの一件以降、ヘンリックとデリアは日時を合わせて育児院で顔を合わせるようにはなったらしい……というのをエミーリアはヘンリックから聞いていた。しかしここしばらくヘンリックは育児院に行っていないはずだ。

 マティアスが忙しければヘンリックも忙しくなる、というのは少々大袈裟かもしれないが、今のヘンリックにはゆっくり休めるほどの暇はないだろう。

「あ、会えないからなんだっていうのよ。まだ私とあいつはなんでもないんだからね!?」

「ふふ、そうね。まだそうね」

 ついまだの部分を強調してエミーリアは微笑む。

 デリアとヘンリックの婚約も春になれば話がまとまる予定だ。まだ寒さが残っているものの、日増しに春が近づいてきていると感じる日々が、これほどいとおしいと思ったことは今までないだろう。



 一方その頃、王城では。

「……なんだってあの人はいつもこうなんだ」

 マティアスが苦々しい表情で頭を抱えていた。

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