[1-5] 我が予測の範疇

「イナミが特務官と遭遇した」


 冷たい女の声が薄暗い部屋に響く。


 声の主は小柄な体型で白いフードとローブを着込んでいる。古い宗教でいうところの司祭のような装いだ。

 顔を隠す仮面には〈樹鏃じゅぞく〉の紋章が描かれていた。


 円卓には七席が設けられているものの、空席が目につく。

 唯一、女の対面――部屋の最奥に位置する席には、同じ白ずくめの大男が座っていた。


 大男の沈黙に耐えかねた女は、椅子から腰を浮かせて訴える。


「ドゥーベ、私たちは何か手を打つべきだと思う」


「焦るでない、ベネトナシュ」


 どちらも本当の名ではない。

 七席に着く者は己の素性を晒さず、また、他者の素性を暴くなかれ。それが掟だ。


 だが、このふたりはいくつもの掟を破っている。

 たとえば、この密談。

 たとえば、イナミの情報の秘匿。


 ドゥーベと呼ばれた大男は円卓に両肘をつき、厳つい手を組んだ。仮面の奥から紡がれる声はその場の空気に重みが増したと錯覚させるような低音だった。


「池に小石を投じたところで波はすぐに収まり小石も底に沈む。大した影響はない。あの者の行動は我が予測の範疇はんちゅうにあった」


 ベネトナシュは相手から見えない円卓の下で両手を握り合わせる。


「看過するつもりなの? 


 大男の顎がわずかに引く。


 どれほど視線の険しくしているかは、仮面越しにはわからない。ベネトナシュは耐えかねてうつむいた。


 ドゥーベは円卓の端末を起動し、ホログラムディスプレイに表示された文字群で自分の姿を隠した。話は終わりだ、とでもいうように。


 ベネトナシュは宙に浮かぶ鏡文字を解読する。

 大男が見ているのは特務部第九分室の資料のようだった。


 添付されている写真には、無表情な十六歳の少女。


 ドゥーベは深く息を吐き出して、


「ルセリア……イクタス……」


 彼女の名を確かめるように読み上げた。

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