第71話 大成、エキシビジョンマッチをやる④~お願いがあります~

 本来なら2勝2分で駒里こまさと武道館チームの勝利となるのだが、これはエキシビジョンマッチの個人戦5回のルールなので、これから第五試合もやる。だから俺も今日2試合目をやるべく立ち上がり、同時に美留和びるわ先輩も立ち上がった。

 女子でありながら実質剣道部ナンバー1の美留和先輩、さきほどの第一試合で部長であり実質ナンバー2の滝川たきかわ先輩を圧倒した俺。後ろでは「どっちが勝つと思う?」「駒里じゃあないか?さっき滝川を圧倒したんだろ?」「でも美留和はその滝川より上だって聞いたぜ」「あー、それはわたしも聞いた事あるわよ」「うん、たしか美留和さんは剣道部のナンバー1だって話よ」「そう言えば俺も聞いた事あるぞ」「結構いい勝負かもな」「そうだな」などという声がしている。


「始め」


 ジイの合図で第五試合が始まり、いきなり美留和先輩は前へ踏み込んできた。

 美留和先輩は砂川すながわと同じく左利きだ。剣道部に二人しかいない左利きだけど、その実力は砂川を遥かに上回る。しかも美留和先輩のやり方はほぼ攻撃一本だ。いや、それくらいに斬り込みが鋭く相手を圧倒する。滝川先輩がナンバー2と言われるのは相手の攻めをうまく捌いて自分の型に持って行くのが上手いのだが、その滝川先輩でも全てを捌くのが出来ないほど、美留和先輩は鋭い。

 その攻めを俺は滝川先輩のように捌いている。決して無理に前に出ようとせず、あくまで美留和先輩の攻めを観察しているような感じだ。

 美留和先輩も俺の体制がまったく崩れてないからだろうか、ますます激しく竹刀を繰り出しているが、俺はほとんど稽古の相手をしているかのように全て受け流し続けている。美留和先輩が繰り出した全ての面、胴、小手、突きを払いのけて未だにに立ち続けている。

 だが、一度美留和先輩が距離を取った時に、俺は今までの守りの姿勢から攻勢に転じた。

 美留和先輩は前へ出ようとするのだが、俺はそれを全て払いのけるようにして竹刀を次々と繰り出すから今度は逆に美留和先輩は防戦一方だ。ズルズルと後ろへ下がり続けている。

 その時だ!


”バチーン・・・カランカラン・・・”


 俺の竹刀が美留和先輩の竹刀を上から叩きつけ、美留和先輩の竹刀を弾き飛ばしたからだ。同時に会場内に悲鳴が上がった。剣道では竹刀を失っても技が継続している限り試合は止まらないから、美留和先輩は手で竹刀を防ぐくらいしか出来ないけど、手が出るよりも先に俺の方が前に出て美留和先輩の面を上段から叩き割るような形になった!


「!!!!!」

「!!!!!」


 だが、俺は竹刀が美留和先輩の面に触れるか触れないか寸前で動きを止めた。そう、まるで再生していた録画の一時停止ボタンを押したかのように動きを止めたから、美留和先輩も固まったような状態になってしまった。

 ここでジイが「やめ」を掛けたけど、あきらかに美留和先輩が動揺しているのが俺には手に取るように分かる。でも、俺は決して美留和先輩相手に遊んでいたのではないのだが・・・

 ただ、ジイは「やめ」の声を掛けて俺が弾き飛ばした美留和先輩の竹刀を拾おうとして前へ来た時に、小声で「たいせー、ちょっとやり過ぎじゃぞ」と言った。やれやれ、ジイの結構難しいんだぞ。ちょっとは俺の事も考えて欲しいぞ、ったくー。

 結局、試合再開後の美留和先輩はさきほどと同じく一方的に攻め続けたけど、今度の俺は時には攻めを受け流し、時には反撃してを繰り広げたが、ジイも余市よいち伯父さんも鬼鹿おにしか先生も一度も旗を上げる事なく5分が終了した。


 俺は試合終了後の礼をすべく線のところに立ち、美留和先輩も同じく線のところに立った。でも、ジイが「礼」の声をかけようとした時に美留和先輩が右手を上げて喋り始めた。


「駒里先生、お願いがあります」


 普通、試合で選手が審判に声を掛ける、というか異議を唱える事はないから鬼鹿先生が「なんだなんだあ」という顔をしてたけど、ジイは発言を許可した。


「お願いがあります。延長戦を認めて下さい」

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