scene61*「たのしいな」
子供の俺たちは、今日ここで大人になる。
【61:たのしいな 】
初めてのデートは、この遊園地だった。
高校1年生の冬休み、電車を乗り継いで二人で初めてのデートをした。
俺たちは付き合いたてもあって、一緒にいるにもどうしていいかわからなくて距離ばかりとっていた気がする。
ジェットコースターやお化け屋敷や観覧車。異性と二人きりでこういった遊びは慣れていなくて、照れずにちゃんと話せるようになったのは夕方からだった。
サツキが喜んだのはジェットコースターでも観覧車でもお土産やでもなく、高台から見下ろせる展望コーナーだった。
登った時は夕方だったから夜景なんかも広がっていなく、俺たちのあまり知らない街がポツポツと遠くに見えるのと、ところどころに森や林が見えるだけのただの風景が広がっていた。
そんな他愛もない景色だったけれど、ちょうど夕陽のオレンジに包まれて、何となく昔の映画を見てるみたいだなーと感じていた。
するとその時にサツキがポツリと言った。
「……楽しいな」
俺は気のきいた事は何一つできなかったのに、彼女が漏らしたその一言で、すごく嬉しくなったのを覚えている。
そしてその時に、サツキのことがますます好きになったのも。
あれから2年たった今、季節はあの頃よりちょっと後の春先だけれど、再び2人でこの遊園地にきた。
それなりに大きな遊園地だったとあの時は思っていたけど、全然そんな事はなかったみたいでせっかくの春休みなのに人が閑散としていた。
「ねぇ、あれ乗ろうよ!一番最初に乗ったやつ、覚えてる?」
サツキは小学生みたいにはしゃいで、俺の手をぐいぐい引っ張っていく。
ジェットコースター乗って、お化け屋敷入って、お昼にホットドッグ食べて、動物コーナーで笑って、お土産やさんでふざけ合って、観覧車に乗って……キスをした。
一番最初した時はドキドキして何にも考える事が出来なかったけれど、今日の俺はキスをしながらもサツキは遠くに行っちゃうんだなと考えていた。
サツキは春から地方の大学へ行く。ここよりもずっと寒い東北のほうだ。
サツキは周囲の反対を押し切って、入りたい大学を受験して見事合格した。 俺は実家から通える地元の大学だ。
……遠距離なんて、ムリだ。俺達には。
何となくそう思った。
新しい環境に行けば彼女も変わるし、俺も変わる。
どんなに今は変わらないって思っていても、遠くの大学に通う遠距離のカップルが残りの人生60年ちょっとまで一緒にいられるってどのくらいの確率だと思う?
( そんなのおとぎ話じゃないか。……不可能だ。 )
今は好きでも、きっと変わっちまうんだろうなぁ。
お互い離れ離れで4年以上、就職もどうなるか分からないし、どこに暮らすかもわからない。
きっとその間に別れだってくるかもしれない。それほど今の子供の俺達と、未来の大人の俺達は違うものなような気がした。
そう考えたら胸のあたりがすごく痛くなって、何度も何度も優しいキスをしながらも握る手の力はこもる一方だった。
観覧車を降りると、最初から決めていたかのように展望台へと歩いていき、前と同じ景色を見た。
あの頃より街の景色も若干変わっていて、大きなショッピングモールの建物が見える。
サツキは繋いでいた手を突然放し、展望台の柵へと向かっていった。
どうしてそんなにカンタンに放すんだよ。
心の中で呟く。言いたいけれど、本当のところ何を考えてるか分からないサツキの背中を見続けることしかできなかった。本当は、俺と同じ事を思っているかもしれない。
サツキだってこれからのこと、考えているのかもしれない。
ムリなんじゃないかって、薄々気づいているのかもしれない。
そんなことないって言いたい子供でいたいけれど、俺達にはそう言いきれない大人の心が育ち始めている。
そんな風に思っていると、サツキはぽつりと呟いた。
「……たのしいな」
サツキは2年前と同じ事を言ってこちらに振り向いた。俺と目が合うとニコッと笑う。
「私がそう言ったの、忘れてるでしょ」
「……忘れてないよ。覚えてるし」
「……良かった」
サツキは俺の隣に戻って、腕を絡めた。指先がひんやりしていて、右手の薬指には去年のクリスマスにプレゼントした指輪が光っている。
ピンクのハートの石がついた指輪だ。高校生にしてはいいものかもしれないけれど、どうしてもあげたくてバイトをめちゃくちゃ頑張った。
俺と会わない時でも、学校でもこっそりつけたりしてくれて、癖なのか嬉しそうに指輪をさわるサツキが可愛くて、何度も「プレゼントして良かった」と思った。
サツキは思い出すようにして言った。
「2年前に私がそう言ったらさ、めちゃくちゃ嬉しそうな、照れた顔してくれたよね。私もあれで、めちゃくちゃ嬉しくなって……もっと好きになった」
「……そんな顔してた?」
「してた。絶対してたもん。鼻の下が伸びてた」
「ぜってーそんなことねーし」
からかうように言われてちょっと悔しいが、でも本当のことだった。
ひとしきり笑って、その後は何も言わずに展望台からの景色を眺めていた。
夕陽の色が濃くなって見惚れていると、サツキがぽつりと漏らした。
「私たち、ダメになっちゃうのかな。……離れちゃうし」
あぁ、同じ事を思ってた。やっぱり。
サツキの望みのような言葉に……俺は何も言えなかった。気休めや嘘がどうしてもつけなかった。
ここで何も言わないのは最低な奴って分かっていても、確実に叶う事以外、口に出せなかった。
叶うか分からない事を、口に出すのは怖かった。
そんな俺の性格を知ってるからかサツキは気を取り直すように明るくした。
「たぶん私と同じ事、考えてるよね。……だって、私もどうなるか不安だし、絶対とかそういうの、怖くて使えないもん」
「……じゃあ、別れるのか?」
自分のしている行動でサツキを不安にしている癖に、自分でもよくそんな言葉が出たと思う。
サツキを見たら当たり前だけれど……すごく傷ついた悲しい顔をしていた。
瞬間、
俺の大バカ野郎!!!
心の中で自分を罵って、サツキを力いっぱい抱きしめていた。
周りに人なんか居ない。もう照れる必要もない。
……気が付けば、俺達2人揃って……泣いていた。
「大丈夫、大丈夫。大丈夫だ」
おまじないのように俺は呟く。サツキを安心させるために。自分に自信を持たせるために。
この先の人生、どうなるか分からない。
だからって、手放していい理由なんか何一つないだろ!
手放したくない気持ちのほうが続けられるかの不安よりもずっとずっと強くて、サツキも同じなのか抱きしめながら俺の服をぎゅっと掴んで涙でしゃくりあげながら言った。
「離れるの、私だって嫌だ。だけど夢を諦めるのも嫌だ。怖いし寂しいし不安だし……でも、好きだよ。……私も頑張るから……頑張ろうよ。大丈夫だよ」
俺が言うべき言葉なのに、サツキに言わせてしまった。どこまで俺は情けないんだろう。
だけど、こんな情けない弱い俺でも、サツキは俺の事を好きでいようとしてくれる。
一緒に頑張ろうって言ってくれる。
それだけでも、充分じゃないか。
続けるには充分じゃないか。
「また来年の春、ここに来ような。……そんでまた、楽しいなって言ってくれよな……」
自分の不甲斐なさに、抱きしめながら心の中で100回、ゴメンと謝った。
そして、100万回、サツキの事がやっぱり好きだと思った。
( 次に会う時は、ほんの少しだけ大人になっているだろうか )
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