第10話 靴屋

 靴屋にたどり着いたわたしは、足のサイズを測られ、いろんなタイプの靴を用意された。


「服なら、いくらでもあげられるんだけど、靴はサイズがあわなくってね。いゃあ、まいった、まいった」


 美和子が照れたように笑う。


 こんなにあどけないのに、美和子がシャシの協力者かもしれないなんて、考えたくもない。


 だが、肝に命じておかなければ。閻魔大王が人間にだまされた、となれば、いい笑い草だ。そもそも、人間界に来ていること事態を悟られてはいけない。


 ……うん?


 なぜ、シャシは、わたしが人間界に来ていることを知っているんだ?


 これは、キータの裏切りか? まさかな。


 やはり、昨日のうちに、シャシに見破られていたとの線が濃厚だろう。


 だが、しかし、それでも。


 わたしが、だまされていたなんて。


 シャシのあまやかな香り、まろやかな雰囲気は、わたしをだますには充分だったということか。


「どうしたの? トーコ様、おっかない顔して」


 にへらと、美和子が笑う。それすら、偽物だとしたら、わたしはなにを信じればいい。


 ちがう。


 わたしは、自分を信じなければならないんだ。わたしとして、閻魔大王として。


「なんでもない。この靴が、歩きやすそうだ」

「そうね、それだと、営業っぽくて嫌みがないかな。これ、ください」


 財布を出す手を、美和子にさえぎられる。


「出世払いぐらい、させてよ、ね」


 かわいくウィンクされると、好きなようにさせたくなる。


 わたしは視線を足元に落とし、新しい靴を見た。ローヒールの紺色の靴は、あまり飾り気がなく、オリジナルの橋本塔子にもよく似合っているような気がした。


 その靴を履いて帰ることになり、店主にタグをはずしてもらう。


「せっかくなら、営業回りする前に、靴屋に来るべきだったわね。あたしとしたことがっ」

「わたしも、靴までは気が回らなかったし、それに……」


 橋本塔子は、黒のスニーカーを大事そうに毎日磨いていたから、ちりひとつついていなかった。


 ……さて、佐々木悠斗と、どう連絡を取ろう?


 帰りのタクシーの中で、コンビニ弁当を抱えながら考えていると、美和子のスマートフォンがブルブルと振動した。


「はい、岸本です。……え? 悠斗? どうしたの? 急に」


 佐々木悠斗か。美和子とは、あまり連絡を取っている様子がなかったが、どうかしたのだろうか?


「え? うん、いるけど……。本気? ……わかった、じゃあ、後でね」


 電話を切ると、美和子はうつむいてしまう。


 なにを言われたのだろう?


 昨日の女ともめたとか、そういったことだろうか?


「あのね、トーコ様」


 美和子にしては、低いトーンで繰り出される言葉に驚き、ピーコがわたしの肩で羽ばたく。


「どうしたんだ?」


 美和子は、ぎゅっと唇を噛んで、それから潤んだ目を向けてきた。


「悠斗が、トーコ様に会ってみたいって」

「っ!?」


 それは、願ってもいない申し出だった。


 だがきっと、彼の言う会いたいは、別の意味を持つのだろうが……。


「あたし、いいよって、答えちゃったの。いい、かな?」


 どういうことかは話さなかったが、そういうことなのだろう。


 わたしなら、あんな優男にくみしかれたりはしない。投げ飛ばして、根性を叩き直してやりたいところだが、一応彼もモデルの先輩、顔に傷をつけたりしたら、お灸をすえられてしまいそうだ。


「……わたしは、かまわない」


 わたしの答えに、美和子が肩を震わせる。


 やはり、美和子は、佐々木悠斗が好きなのだ。


 だが、昨日、別の女を連れていた時には、なんでもない風だったのに、なぜ?


「バカみたいでしょ? 自分でスカウトした男の子好きになっちゃうなんて。でもね、彼、あたしにとって、特別なの」


 それは、こぼれ落ちた涙を見ればわかる。


「いつも、別の女の子を連れてるんだ、悠斗は」


 今日、何度目かの涙を流しながら、美和子はポツリと話始めた。


「別にいいの。彼、本気にならないから。だけど、きっと、トーコ様には本気になっちゃう気がしてる」


 それは、佐々木悠斗の半分の魂が共鳴しているせいかもしれない、なんて言えるわけがない。


「ごめんね、あたし、トーコ様に嫉妬しちゃった」

「……それくらい、しかたないさ」

「本当にっ!? だってあたし、トーコ様のマネージャーなんだよっ。しかも昨日、今なら悠斗と会えるかも、なんて自分からちらつかせておいて」

「彼が、本気かどうかはわからないだろう?」

「わかるよっ!」


 タクシーの中で、美和子はわたしにつかみかからんばかりに身を乗り出した。


「だって、似てるもん。トーコ様を見た時に、悠斗のことを思い出したもん。だから、本気になるよ、きっと。ううん、絶対」


 そう言われても、なんとも返事のしようがない。


 わたしは、今の佐々木悠斗に真実を伝えようとは思うが、彼とどうこうなりたいとは思っていない。


 そのことを説明できないもどかしさに、思いを巡らす。


「別にかまわないのよ。ううん、むしろ、二人、お似合いだもの。だから、ね」


 美和子は鼻をすすった。


「あたしのこと、忘れちゃうくらい、めちゃくちゃたのしんできて。それで、しあわせになっちゃって。悠斗のこと、傷つけないでねっ!」


 いろんなたのみをいっぺんに言われて、どれから返事をしたらいいのかわからないまま、タクシーはマンションに到着する。


「途中まで、送るから」


 そう言った美和子の目は赤い。今日充血していたわたしよりも、赤い。


 一緒にエレベーターに乗るが、気まずいままで、言葉が出てこない。


 エレベーターが最上階に到着すると、美和子はポツリとつぶやいた。


「メギツネみたい」

「え?」

「だってあなた、おじちゃんのことも誘惑したじゃない。それに悠斗までっ。あなたは、メギツネだわっ!」


 激しい口調に、息を飲んだ。そんな風に見られていたなんて、気づかなかった。


「行って」


 美和子はわたしの背を押して、佐々木悠斗の部屋の前まで連れて行く。こんなに強引な美和子は初めてだ。


 やけになった美和子は、インターフォンを押す。


 ドアが開き、ラフな姿の佐々木悠斗が現れた。


「おどどけものでぇーす! ……じゃっ!」


 美和子にドアの内側に押し込められて、ドアは閉じた。


「……修羅場?」


 だれのせいだ。それに、第一声がそれかっ!?


 わたしが怒りをあらわにしていると、肩にとまるピーコに目がいった。


「鳥、好きなの?」


 二言目がそれかっ!?


 まったく、ユートとは、くらべものにならないっ。


「……キスの方がいい?」

「やめろっ!」


 わたしは、佐々木悠斗を大袈裟なくらいに拒んだ。


「……いいよ。そういうのが好きなら、それで」

「わたしは、おまえと話をしにきた!」


 佐々木悠斗は、あからさまにがっかりして見せた。


「なんだ。おれのファンなんじゃん。昨日のクールな態度見たから、てっきりおれのこと知らないんだと思ってた」


 佐々木悠斗のこびたような声が耳にまとわりつく。


 気持ち悪い。


 それでも、さそってくる。


「わたしは、おまえを知っている。だが、それは、おまえの前世のことだ」

「前世からの知り合いだって? きみ、案外ロマンチストなんだ?」

「触るなっ!」

「じゃあ、なにしに来たっ!? おれに抱かれるためだろうっ!?」

「うぬぼれるなっ!」


 わたしの気迫に押されつつ、それでもあきらめていない佐々木悠斗を、両手で突っぱねた。


「いい目だ」


 だが、人間の腕力では、男の力に負けてしまう。


 佐々木悠斗は、わたしの唇に指で触れた。


 つづく





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