第124話 大成、ギブスを外した美留和先輩と話をする

 そういう訳だから、今日は出来るだけ頑張って普段通りに振舞い、ボロを出さないよう(?)慎重に行動した。今日は特別時間割で午前中に5時間目まで授業を行い、それから昼休みになったけど、午前の授業も、昼休みも普段通り振舞った(つもりだけど)し、午後の生徒総会も俺は普段通り振舞った(つもりだけど)。でも、本当は恵比島えびしま先輩が無難に生徒総会の議事を運営してくれたから、俺も青葉あおばも殆ど脇役だった。

 ただ、全ての議案が無事承認された後に、恵比島先輩が突然立ち上がった。そのまま雛壇にスタスタと歩いていって

「・・・実はこの生徒総会が始まる直前に『理事会の決定事項だ』と言われて、メモが入った封筒を校長先生から預かってきた。おれはこの封筒の中身を見てないし、当然だが生徒会メンバーはこの封筒があるという事すら知らない」

 そう言って、恵比島先輩はブレザーの内ポケットから封筒を取り出し、そこに書かれていた物を読み上げた。

「えーと・・・それでは読み上げます・・・1つ、女子の制服規定に関する校則を一部変更し、冬服はスカート又はスラックスとする。1つ、この規定は今年の10月1日から適用する。1つ、女子用スラックスは来週月曜日の昼休みに職員室前の廊下に展示する、以上!まあ、ぶっちゃけて言えば女子の夏服は今までと変わらないけど、今年の10月からは冬服に関してはスカートとスラックスのどちらか好きな方を着用すればいいようになるという事だ」

 恵比島先輩はいつものように表情を変えず淡々と読み上げたけど、生徒会メンバーどころか生徒全員がその内容に驚いた。一番驚いたのは広内金ひろうちがね先輩だった。

 その『女子用スラックス』は月曜日の昼休みに正式に披露されるのだが、広内金先輩は早くも超がつく程ハイテンションで「よっしゃあ!」と叫んでたし、青葉や美利河ぴりかさんを始めとした女子も「早く見てみたーい」「可愛いデザインなら大歓迎!」「スカートだと冷えて困ってたから助かるわ」などと興味津々だったし、男子も「女子のスラックスも悪くない」「スカートだと寒そうだと思ってたからスラックスにしてもいい」などと前向きな意見も多かった。でも、その時の俺は『どうでもいいや』くらいにしか受け止めてなかった。そのくらい今日はテンションが低かった。


 その生徒総会が無事終わって片付けも済んで、今日はこれで帰ろうとして生徒用玄関を出た直後、俺と青葉は思わぬ人物にバッタリ会った。それは美留和びるわ先輩だった。

 美留和先輩の方が先に俺たちに気付いたようで振りながら俺に声を掛けてきた。

駒里こまさとくーん」

 美留和先輩はニコニコ顔で俺に手を振ったけど、右手には

「あれ?美留和先輩、ギブスを取ったんですか?」

「そうですよ、経過が順調だったので昨日ギブスを外しました」

「そうだったんですかあ。良かったですね」

「あー、でも、さすがに剣道は来週からよ。医者からも止められてるからね」

「それじゃあ、今日は真っすぐ帰宅ですか?」

「そうよ。まあ、来週は君と対戦するのを楽しみにしてるからね」

 そう美留和先輩は言うと、片目を瞑ってニコッとした。でも、俺は美留和先輩が言ってる理由が全然分からない。

「あのー・・・美留和先輩・・・来週、俺と対戦するって・・・俺は剣道部に入部届を出してないですよ」

 そう言って俺は美留和先輩と青葉を交互に見てたけど、青葉もニコニコしたまま俺を見ているから、何か俺だけ仲間外れにされたようで頭が混乱してきた。

「あおばー、お前さあ、美留和先輩が言った意味を知ってるのかあ?」

「あれー?大成たいせいはジイとか鬼鹿おにしか先生から何も聞いてないの?」

「はあ?何の事だ?」

「あのね、来週から剣道部も毎週金曜日に駒里道場でハルニレ高校と私立日本海大学付属高校の合同練習をやる事になったんだよー」

「そういう事です。串内くしないさんの言う通りですよ」

「マジかよ!?」

「それでね、かえでちゃんとみどりちゃんは毎週金曜日は清風山せいふうざん高校のメンバーとして合同練習に参加するけど、大成と私は剣道と柔道を交互にやるから、今週は柔道だけど来週は剣道なんだよ」

「俺はそんな話は聞いてないぞ!」

「えー!楓ちゃんも緑ちゃんも昨日の夜、私にメールで教えてくれたし、鬼鹿先生と鬼峠おにとうげ先生も今日の午前中に会った時に言ってたよ。当たり前だけど鬼峠先生は1週間ごととはいえ大成を剣道部に持っていかれる事には本音は嫌みたいだけど、さすがにジイに面と向かって反論出来ないから大人しく従ったみたいよ」

「わたくしだって今朝、鬼鹿先生から直々に話を聞いてますよ。もしかしたら駒里君は何か考え事をしていて聞き逃したのかもしれませんね」

 そう言うと美留和先輩も青葉もニコッとして二人で顔を見合わせたけど、俺の方はまさに『寝耳に水』『青天の霹靂へきれき』状態だ。

「ちょ、ちょっと待ってくれ!俺は聞き逃したのか?」

「大成の事だから有り得るわねー」

「そうですね。まあ、このまま駒里君が剣道部に入部してくれるのなら、わたくしだけでなく鬼鹿先生や滝川たきかわ君を始めとした剣道部全員が諸手を上げて歓迎しますよ」

「美留和先輩、私も大成も剣道部への入部届は出してないですよ」

「あらあらー、規則上は来年のインターハイ予選の登録前までは入部可能ですから、鬼鹿先生は首を長くして待ってるわよ」

「たいせー、そういう事だから、興味があるなら剣道部に入ってもいいわよー」

「そういう事です。柔道部を始めとした他の部に入ったら、このわたくしが承知しません!この右手の治療費を駒里君に請求します!!」

「マジかよ!?」

「というのは冗談よ。学校での怪我は学校が負担してくれますけど、時間を無駄に使わされた責任は取ってもらいますよ」

「へ?・・・一体、どうやって?」

 俺は冷や汗をかきながら美留和先輩に尋ねたけど、美留和先輩は首を少し掲げながら、それでいて少し小悪魔的な笑みを浮かべながら

「・・・そうですねー、明日、わたくしと一緒にランチをしましょう」

「えーーーー!!!!!」

「たいせー、ちゃあんと責任取りなさいよー」

「勘弁してくれよー」

「というのも冗談ですけど、剣道部は駒里君の入部を心より歓迎いたしますわ」

「と、美留和先輩が言ってますよー。まあ、あとは大成が自分で判断してねー」

「・・・・・ (・_・;)」

 美留和先輩も青葉も互いに小悪魔的な笑みを浮かべながら意地悪そうにニコッとしたけど、明らかに二人で俺を揶揄っているとしか思えないぞ、ったくー。

 そう、俺は正直、昨日の夕方、正確には石狩いしかりさんと二人だけで話をした後から「この事が青葉たちに知れたらマズい」という事ばかり考えていて、殆ど『心ここにあらず』の状態だ。石狩さんとのデートを無事に終わらせる事だけで頭が一杯、というのは大袈裟だが、とにかく広内金先輩との罰ゲーム以上に憂鬱になっているから、聞き逃したとしか思えないぞ。

 まあ、美留和先輩も「駒里くーん、本気でランチしてくれるならいつでも歓迎するわよー」とニコッと普通の笑みをしながら右手を軽く上げて「それじゃあ、また来週ね」と言って帰ったけど、俺と青葉は普段通り一度家に帰ってから駒里道場へ向かった。


 俺と青葉は駒里道場での柔道の合同練習に参加したが、ハッキリ言って俺はボロボロだった。目名めな先輩を始めとした柔道部の連中からは「呪いが自分に降りかかったのかあ?」と笑われたけど、俺の心の声を代弁したかのような言葉に苦笑いするしかなかった。ただ、青葉も全敗で普段のキレが全然無く「私にも大成の呪いが降りかかったのかなあ」とボヤキまくりだった。対照的に石狩さんは絶好調だったけどね。

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