第七十八話「対談」

 宮美みやびが襲撃された翌日。休暇中ではあったが、ぼくはサリーから「大事な話がある」と突然呼び出され、ニューヨーク郊外にそびえ立つ彼女の邸宅……というよりは居城、〈リリカル・マジカル・キャッスル〉へと足を運んだ。ディスティニー・ランドにあるシンデレラ城を彷彿ほうふつとさせるカラフルかつメルヘンチックなゴシック建築の城の五階、軽く四百平米はある豪華な装飾の王室を思わせる部屋で、ぼくとサリーはこれまた豪奢ごうしゃな黄金の円卓に向かいあって紅茶をすすっていた。

「たぶんそれは、白金機関の殺し屋ね」

 サリーは優雅な仕草で紅茶を飲み干し、そう言った。先日のフリフリゴスロリ衣装とは違い、今日は落ち着いた黒のロングドレスにこれまた黒い薔薇ばらの咲き誇る鍔広帽子キャペリンという出で立ちで、あどけない十代の少女という雰囲気は薄れ、良家の貴婦人という感じだった。良家どころか、世界の金融とエネルギーを掌握する富豪一族ブラックメロン家だが。

「なぜ宮美がやつらに狙われているんだ」ぼくはサリーに率直に聞いた。

「なぜって」サリーは一瞬沈黙し、しばらく思考した後にこう返答した。「そっか。パエトンには言ってなかったわね。宮美はね、白金ヒヅルに殺された日本の元総理大臣、鷹条林太郎たかじょうりんたろうの娘なの。殺されたお父さんの無念を晴らすために、白金グループが裏で行っている違法行為の数々を告発しようとして、眼をつけられてしまった。そこで、慈善団体HALOハローの活動を通して知りあった私が宮美をアメリカへ亡命させ、秘書として雇うことにしたの。彼女はとても優秀だし、前々から私のもとで働いてほしいと思っていたから、ちょうどよかったわ。でも、あの女もしつこいわね。宮美のこと未だつけ狙ってるなんて。蛇みたいに執念深い女」

「そうだったのか」

 ぼくが深刻な顔をしていると、サリーは無邪気な天使の如く微笑んだ。

「心配いらないわ。宮美には海兵隊あがりの屈強な護衛をつけておくから。それもふたり。宮美は私の優秀な部下で、何より大切な友達だもの。それはそうと、パエトン、今日はあなたにひとつお願いがあってここに呼んだのよ。せっかくのお休み中に、ごめんなさいね」サリーは苦笑しながら舌を出した。シックなドレスに身を包んでいても、やはり彼女はアイドル・スターのように可愛らしい十代半ばの美少女であった。

「お願い? ぼくにできることなら何でも言ってくれ」

 ぼくはふたつ返事で快諾した。設備の整った専門の医療施設で記憶を取り戻すための高度な治療を毎日受けさせてもらっている身として、何かサリーに恩返しをしたいと、常々思っていたのだ。

「あなたに、私の護衛ボディガードをお願いしたいの」

「もちろん構わないよ。君の行く先、火の中水の中森の中、地の果てまでもついて行こう」

 ぼくが拳を掲げて意気揚々と返答すると、サリーは見た目に不釣りあいな慈母の如き笑みでかぶりを振った。

「ううん。そこまでついて来なくてもいいわ。今日一日、いえ、これから数時間くらい、私のそばにいて守ってくれればそれでいいの」

「そんなのお安い御用だよ。これからどこかへ行くのかい。サリー」

 ぼくがそう訊ねると、サリーの口角が、大きく吊りあがった。


「これからここで、白金ヒヅルと対談するわ」


「何だって」

 サリーの突然の告知に、ぼくは驚きを隠せず立ちあがった。

 直後。計ったようなタイミングで、ごごご、と、重厚な鉄の扉が開かれ……

 現れたのは、先日写真で見たあの白金機関総帥――そしてぼくの姉でもある、白金ヒヅルその人であった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る