scene37*「歌」


「もーあそこのお茶二度と買わないっ!!!」

あーあ。また始まったよ。



【37:歌 】



教室に着くなりプリプリとした調子で言った女は、お騒がせな俺の彼女である。

俺は窓際の一番後ろの席から、教卓の一番前の席に鞄を雑に置いたアサミを見た。

不機嫌なクセに来るんじゃねーぞー、とばっちりごめんだぞー、と見ないふりをしてウォークマンに集中したけれどその祈りは届くはずもなく

「きーてよ!ヨウちゃん!!ひどいんだよっ!!」

と、ズカズカ俺の席まで来たもんだから、仕方なくイヤホンを外した。


隣の席に座った彼女はあからさまに不機嫌で、眉間に皺が寄っていた。

アサミが不機嫌の時は面白い事に、唇をアヒルのようにちょっととんがらせるクセがある。


俺はいつもそれが間抜けに見えてしまい、しかしながらそんな表情も可愛くて笑ってしまいそうになるのだけれど、そんなことを言おうもんなら3日くらい何の返事もしてくれないだろうしも口も満足に聞いてくれなくなりそうなので、そんな事態を避けたい俺はガマンしてハイハイと聞いてやるのだ。


こーんな朝から面倒見のいい男なんて、俺ぐらいじゃねーの、なんて酔ってるくらい。


「はいはい。今日のアサミちゃんは一体何がご不満だったんかい」

「ベロ!」

「ベロ?ベロがどーしたの」

「火傷したん。今日はちょっと寒いからさぁ、あたしって冷え性じゃん?だからコンビニであったかいお茶買ったのね。で飲んだらチョー熱くてベロと咽喉さぁ火傷しちゃった」


そう、ぐすん、としてみるアサミはホントに子供みたいだなーと思う。

まぁ、温度がぬるいよりかは熱いほうがいいと思うけどなぁ。


「フーフーしなかったん?」

「だってすぐ飲めると思ったんだもん!つかあそこで売ってるくらいなんだからすぐ飲めると思うじゃん!!なのになんであんなに熱いのよぉ~」

「ははは。もーアサミは抜けてるなぁ。温いよりかは良いと思うけどね」

「ははは、じゃないよー。今日一日は何を食べても何を喋っても痛いよきっと」

「どれ、見してみ?」


そう言うと、小さい子がお医者さんに見せるように、ベーっと舌をだした。

火傷したそれは熟れたイチゴのように赤くなってて、それですらなんとなく可愛いなと思ってしまった。


「今日は冷たいもんを飲むようにしたほうがいーぞ」

「うん」

「明日になったら少しおさまると思うよ?」

「そーじゃなきゃ困る」

「それでも治んなかったら……」

「えっ、そんなのやだぁ……」

「嘘うそ。治るってば」

「もぉー!」

「まぁ、今日どうしても痛くなったら俺に言いなさい」

「はぁい」


ちょうどその時、アサミの仲良しの友達が教室にきたもんだから、俺の事なんて忘れたかのように「あ、ユキナだー!聞いてよー!」とさっさと行ってしまった。

あー天然って辛いなぁー。でもあーいうとこが好きでもあるんだけど。


俺はまたイヤホンを耳につけてアサミを観察した。すると俺には抱きついてくれなかったのに、女友達にはアッサリ抱きついていた。

おまけに頭を撫でてもらっているなんて、彼氏心としては女友達に先を越されている気がしてちょっとショックだ。


……どうしても痛くなったら、口実としてキスしてやろう、なんて意地悪な事を思う。

簡単に騙されて、ぽかんとしているようなアサミの顔が、ちょっと浮かんで笑いそうになってしまう。

ワガママで天然で喜怒哀楽ハッキリしてて、実に振り回されてしまうのだけれどそこがほっとけなくて大好きなんだから俺も相当なものだ。


耳では軽快なメロディでベンジーが愛を唄う。

今日も良い天気だ、と思った。




(  抗いがたい小悪魔  )

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