第4話 キシダプロ1

 美和子は、分厚い女性雑誌を開く。付録のトートバッグは、わたしにくれるらしい。ありがたい。


「そして、これが、さっきの芦澤繭子。マユリンよ」


 へぇ。ロリ可愛いというだけあって、ゴスロリ服を華麗に着こなしている。年齢は感じさせない。


 わたしの肩で、ピーコがうれしそうに鳴く。ピーコはこういうのが趣味だったのか。


「そうなのよぉ。それでいて、演技の幅は広くてね。女優としても、活動してるのよ。ねぇ、トーコ様、あなたもいつか、女優になる。あたしには、見えるの」

「だから、目立つのは嫌なんだ。電話を貸してくれ」

「はいはい、どーぞ」


 わたしは、差し出されたスマートフォンを前に固まる。これは、どうやって操作すればいいんだ?


「なになに? わからないの? 可愛い、トーコ様。電話番号教えて、かけてあげるわ」

「ああ、えっと……」


 番号は、橋本塔子が暗記していた。彼女の記憶データは膨大で、だけど、なにかが足りていない。


「……もしもし、橋本塔子です」


 わたしが電話をしていると、美和子は、たのしそうに雑誌をめくっている。


「あの、今日のバイトなのですが――」

「やめちゃってもいいですか? バイト!」

「美和子っ!?」


 美和子は、いつの間にかわたしからスマートフォンを奪い取って、のんきにそう言っていた。


「待ってくれ!」

「彼女、とても美しいのに、粗末な服を着てるんです。そんなのって、フェアじゃない。だから、これからはあたしが面倒見ることに決めたんです。今まで働いていた分のお給料は、キシダプロに振り込んじゃってください。じゃ!」


 ピッと電子音が響いて、電話が終わってしまったことを理解する。この女、ぼんやりしてそうに見えても、やる時はやるな。


「勝手に言ってごめんね。でも、あなたがもし、ふさわしい服を着てくれるのなら、モデルが一番手っ取り早い。あなたに着てもらいたい服は、いくらでもあるんだもの」

「だが、金がかかる」

「そんなに養護施設が心配なら、施設ごと買い取って、設備を見直すっていうのも手じゃない?」


 橋本塔子の魂とふれあった時のことがよみがえる。あんなに純粋に、赤の他人の子供達の心配ができる人間なんて、見たことがない。彼女のしあわせは、施設の子供達が、腹一杯食べることだと言った。それ以上なにものぞまないとも。自分の腹が満たされるより、子供達の腹が満たされることをのぞんだ。


「施設を買い取るには、どうすればいい?」


 あの施設長は、自分の利益ばかり重んじて、橋本塔子からの寄付金を、すべて自分の孫娘のこづかいにしてしまっていた。もし、橋本塔子かそれに気づいたら……、いや、それでも、やはり、彼女は寄付をやめなかっただろう。


「簡単よ、芸能界でのしあがればいいの。そうすれば、新しい養護施設だって作れるわ」

「そのためには、わたしがモデルにならなければいけないと?」

「そう!」


 わかってきたじゃない、と美和子はわたしの腕を組み、歩き出す。そして、おもむろにタクシーを呼び止めた。


「あなたの夢、キシダプロに預けてみない? それが、キシダプロのキャッチフレーズよ」

「一か八かだな」

「そうね」


 タクシーに乗り込みながら、美和子が微笑む。


「でも、あなたとなら、それができそうなんだもの。ねぇ、トーコ様!」

「だから、そう呼ぶなって」

「いやん! トーコ様ったら、かっこいいっ!!」

「あのぉー、どこまで行くんですか?」


 どうやら美和子は、行き先を告げなかったようだ。


「キシダプロまでお願い。住所は――」


 一通り説明を終えると、美和子は、無邪気にわたしの腕にからまる。


「あなた、本当に細いわね。モデルって言っても、あんまりやせすぎだと困るから……、うん、食事の管理もあたしにまかせて!」

「ええっ!? そこまでしなくてもいい」

「遠慮は無用よ! だってあなた、味音痴なんでしょ?」


 先程ピーコと話していた会話は、全部聞かれていたらしい。それなら、まかせることにしよう。


「他には、なにかない!? あたし、全面的にバックアップしてあげるわ」


 そう言った美和子が本当にうれしそうで。わたしは、彼女の中に、一人の女を思い描いた。


 魔界で、時期閻魔大王として育てられたわたしは、友達もなく、孤独な日々を送っていた。


 およそ五年ほど前、クーデターの疑いをかけられた父親を牢獄に入れられた娘と、知り合いになった。名前はシャシという。ちょうど美和子のようになつっこくて、父親のこともあるのに、わたしの友達になってくれた。


 わたしは、シャシにはなんでも話した。書生のユートのこと、彼との関係のことまで。


 今にして思えば、なぜそこまで話してしまったのか、理解できない。いくらなつっこいからと言っても、父親を牢獄送りにした閻魔大王の娘であるわたしを、恨まないわけがなかった。


 それなのに……。


 シャシには不思議な魅力があった。すべての者をとりこにする、なにかが……。


「トーコ様ってば!」


 わたしは、美和子に体を揺さぶられていた。


「ああ、なんだい?」

「なんだいってないでしょー!? 引っ越しは早い方がいいから、業者と連絡してもいいって聞いてるのにぃ 」


 プンと、頬を膨らませるしぐさが可愛い。


「ああ、たのむ」


 こうなったら、美和子に身を任せるしかない。わたしは、橋本塔子が暮らした新聞屋の二階から別れを告げることに決めた。


 すべては、養護施設の子供達のため――。それが、橋本塔子のモチベーションになっていた。子供達が、腹一杯ご飯を食べられるようにと、バイトをかけ持ちして、過酷な節約生活にはげんだ。


 美和子に指摘されるまでもなく、橋本塔子の服装はひどい。とても、年頃の女の子が着る服装ではなかった。


「ついたわ。おつり、いいですから」


 美和子はにっこりと微笑んで、一万円札を運転手に渡した。


「ええっ!?」


 あまりの羽振りのよさに驚いて声をあげてしまったほどだ。


「さぁ、降りて降りて!」


 わたし達は、タクシーから降りると、目の前のビルを眺めた。芸能プロダクションと聞いていたが、案外古くて、年期の入ったビルだった。


「じゃ、四階まで歩くわよ!」

「エレベーターとかはないのか?」


 人間界にきたら、まずはエレベーターとエスカレーターに乗りたかったから、そう聞いたら、美和子は、チッチッチッと舌を鳴らして、人差し指をふった。


「芸能界は甘くないの。エレベーターなんて、どこでも乗れるけど、ここでは階段が普通よ。そんな体力ないかしら?」


 美和子に試されているような気がして、わたしはついムキになる。


「これぐらい。毎日の新聞配達で鍛えてるから平気だ」


 ただし、中古のスクーターで配達していたから、あまり意味はないのだが……。


 ああ、あのスクーター、橋本塔子が倒れた時に、そのままにしてきてしまったけれど、だれか届けてくれるだろうか?


「さぁ、気合い入れてのぼるわよっ! この階段はいわば、芸能界への扉! そう思えば、楽なものでしょう!?」


 にっこりと笑う美和子に逆ら気力は、彼女の笑顔の前ではしぼんでしまった。


 つづく






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます