八
ベッドが固い。体が痛い。
次に眼が
これからぼくはどうなる? 上官を襲った反逆罪で処刑されるのか、それともスパイの濡れ衣を着せられて処刑されるのか。いずれにせよ、悪い予感しかしない。
「よろこべ、面会だ」
鉄格子の外から看守らしき男が、やけに気持ち悪い笑みを浮かべて言った。スパイ容疑のかかっているぼくに、面会?
「えーんどーぅえーんどぉー、会いたかったぞぉー」
やってきたのは、左頬に大きなガーゼを当て、首にコルセットを巻いた谷垣と、数人の帝派らしき生徒たちだった。看守が鉄格子の扉を開けると、彼らは無防備にもこちらへやってきた。隙を見て脱走できないかと一瞬考えたが、扉には帯刀した看守がいて、ここが学園のどの辺にあるのかもよくわからず、無謀だと判断した。
「死の宣告でもしに来たんですか」
ぼくがそう言うと、谷垣は無言でぼくを蹴飛ばした。動作が緩慢なのでよけることも防御することもできたけど、衝撃を殺しつつあえて蹴られたふりをした。下手に抵抗したら何をされるかわかったもんじゃない。谷垣を殴ったときも忍ちゃんがぼくを気絶させてくれなかったら、今ごろ墓の下にしてもおかしくないのだ。
「君はまだ殺さんよ。まだ容疑が確定してはいないのでね。しかし、上官への反逆罪で、今この場で、この学年主任谷垣自らが、貴様を裁く」
よかった。まだ生き延びるチャンスは与えられているらしい。……と安心するのも束の間、すぐに谷垣の(正確には帝の)取り巻き連中によってぼくは
「覚悟するんだな。うひひひひひ」
谷垣の顔がいやらしく歪み、その手には黒い革製の一本
「さあ、いい声で泣くんだぞぅ」
ひゅうんっ、と、鞭の先端が空気を裂く音が聴こえ、次の瞬間ぱあんという激しい音とともに、ぼくの胸から腹にかけての広範囲に焼けるような痛みが走った。子供のころ背中を平手でたたいて赤い手形を残す〈もみじ〉というろくでもない遊びが
「良いご趣味で」
……と、皮肉のひとつでも言ってやりたかったが、もっと事態が悪化しそうだったのでやめておいた。というか、痛さのあまり声も出ない。
ぼくは、何度も何度も、叩かれた。皮膚が裂け、血や細胞液がにじみ出ているにもかかわらず、谷垣はぼくをいたぶり続けた。もう痛みを通りこしてだんだん感覚がおかしくなり、ぼく自身もおかしくなってしまいそうだった。まだ殺さないと谷垣は言ったが、このままだとうっかり殺されてしまうかもしれない。酉野先生を侮辱されたとはいえ、考えもなく短絡的に反撃してしまったことをぼくは悔いた。勝てる見込みのない戦をしてはならないのだ。
「や、やめ」
ぼくは涙眼で
「ふん。ようやく自分の身の程を思い知ったかね。やめてほしければ、下層の下僕らしく、きちんと
空気を読んだ取り巻きの生徒がぼくを解放した。もはや立つ余力すら残ってないぼくは膝からくずれ落ち、非人間的かつ屈辱的な四つんばいの姿勢になった。
「や、やめて、くだひゃい」
もうまともにしゃべることすらできなかったが、とにかくぼくは哀願した。
「聞こえんぞオ。口がきけんのなら、態度で示さんかっ。ほら、わしの靴を
どん、と、ぼくの眼の前に谷垣の高そうな黒塗りのローファーが置かれた。
相手が麗那先輩だったらご褒美だったかもしれないが、あいにく現実は非情で、眼の前にいるのは権力の上に
意識が
「見たまえよ君たち。本当に舐めおったぞ、この小僧。ふひ、ひひひひひ」
谷垣が
それで満足したのか、谷垣は勝ち誇ったように高笑いを続けながら、傷だらけのぼくを放置して帰っていった。全身がひりひり痛すぎて頭がヘンになりそうだった。江口先生、助けてください。
それから何時間かすると、谷垣にやられた傷がだんだんと
早く外に出たい。このままぼくは殺されるのだろうか。
こんなことなら素直に乾さんの誘いに乗って赤鳳隊に入隊しておくんだった、と、ぼくは後悔していた。この白虎学園では、ぼくら〈下層〉の人間に人権などないのだ。ここを卒業して政府軍の軍人になったところで、同じような差別が待っているだけじゃないのか。酉野先生のように生徒想いの、人の上に立つにふさわしい器を持った〈本物〉が、谷垣のような変態SM教師に
「円藤くん、大丈夫?」
ぼくが危険思想に明け暮れていると、ふと天使の声が割りこんできた。
振り向くと、江口先生が鉄柵の向うで心配そうにぼくを見つめていた。後ろには看守もいた。
「先生」
救いの女神の来訪に、思わず涙がこぼれた。
看守は〈檻〉の扉を開け、江口先生を中に入れると、ふたたび扉を閉め、「妙な真似をしたら殺すからな」と言って鋭い眼でぼくを睨みつけ、懐に抱えたミセス・ドーナッツ(通称ミセド)の紙袋の中からドーナッツを取り出して食べはじめた。
「ひどいことをするわね」
江口先生はぼくの体中にできた
「ちょっと
江口先生が消毒液を染みこませたガーゼを当てると、激痛のあまりぼくは絶叫し、のたうち回った。
「あっ。ちょっと、動かないで」
江口先生はぼくを押さえこもうとしたが、女の細腕ではどうにもならなかった。いくら彼女が軍にいたとはいっても退役してから何年も経っているだろうし、こっちも学生とはいえ日々の訓練で鍛えあげられている。男女の体格差や筋力の差は歴然だ。麗那先輩が異常なのである。
「ちょっと、看守さん。ドーナッツ食べてないで、こっち来て手伝って」
江口先生が叫ぶと、
「こら。ぎゃーぎゃー騒ぐな。男のくせに」
傷に消毒液をつけられてわめき散らしていたぼくの口を、看守のごつい手が
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