第2話 頭痛がします

 ワタシは、二十一才になりました。高校卒業後、住み込みで新聞配達のアルバイトをしています。

 

 その日の夜は、なかなか寝つけずにいました。いつもの偏頭痛がとてもひどかったからです。


 吐き気を感じて、初めて、鎮痛剤を飲むことにしました。本当は二錠で一回分なのですが、ワタシは一錠だけ飲んで横になり、様子を見ることにしました。


 あと二時間で頭痛が治まらないと、新聞配達のアルバイトが始まってしまいます。


「困りましたね」


 ワタシは、心底困り果てて、ひとり言を言ってしまいました。


 ここは、ワタシが働かせてもらっている、新聞屋さんの二階です。部屋は全部で六部屋あって、ワタシは真ん中の部屋でした。


 なんとか眠りにつこうと、枕に頭を押しつけます。


 こんな時に見るのは、大抵おなじ夢です。


 そこがどこだかはわからないのですが、異界だと思います。仰々しい衣装を着たワタシの父親と思われる人が、血を流し、たおれています。


「……クーデターだ! ユート、トーコをたのむ」


 そう言うと、ワタシの父は、息をひきとってしまいます。


 次に狙われるのはワタシです。


 ですが、顔の見えない男の人が、ワタシをかばって、血まみれになっています。


「ごめんね」


 男の人は、ワタシにあやまります。


「これからがたいへんなのに、そばにいてあげられなくて、ごめん……」


 そう言うと、彼は息をひきとってしまいました。


 ワタシはうなされながら、いつもそこで目が覚めるのです。


 目が覚めると、ワタシはなぜか、とてもせつない気持ちに襲われます。トーコと呼ばれていたから、それはワタシのことなのかもしれません。でも、確証はないのです。


 ワタシは、顔のぼやけたワタシを助けてくれた、ユートさんについて思いをはせますが、なにひとつ、わかることはありません。


 だって、夢なんですから。


 最後はいつも、そこに落ちつきます。


 だれだって、眠れば夢を見るものです。


 学識のある人であれば、その夢の意味を知ることもできたでしょう。ですが、凡人のワタシからすれば、あんなのは、ただの夢なのです。


 夢の中でトーコと呼ばれた人は、たしかに少し、ワタシに似ていたかもしれません。ですが、よくよく考えてみれば、夢の中のトーコさんは、とても美しい人でしたし、着ている物も、異国の物のようでしたし、なによりとても立派でした。


 きっと、どこかで見たお芝居かなにかなのでしょう。


 そうでなければ、おかしい人になってしまいます。


 ワタシは、ただでさえ変わり者だと言われているのに、これ以上変な人だと思われたくはありません。


 鎮痛剤が、効いてきたようです。


 ワタシは、しばらく考えることをやめて、眠ることにしました。


 ◆◆◆


「ごめんね。これからがたいへんなのに。助けてあげられなくて」


 ……また、あの夢のようです。


 男の人の顔は、はっきりとはせず、絵の具でぐちゃぐちゃにかきまぜたように輪郭さえ、はっきりしていません。


 トーコさんは、声にならない声でなにかを叫んでいます。それはとても、悲痛な叫びです。


 二人はきっと、恋人同士なのでしょう。


 ああ、それなのに、二人は引き裂かれてしまいます。


 トーコさんから視線をぐるりと回すと、反対側にシースルーの着物のような物を着ている、とてもとても美しい女性が立っていました。その魅惑的な唇は、意地悪く微笑んでいます。


 きっと、このクーデターをしかけたのは彼女にちがいありません。


 ですが、トーコさんは、彼女の存在に気づかず、ユートさんの消え行く存在ばかりに、集中しています。


 今、彼女を逃してはいけない、直感的にワタシはそう思いますが、トーコさんに伝える手段はありません。


 ……でも、これは夢のはずです。こんなに冷や汗をかいて、彼女を捕らえることに必死になることに意味なんてあるのでしょうか?


 ワタシは、深く、息を吸います。


 ああ、頭がとても痛い……。


 ◆◆◆


 目覚まし時計の音で目が覚めましたが、やはり、頭痛は完全には治ってくれませんでした。


 でも、気にしません。


 ……なにか、たいせつな夢を見ていなかったかしら?


 ワタシは、自分に問いかけて、口元だけでクスリと笑います。


 あれは、ただの夢です。意味なんてあるわけありません。


 思い頭を持ち上げて、ワタシは起き出しました。新聞配達のしたくをしなければなりません。


 ワタシは、鎮痛剤をもう一錠飲んで、着替えて顔を洗いました。


 いつもより手ごわい頭痛をのぞけば、いつも通りです。


 さぁ、一階に降りて、新聞配達のしたくをしなくては――。


 つづく





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