第六十四話「戦後処理」
「ふん。連中め。尻尾を巻いて逃げおったか」
党本部ビルの正面玄関から、
「いい腕だな、白金ヒヅル。ちょっとやそっと鍛えただけの半端者の動きではない。
「
姉さんが眼を細め、意味ありげに微笑んだ。彼女の後頭部の太陽を模した髪飾りが、一瞬妖しく輝いた……ような気がした。
ぼくはすかさず胸ポケットから一本の黒いペンを取り出し、先端を
「なっ……貴様」
ヘリオスを撃退して気が緩んでいたのか、完全に虚を突かれた
『隊長。
無線機から平和の声が聴こえてきた。そう。彼女は別働隊として堀田や〈解放戦線〉とともに、捕らえられた技術者たちの所在を密かに調査していたのだ。
しかし、技術者たちは先ほど全員殺されてしまった。
「平和。堀田。残念ながら、人質はたった今、全員殺された。助けられなかった。ふたりとも速やかに帰還」
『ヒヅル。ヒデル。在韓米軍基地からB2がそっちに一機、向かってる。ドローン防空網が捉えた。気をつけて』
ぼくの声を遮り、無線機からアルマが言った。姉さんを日本から引きずり出して仕留める千載一遇のチャンスを、みすみすオフィーリアが逃すはずはなく、〈我々〉は連中が多少荒っぽい手段、たとえば戦闘機や爆撃機による空爆、ミサイル攻撃なども行ってくるかもしれない、というリスクに備え、衛星による監視はもちろんのこと、予め千体の虫型ドローンを
「ありがとう、アルマ。平和、〈十六式〉はあるか」
『もちろんあるよ。読み通りだな、隊長』平和が朗らかな声で言った。
「頼んだぞ」
日本軍事技術研究本部と白金重工が共同で開発した最新鋭地対空ミサイル、正式名称・十六式携帯地対空誘導弾は、ドローン防空網から送られてきたデータとリンクし、上空一万メートルを飛ぶ航空機をも捕捉する。
平和たち別働隊は、捕らえられた技術者たちの行方を調査しつつ、もしもの空爆時に備え、地対空ミサイルを持って待機していたのである。
『こちら、アルマ。目標の撃墜を確認』数十秒後、アルマから報告が入った。
「オーケイ。よくやった、アルマ、平和」ぼくはしたり顔でそう言った。
オフィーリアのやつ、撤収したと見せかけてぼくたちを爆殺しようと目論んでいたのだろうが、今ごろ失敗に終わったと知って吠え面かいているだろう。
その後、ぼくたちはステルスヘリ〈
「ありがとう。
ぼくは真茶に勝利の美酒ならぬ缶コーヒー、それも甘いと評判の〈シュガーMAXコーヒー〉を放り投げ、礼を述べた。
「何がだ」真茶は眉根を寄せ、独特の黄色い缶に詰められた激甘コーヒーを、一気飲みした。「美味いな」
「人質を取られて身動きとれなくなっていた姉さんを助けるために、動いてくれただろう。君がああしてくれなかったら、ぼくがオフィーリアを襲撃していた。そして今ごろ〈機関の理想に背いた罪〉で処罰されていたかもしれない」
いくら能力があろうと、白金機関の〈完全世界〉の理想を軽んじる者に対し、姉さんは厳しい。〈完全世界〉とはすなわち、殺された白金グループ技術者のような罪なき一般人が安全で豊かに暮らせる世界だ。人質、すなわち守られるべき一般人の命を軽んじる行為は、当然白金機関の理想に反している。もちろん白金機関には誰もが入れるわけではなく、機関の理想を軽んじる者、あるいはヘリオスや他国のスパイは、姉さんという最高の面接官によって振るい落とされるのだが、中には
白金機関の理想に従い、最後まで技術者たちを救おうとリスクを冒した姉さんを無視して、言ってしまえば〈総帥の御意思〉に背いて、ぼくは人質の命を危険に晒し、オフィーリアを殺すべく一か八かの賭けに出ようとした。
たとえ弟のぼくであろうと、機関の理想に背いた者を姉さんは罰するだろう。賞罰を与える際に身内だけ
真茶は無愛想な顔で淡々と言った。
「礼など要らんよ。私は殺し屋。敵を殺すのが仕事だ。私はただ自分の仕事をしただけ。お前たちとは違う」
「なあ。真茶。帰ったら、ふたりで食事にでも行かないか。ぼくが
ぼくの誘いに対し、真茶は無言で背を向け、中指を立てた。
「もう会うこともねえだろ」
それ以上何も言わずに立ち去る真茶を、ぼくはただ黙って見送った。つれないなあ。
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