第4話 事務所

 事務所に到着すると、社員に一斉に見つめられた。


 なにごと!?


 あわてるわたしの手を、美和子が得意気につなぐ。


「SNSの効果、もうあるみたいね。あの美人が、こんなに完璧な朝食を作れるなんてって、噂になってるわ」


 ほほほと笑う美和子は、わたしにインスタグラムとやらの画面を見せつけてきた。


「まぁ、最初のコメントはあたしのやらせなんだけどね。でも、昨日の今日でここまで話題になるって、めったにないもの」

「美和子や」


 美和子は、祖父であり、社長に呼びかけられて、得意満面だ。


「はい、社長! なんでしょうか!?」

「やらせはいかんな」

「……ごめんなさい」


 ふくらんだ空気が一気に破裂して、美和子は落ち込んだ。


「もう一度紹介してくれたまえよ。今年の、我が希望の星を」


 だが、社長の一言で、美和子は目を輝かせる。昨日まで、鼻にかけなかった社員達が、今は好奇の目であふれている。


「昨日、あたしが見つけた、橋本塔子さん、通称トーコ様です! 彼女の生い立ちは、いろいろあって複雑なので、悠斗とおなじように扱ってください」

「ちょっと待ってくださいよ」


 カエル顔の男は、美和子につかみかからんばかりに言いつのる。


「トーコ様だかだれだか知らないが、どこの馬の骨とも知らないたまたま偶然見つけた美女を、うちの稼ぎ頭でもある悠斗と同等に扱ってくれとは、言いすぎじゃないですかっ」


 ああ、これが、社長の孫である美和子のしがらみか。


「でも、だって本当に――」

「見苦しいわよ、みなさん」


 地味な事務所に突然花が降りてきたかと思った。


 芦澤繭子。マユリンの登場だ。彼女の前世はなんだろう。浄波璃のコンタクトレンズがないことがくやしいが、普段からピンクのフリルをあしらった衣装を着ているとは、おそれいった。しかも、それがよく似合っている。


「はじめまして、トーコ様。わたしはマユリン。芦澤繭子よ。年は……、おなじくらいかしら?」

「はい、二十一才です」

「そう。わたしは永遠に十四才だけど、まぁいいわ。あなた、神秘的な目をしてる」


 うっとりするほど幼く見える繭子の剣幕に、一同が飲まれていくのがわかる。


 彼女はわざと、自分に注意を惹き付けて、それでいてわたしをもちあげようとしている、のか?


「たしかに美しいわ。だけど、負けないからっ! そのために、ハンデをあげる」


 繭子がわたしを指さす。


「生い立ちのせいで売れなかったらくやしいから、あなたも悠斗とおなじ、神秘的な過去、つまり、悠斗とおなじように扱ってあげるわ。いいでしょ? 社長。わたし、フェアに戦いたいの」


 一瞬、けわしい表情をしてからの、とろけるような幼顔に、社長もカエル顔の男も鼻の下を伸ばす。


「繭子がそう言うんだから、それでよい、だろう? みんな!」


 社長が言うと、社員はあっけなく手のひらを返して、賛同する。


 いかに、繭子の地位が高いか、これで見せつけられた格好になる。


「そういうわけだから、わたしのインスタにも載ってちょうだい!」


 言うが早いか、繭子は営業用の笑顔でわたしの肩にピースサインを乗せて、スマートフォンをマネージャーに投げ渡した。


「キレイに撮ってちょうだい。一回しか撮らせないから」


 プロ意識がそうさせるのか、わたしに対する敵意なのか、繭子は一瞬、きつい目をした。


「はい、ちゅーす!」


 ちゅーす? チーズのまちがいか、と思っていたところを写真で撮られた。繭子はすぐにポーズを解いて、その写真を確認する。


「あなた、おもしろいわね」


 うふふっと、繭子が笑う。彼女も、美和子同様、表情がコロコロ変わる。


「動揺しても、表情に出ないなんて。おもしろい」


 はたして、そのおもしろい、はほめているのか、皮肉なのか、まったく見当がつかない。


 が、とにかく、繭子の記憶には残ったようだ。


「それじゃあ、これからよろしくね、トーコ様」


 この言い様は皮肉でまちがいないだろう。


「よろしくおねがいします、繭子お姉様」


 たしか、こんな風に言えば……。


 ふいに場の空気が固まる。失敗したか?


 だが、繭子は耳まで赤くなっている。


「な、な、なんてこと言うのよっ!? わたしは、永遠に妹キャラであって、お姉様なんかじゃないんだからねっ」


 じゃあ、どの方向が正しいんだろう? 首をかしげていたら、美和子に背中を叩かれた。


「おっほほ。繭子様、すみません、まだこの子、口の聞き方がなってないものですから」

「そ、そうよっ。わけありだか、なんだかしらないけど、ちゃんと指導しなさいよね」


 すごい。美和子によって、固まった空気がなごんでゆく。


「じゃあ、あたし、仕事に行くから。あんたも、早く追いつきなさいよ、トーコ様」


 ……なにしに来たんだろうか、この人。と思うほどあっさりと事務所を後にした繭子をぼんやりと見送っていたら、美和子に肩を叩かれた。


「さあ、あたし達も行きましょう」


 いそがしくなるわよっ、とはりきる美和子には悪いが、せっかく繭子に会えたのに、前世がわからなかったのは、もったいない気がした。


 転生。そこまでは、閻魔大王にもわからない。ひょっとしたら、女性として生まれ変わっている可能性もある。


 わたしがわかっていることは、父上もユートも、人間として転生している、ということだけ。


 早く見つけなければ。


 肉体だけを魔界に置き去りにするのも、心もとない。キータがいてくれるが、それでも、もしもの場合もある。


 もし、わたしが人間に魂だけを転生していることがバレたら、まちがいなく暗殺されてしまうだろう。


 また、人間界にいても、魔界の連中はいる。わたしが閻魔大王だとわかったら、なにをされるかわからない。


 わたしはともかく、美和子に危険が及ばないともかぎらない。


 時間はない。


 探さなくては。


 父上と、ユートを。


 大切な二人を。


「大丈夫よ、トーコ様。きっと、なんとかなるって!」


 美和子の声に背中を押されて、わたしは前を向く。


 進むしかない。


 もう、歩き出してしまったのだから……。


 つづく








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