第3話 体調管理はメイドの基本


 クレアは部屋を飛び出すと、階段を駆け下り、廊下を突進した。


「オリヴィア! どーゆーつもりです!?」


 跳ね飛ばすようにドアを開けて、台所に押し入る。ぼくら二人もあとに続いた。


「落ち着きたまえ、クレア」


「そ、そうだよ! オリヴィアも悪気があったわけじゃないんだから……」


 オリヴィアはキッチンテーブルに突っ伏していた。灰色がかった金髪を、あごのあたりで切りそろえている。


「え……?」


 ぼんやりと顔をあげて、周囲を見回した。緑色の目がじんわりとうるみ、頬は林檎のように真っ赤だ。


「みなさんおそろいで……。いかがなさいました?」


「のんきに居眠りとは、いいご身分ですことっ!」


 オリヴィアの表情から、さっと血の気が引くのが分かった。


「わ、わたし……また何か粗相を……?」


 それでも頬の赤みは引かなかった。いつもは白くて線の細い顔立ちだったはずだ。今日は様子がおかしい。


「粗相というほどでもないよ。ちょっと燻製ニシンに火を通しすぎていただけで……。なっ、そうだろ、ホームズ?」


 リョウは答えず、じっとオリヴィアを見つめていた。帳簿を読むときのような真剣な顔だ。

 クレアが「フンッ」と鼻を鳴らす。


「ニシンの焼き加減も知らねーなんて、あんたそれでもイギリス人ですか! 親の顔を見てやりてーですね!!」


「も、申し訳ありません。今すぐ作り直し――」


 言葉は途中で途切れた。立ち上がろうとしたオリヴィアの膝から力が抜け、すとんと倒れ込みそうになる。


「危ない!」


 ぼくは思わず飛びかかり、彼女を抱き留めた。彼女の体は、お湯を詰めた革袋のように熱かった。服は汗でわずかに湿っている。


「ひどい熱だ」


「ごめん……なさい……。朝から風邪っぽいと思っていたんですが……」


「ダメじゃないか、寝ていなくちゃ」


「でも」オリヴィアは囁くような声で言った。「お仕事を休んじゃいけないと、思って……」


 先輩メイドは大袈裟にため息をついた。


「はーっ、これだから! いいですか、体調管理はメイドの基本。それをおろそかにするなんて――」


「後にしろ、クレア」


 リョウは鋭く言うと、ぼくの隣にかがみ込んだ。オリヴィアのおでこに手を当てて、表情を曇らせる。


「たしかにこれはヒドい。今日は一日、布団の中で過ごすべきだな」


「うぅ……。面目ありません。わたし、ご迷惑をおかけしてばかり――ひゃっ!?」


 ぼくはオリヴィアを抱き上げた。子犬のように軽かった。


「クレア、ベッドを準備してもらえるかな」


「……しかたねーですね」


「ならば私は、何か薬になるものを用意しよう」


 リョウは素早く立ち上がると、なぜか逃げ出すように台所を去った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援した人

応援すると応援コメントも書けます