scene43*「ことば」
つまんなくて、早く席を立ちたかった。
そこからあたしを連れ出してくれたのは……
【43:ことば 】
中学校の同窓会。
ホンットつまんない。
あたしは何杯目かになるチューハイを飲みながら、さっきと同じ事を思った。
みんなすっごくはしゃいでてバカ騒ぎ。
仲のいい子がいればきっと楽しいんだろうけれど、あいにく仲の良い友達は生理痛が重すぎてどうにもならず急きょ欠席。
そこまで話したこともなかった子たちと今更何話せばいいのかすらわからないのに、バカ騒ぎなんてやっぱり出来ないし。
テキトーに会話してるけど本当は早く帰りたくてしょうがなかった。
時間は夜9時を回ってこれからって時なんだけど、この中で一人だけ退席なんてしにくくて……。
だけどモタモタしているともうすぐお開きの時間で、そのまんま2次会の流れになるかもしれない。
どうせ会費は払ってあるし、あたしはこそっと荷物を持ってトイレを名目に逃げる事にした。
「マコ~何なに、帰んの~???」
「えぇーーー!もう行っちゃうのーー!!」
引きとめる声に「そんなわけないじゃん」と愛想笑いすると
「便所だろ、便所!!」
一際大きな、ちょっと太い声が聞こえた。
声のほうを見ると、同級生で同じ塾の仲間でもあったサワダだった。
「そー。トイレだから」
あたしがしれっと答えると、サワダもこっち歩いてきて「俺もツレション」と言った。
目が合ってすぐに気付く。
酔った振りしてるけど、どうやらこいつは酔ってないようだ。
みんな間抜けな声で「いってら~」と言ってまた宴会を続けた。
通路を進んで行きトイレ、かと思いきゃ、いきなり手首をつかまれてそのままお店の外に連れて行かれた。
「何事?!」
「バッくれるつもりだったんだろ」
「……どーして分かったの」
「だってつまんなそーにしてたから。ずっと見てたら、すごく帰りたそうなそぶりしはじめたからさ。それに俺もあのテンションに疲れてきてたので、利用させてもらいましたー」
「……ふーん」
ずっと見てた、なんてお酒の効力の言葉でも、それはあたしをドキッとさせた。
これからどうしようかと二人で話して、とりあえず久々に会った事もあり近くの公園で話でもしようという事になった。
遅くまでやってるスーパーでとりあえずまた缶チューハイを買って、居酒屋からほどなくして離れた公園のブランコでひとまず乾杯をする。
寒いはずなのに、アルコールで火照った顔には冬の冷気が心地よかった。
座ってからブランコの低さに、ちょっと驚きながらも、それと重ねるように体はこんなに変わってしまうのに、心はちっとも変ってないんだなって思った自分がバカみたいだった。
お酒を飲みながら横目でサワダを見ると、すっかり大人の体格になった彼には少し窮屈みたいで、そのアンバランスさにちょっと笑ってしまいそうになった。
「なんだよ。お前、今ちょっと笑ってなかった?」
「笑ってないよ」
「やっぱ笑ってるじゃねーかよ」
「何でもないってば」
それからちょっと、今度は何を話すでもなく、ただ並んで遠い星を眺める。
サワダとはそんなに親しい間柄じゃないし、まぁ同級生だし塾も同じな顔見知りって感じだけど、かといって他人行儀でもない不思議な距離を保っていたように思う。
「なぁんか皆、変わってると思ったけど変わってねーなやっぱ」
少し低くなった声。懐かしいという感情が起きる。
「外見だけーって感じだね。全然変わってないよね」
あたしはふざけたように笑って、ライチの味のお酒をまた一口飲んだ。
「女ってマジ反則だよなぁ。化粧で変わりすぎ。わかんなかったもん」
「男の子だって髪型とかで変わってたよ。でもサワダはあんまり変わってないかなぁ」
「お前も大して変わってねーじゃん」
変わってなくて、安心した?
心に浮かんだその言葉はすぐに消えていった。
「みんな中学校のままだよね」
それとも変わってて、忘れてたほうが良かった?
「そだな。今、何してんの?」
「ぼちぼち大学生ってとこ。そっちは?」
「おれもだ。のらりくらりやってんよ」
ハハハ、と笑う。
笑った時の目が全然変わってないと思う。
「一人暮らししてんの?」
「そ。一応神奈川。実家通い?」
「うん」
それきりしばらく途絶えた。まわりには誰もいない。
白い外灯がより冷たく感じさせる。
飲むのをやめたお酒はもう苦いとしか感じられなかった。
「あのさ、」
「ん?」
「……男らしくなったじゃん。前よりさ」
「……そんなことねーよ」
「ちょっとドキしちゃったじゃんか。さっきの言葉」
「何の?」
言わせないでよ。今のあたしは頭がおかしいんだから。
昔に戻ったみたい。今日みたいに抜け出した時に戻ったみたいに。
あの時の事を思い出していた。
そう、今と同じ季節だった。
「ずっと見てた」
私があの言葉を言うと、サワダはちょっと照れたように、アー……と目を泳がせた。
「……サワダ、彼女、いんの?」
胸がドキドキしてる。そのくせ頭が冷静でだけど脈打つ心臓が痛い。
「今は、いない」
「あたしも同じ」
塾での高校受験合格の打ち上げ、みんなが騒いでる中、抜け出そうって言われた。
微妙な距離を保ってたあたしたちは、その瞬間、一歩違う意味へと入り込んだ。
けど……
「あれっきり、消化不良で、誰とも上手くいかないの」
あの時、近づいたかもしれない距離はあっけなく引き戻されてしまった。
抜け出したあたしたちは、塾の横の駐車場に隣同士に座った。
顔が近づいてキスまで後少しの距離、たまたま塾の傍を通りかかった他のクラスの子に見られてしまった。
結局それに気づいてキスはできなかったのだけれど、翌日にはあたしたちの距離は前よりも遠いものになってしまった。
正直、あの時ほど思春期を恨んだことはない。
あれからあんまり目を合わすこともなく、もちろん卒業したら高校は別々であまり会うこともなく本当にそれきりになってしまった。
多分、今のサワダもあの時のあの夜を思い出してるんだろう。何となくそんな気がした。
二人の間には静寂。口を開く事は二人の続き、もしくは終わりを示す事になる。そう思うと途端に怖くて口を開きたくなかった。
距離を保ってたけど、あたしは、ほんとは……
本当はずっと、ずっと気づいてた。とっくだったはず。
「……ごめん、今の言葉、忘れて」
耐えきれず逃げの言葉を口にした自分。なんて卑怯者なんだろう。
それ以上何も紡げないでいると、今度はサワダが喋った。
「……絶対、もう口きいてくんねーかと思った」
「え?」
意外な言葉にあたし自身が驚いてサワダを見た。
サワダはずっと地面を見つめてて、空になった缶を潰した。
「っつーか、また一緒に抜け出してくれるなんて思わなかった……ごめん、俺酔ってるな」
片手で目を覆って、口元へと撫でるような仕草。この人が本音を言う時の癖を、まだ覚えてる。
「あんとき、ちゃんと言えば良かったな」
「……年頃だったしさ……仕方ないよ」
「俺も、誰の事好きになっても、いっつもお前んこと浮かんじゃってた。……もっとちゃんと、言えば良かったって」
お願い。やっぱり酔ってるなんて言わないで。素面で言って。
「……酔ってる、から?」
「バカ!分別くらいつくっつーの」
体が一気に熱くなる。缶をもつ手が汗ばんだ。
今のあたしは完全に、サワダしか見えなくなってる。
「……気持ち、変わってないなら……続き、してよ」
語尾が震えていたと思う。この状況に緊張してしまっているせいか目がチカチカした。
あたしの感情、こんな状況、二度とないと思うと言わずにはいられない。
何を言おうか、何を言うべきか、色んな単語が頭をグルグルする。
手に力を込めて缶を握ったけど汗ですべるだけだった。
あたしは、精一杯の言葉を発した。今言える素直な感情を。
「あたしは、サワダが今でも……すきだよ……」
搾り出すように言った「すき」の言葉。
目をつぶったら、鼻の奥がつんとなって咽喉が焼け付くようで、熱い涙がこぼれた。
この感情に色をつけるとしたら何色だろう?
満たされる幸福の黄色?
情熱の赤だろうか。
そのくらいに今この瞬間に感情が混乱している。
でも気持ちはハッキリと好きだと叫んでいる。
刹那、ガチャリと鎖の音を立てて、隣のブランコが揺れた。
踏みしめた砂利の音が近づいて目を開けると、私の足元にサワダの靴がすぐ見えた。
そしてそのまま視界をスライドさせるようにゆっくりと顔をあげたら、タイミングでしゃがんだサワダの顔がすぐ近くまできてて、あたしたちはそのままキスをした。
目を閉じると、また涙が零れた。
唇を離すと眉を寄せて少し切ない顔をしたサワダが、あたしのおでこに自分のそれを寄せて漏らすように言った。
「女々しいけどさ、引くと思うけど、ホントにお前の事が好き。ずっと好きだった」
「よければ、俺の彼女になってほしいって思ってる。酔ってなんかない」
「ほんとに、すげー好きだから。今度はちゃんと言うから」
「好きだ」
わかっていながらも、でも嬉しさでビックリしてしまってあたしは首を縦に振ることで精一杯だった。
「……いっぱい時間たっちゃったね」
「……そーなるべくしてなった運命ってことじゃねーの?」
「……クッサ……」
「男はロマンチストなの!」
そう言って笑い合う。
暗がりだったけどあたしは泣いた後なのと、サワダは寒かったせいかお互い鼻が真っ赤だった。
「あたしもサワダがすごく好きよ」
お互い傷つけちゃったね。
わたしもちゃんと言えなくて、ごめんね。
あの時隠しちゃって、ごめんね。
「……家まで送る」
「うん」
差し伸べられた手を握る。かさついた大きな手。
汗ばんだ自分の手が恥ずかしかったけど、あたしは迷わずその手を取る。
絡められた指先は、あの頃できなかったようにあたしを守ってくれてるみたいな気がした。
あの頃恥ずかしくて、一度だって触れもしなかった手を思う存分味わいたい。
あの時よりも大人になったあたしたちが、ここにいるんだなと感じた。
( 5年越しの恋 )
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