第7話 タクシー

 タクシーが走り始めると、美和子にすりよられた。


「すっごい、心配したんだからぁ!」

「悪かった。ひとりで行くべきではなかったと、後悔している」

「本当だよぉ。でも、トーコ様、強いんだね!?」


 美和子の言葉に息を飲む。なんて答えればいい? 普段から、不足の事態に備えて稽古をしている、なんて言えるわけがない。


「……護身術として、本で読んだことがあって、そのおかげだ」


 不自然だ、どう考えても不自然でしかないっ。しかし、わたしの腕に腕をからませたまま、美和子はうっとりと見上げてくる。


「そうだよねぇ、苦労したんだもんねぇ。その護身術、いつかあたしも習おうかな?」


 えいやー! と、細い腕を突き出す美和子がかわいくて、おもわず微笑んでしまう。


「そんな顔もするんだ。いいねっ!」


 わたしから美和子を見れば、美和子の方が百面相みたいだ。笑っていたと思えば、しかめっ面になったり、またからからと笑って見せる。


「護身術は、習っておいて損はない」

「そうだよね。じゃあ、トーコ様も一緒に習おう!? ストーカーにつきまとわれたりしたら大変だし。さっきの男みたいなのが五万といるわよ」

「そういう世界に勧誘したんだ?」


 少し意地悪く言うと、美和子はあわあわと口元に手をあてがう。


「そ、そんなつもりはなかったんだけど。でも、しつこいのは、どこにでもいるでしょう?」

「そうだな」


 そんなのは、魔界にもたくさんいた。次期閻魔大王として選ばれたわたしと結婚すれば、いい思いができるとでも思ったのか、くだらない男はどこにでもいる。


「佐々木悠斗は、そんな男じゃないから安心して!」

「その、佐々木悠斗って、どんなヤツだ?」

 彼がユートなら、探す手間が省ける。


「悠斗は二十四才。あとは、さっき説明したとおりだよ。それより、変なこと言ってなかった? 地獄に落ちるとか、転生がどうとか?」

「あ、あれは……」


 聞かれてた。まずい、どうごまかそう!?


「ラノベでそんなこと書いてあって。なんか、迫力があったから、言ってみた」


 人間界のラノベをコレクションしているキータに感謝するぞ。しかし、ごまかせるか!?


「意外、トーコ様って、ラノベ読むんだ?」

「あ、ああ、うん。少し、な」

「じゃ、そのしゃべり方もラノベの影響?」


 一難去って、また一難!?


「ま、まぁ、そう、かな?」


 今は、そういうことにしておいた方がいいだろう。


「やっぱり! あたしも、ラノベ好きなんだぁ。今度貸してあげるねっ!」

「ああ、うん」


 く、苦しいっ。苦しい言い訳だった。


 タクシーは、高級マンションの前に到着した。さっき見かけた引っ越し業者のトラックが停まっている。


 美和子は料金を支払うと、慣れた足取りでマンションの仕組みを教えてくれた。


「まぁ、当分一緒の行動になるんだしぃ、合鍵はまた今度でいいかな?」

「うん、それで……」


 わたしはピーコを見た。


「ペット可だから安心して。」

「よかった」


 ……全然よくなかった。マンションの最上階じゃないか。家賃折半でも払いきれないぞ。


「おびえない、おびえない。あなたはこれから、新しい時代を切り開いてゆく人よ。こんなところで戸惑って、ひっかかってる器じゃないの」


 美和子の声は、不思議な響きを伴っていた。それは、かつてわたしが、母上に言われたことと似ていた。


『おまえは将来、閻魔大王になるんだよ。だから、どんな時も、威厳を忘れてはならない。いいね』


 そう言われた時、誇らしさと同時に、さみしさを感じた。おそらくそれは、母上とはそう長く暮らせないのだということを案じていたのかもしれない。


 そして、それからしばらくして、わたしは閻魔大王としての教育を受けるために、両親と離された。


「うん、家賃、払えるようにがんばるよ」

「そりゃ、心強いや」


 はははっと笑う美和子の視線の先に、先ほど雑誌で見たのとおなじ顔が映った。


「あー! 悠斗! 超大型新人発掘してきたよぉー!」


 美和子は、男に声をかけたが、男は小柄で華奢な女をエスコートしていた。


「……じゃ、またねん」


 声をかけたことを恥じるように、美和子はわたしの手をつかみ、ドアの内側に押し込んだ。


「これで荷物全部ですっ!」


 そこに、引っ越し業者が声をかけてくる。


 橋本塔子の全財産は、小さな段ボール三つ分しかなかった。布団などは、処分されてしまった。


「ああ、これだけか。おっけー。ありがとうございましたぁ!」


 美和子が手続きしている間に、あてがわれた部屋を見に行く。


 そこは、衣装部屋だった。


「ああ、すぐ片付けるから」

「美和子」

「っ!? なに?」

「なんで、泣いているんだ?」


 細すぎる彼女の腕は、小刻みに震えている。佐々木悠斗が女連れだったのが、そこまでショックだったのだろうか?、


「ち、ちがうのっ。これは……」

「男なんて、みんなあんなものだろう?」


 えっ? と、美和子が声をあげる。


「ああ、ちがあ、ちがう。彼は関係ないから」

「じゃあ?」

「あなたの荷物のことよ、トーコ様」


 美和子は鼻をすすった。完璧な顔が、戸惑いの色を浮かべている。


「あたしには、ひと部屋が衣装部屋にするほどモノにあふれているのに、あなたにはたった段ボール三つ分しかないんだなって、思ったら、悲しくなっちゃって……。ごめんなさい。個人的なことよね」

「美和子」


 いとおしい。橋本塔子のために、泣いてくれた美和子を、抱きしめた。


「わっ、トーコ様!?」

「ありがとう。これから、モノがあふれることになったら、ごめん」

「そ、そんなの、あたりまえだよ。あなたは、世界を変える力があるんだよ」

「うん、わかってる」


 やらなければならない。その決意にみちあふれていたわたしは、佐々木悠斗の前世なんて、目にもかけていなかった。なぜなら、彼の前世は――。


 つづく








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