第七十五話「聖戦士」
ぼくの名は、パエトン。愛と正義の組織ヘリオスの一員として、自由と民主主義のリーダーたる我らがアメリカに害をなす悪党どもに
「天誅! ぼくの眼の黒いうちは、悪がこの世界で息をすることは許さない!」
今日もぼくの漆黒の愛銃デザートイーグル(十インチバレル)が火を噴き、放たれし正義の十二・七ミリ弾が、アメリカに巣食う売国奴、すなわち白金機関工作員およびその協力者の
「やるじゃねーか、パエトン」
ヘリオスに入ってから何かにつけてぼくに因縁をつけてきたこの男、
「む」
ぼくの十二・七ミリ弾に胸を貫かれ
敵の頭部が、下顎だけを残して木っ端微塵に弾け飛んだ。
『おい、男ども。油断してるんじゃない』
低く鋭い女性の声が、無線機越しに聴こえてきた。地獄谷と長年背中を預けて戦ってきたという相棒、秘密結社ヘリオスの特殊部隊〈ラブアンドピース〉に所属するクローディア・クロウである(金髪碧眼の美人で、一度ぼくの
「上手く味方を装ったな。パエトン。俺たちじゃ、ああはいかなかった」
村正にそう言われ、ぼくはどや顔でうむと頷いた。ぼくの天性の演技を見破れる人間などヘリオスでも滅多にいないだろうが、今回の敵はぼくをまるで旧知の仲であるかのように接してきた。白金機関にぼくとよく似たエージェントがいるのか……そういえば白金機関総帥白金ヒヅルはぼくの姉だとサリーが言っていたから、ぼくが総帥様の御家族であると勘違いしたのかもしれない。
「とりあえず、これでリストの敵は全員始末した。今日はぱーっと、七面鳥でお祝いでもしようや。〈姉御〉の奢りで」
白金機関工作員およびその協力者を殺したのは、これで十七人目。やつらは思った以上にアメリカ政治の中枢部分にまで食いこんでいた。現在のブラックメロン家を頂点とするヘリオスの支配体制に不満を持つ政治家やメディアを次々と買収し、ユダヤ・ロビー、チャイナ・ロビーに続く第三の勢力〈ジャパン・ロビー〉を築きつつある。やつらは現に二〇一六年の大統領選で我らヘリオスの同志であるヒラリー・クラプトンを引きずりおろし、プラトン大統領を誕生させてしまった。このままではいずれアメリカの政治を乗っ取られ、我らヘリオスは日本を奪われたように、アメリカの支配権をも奪われてしまう。そうなれば、やつらは世界征服の野望を実現するためにアメリカの力を利用し、第三次世界大戦を引き起こすであろう! 白金機関の総帥白金ヒヅルは、目的のためには手段を選ばぬ残虐な女だと聞く。世界の平和のためにも、まずはアメリカから白金機関の尖兵どもを追い出し、さらにはやつらの独裁体制と化したごりごりの監視国家日本を正義の武力侵攻によって解放し! ふたたびヘリオスの傘下に治め、自由と民主主義を
ニューヨークのセレブ御用達高級レストランとして有名なセブン・マディソン・パークを貸切り、ぼくたちは任務成功の祝賀会を開いていた。
「今日は私の奢りだ。好きなだけ飲んで食え」
紅くエレガントなドレスに身を包んだ〈姉御〉ことぼくの上司の
現アメリカ
「実はな、姉御」
ワイルドターキー十七年(水割り)をくいと飲み干した村正が、頰をほんのり赤くして隣に座っていたクローディアの肩を掴んだ。
「俺たち、結婚する」
村正の突然の入籍宣言に、普段は機械の如く冷徹なクローディアも顔を紅潮させた。
「ばか。こんなところで」
「んだよ。こういう時だからこそ言うんだろ」
慌てふためくクローディアの唇にそっと口づけする村正。「愛してるぜ」
「おお」ぼくは思わず拍手を送った。
「おめでとう。村正。クローディア。心から祝福する」麗那がまるで我が子の慶事を喜ぶように優しく温かい笑みで言った。
「ありがとよ。姉御。あんたが俺たちを拾ってくれたから、こうしてまたふたりで戦えた。あんたには、感謝してもしきれねえ。へへ」村正は照れ臭そうに笑い、眼を逸らして鼻を掻いた。「なあ、クロちゃん」そしてふたたびクローディアの肩を酔った勢いでばんばんと叩いた。
「その呼び名はやめろと言っているだろう。まったく」クローディアはため息まじりにそうぼやきながらも、照れ臭そうに麗那を横目でちら見した。「まあ、そういうこと。私も、あんたには感謝してる。こういうのガラじゃないし、照れ臭いけど、何か今言っとかなきゃいけないような気がするから、今言っとくよ。ありがとう、〈隊長〉」
「水くさいぞ。お前たち〈三人〉とも、私の子供みたいなものだからな」
三人というと、ぼくもその中に含まれているということだろうか。ぼくの両親はぼくが小さい頃に死んでしまったそうで、ぼくには両親の記憶(どころかほとんどの記憶)がないのだが、こうして麗那に息子のように扱われるのはちょっとこそばゆかった。
しかし同時に、何かがぼくの心に引っかかっていた。
まるでこの中で、ぼくひとりだけが部外者、仲間外れにされている……そんな感じ。
考え過ぎか、と、ぼくはすぐにその違和感を払拭し、村正たちの結婚を祝福した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます