第70話 大成、エキシビジョンマッチをやる③~緑登場~

 ジイがそう言うと砂川すながわみどりが立ち上がり前へ進み出た。当たり前だがさっきのかえでの時と同じく「みどりちゃーん」「いいぞー」「緑ちゃん頑張れー」「すながわー、負けろー」「砂川、女の子に優しくしろ!」「彼女が出来なくなるぞー」などと、殆ど砂川も悪役状態だ。緑も楓と同様、手を振って声援に応えるなどというような事はしてないけど、やっぱり砂川を応援する声は皆無だ。おいおい、俺も砂川には深川ふかがわ同様、鬼鹿おにしか先生の指名とはいえ正直同情するぞ。

 緑は左利きだけど竹刀の持ち方は右利きも左利きも変わらない。野球のバットの持ち方のように持ち手を変えるような事は剣道ではしないのだ。でも、一般的に剣道では右利きより左利きの方が有利なのだ。

 だが、それは砂川も同じ事だ。この試合は左利き同士の戦いなのだ。


「始め!」


 ジイの合図で砂川と緑の第三試合が始まった。

 普通に考えれば同じ左利き同士でも砂川の圧勝だ。緑は楓よりも背が低くてギリギリ150センチ(ホントは小数点以下四捨五入ので150センチなのだが、本人は150センチと主張しているので150センチにしておいて下さい)なのに対して、剣道部最高にして2年生でトップ3に入る長身の193センチの砂川では、ほとんど大人と子供の対戦で、誰が見ても深川以上に有利だ。

 だから砂川はさっきの深川と同じように果敢に攻め込んでいる。でも、明らかに緑を警戒しているとしか思えない試合運びは2年生のエース格だ。緑も間合いを取りつつ全ての太刀筋を見切っているかの如く竹刀を操り、決して砂川のペースで試合を運ばせないようにしている・・・はずだけど、この勝負、誰がみても緑苦戦だ。だから会場の声援も「みどりちゃーん!」「すながわー!手加減してやれよ」「そうだそうだ!」など、ほとんど緑贔屓ひいきの応援しか聞こえない。

 余市よいち伯父さんが「面有り」、鬼鹿先生が「胴有り」、ジイが「面有り」で赤旗を1回ずつ上げたけど他の二人が上げなかったから1本にならず、誰が見てもほぼ一方的に砂川は緑を責め続けたけど有効打を決める事が出来ず、その勝負は延々と続くかと思われた。

 だが、砂川に焦りがあったのか一瞬だけ踏み込み過ぎてバランスが崩れた!その隙を見逃さず緑が果敢に踏み込んで竹刀を繰り出した!!


「「「胴あり」」」


 ジイたち三人の白旗が上がり、その瞬間、会場内に大歓声が上がった。

 こうなると意地でも砂川は1本取らないと面目が保てないのか、さきほど以上に果敢に攻め込んできた。緑はさっき以上に押し込まれ、後ろへ、後ろへと下がらざるを得ない。会場内の悲鳴はますます大きくなり、緑は追い詰められた状況になった。これ以上後ろへ下がったら緑は反則を取られる!

 だから緑は前で出たが、カウンターの如く砂川が身長差とリーチの差を活かして豪快に上段から緑の面に竹刀を叩きつけた!


「「「面有り」」」


 ジイたち三人の赤旗が上がり、その瞬間、会場内に悲鳴が沸き起こったのは言うまでもない。

 だが、残り時間わずか20秒。結局このまま時間切れとなり、先ほどの第二試合と同じく1本ずつ取り合っての引き分けだ。砂川と緑が互いに礼をした時には第二試合と同じように、会場から割れんばかりの拍手と歓声が上がったのはいうまでもない。


「次、第四試合。両者前へ」


 ジイがそう言うと青葉あおば三川みかわ先輩が進み出た。当たり前の事だが第二試合、第三試合と同様に「あおばちゃーん」「みかわー、勝つなー」「ルールブックに逆らうなー」「そうだそうだ」など、青葉贔屓の歓声が上がって完全に三川先輩も悪役だ。おいおい、砂川や深川以上に三川先輩に対してはブーイングの嵐だ。三川先輩、鬼鹿おにしか先生の指名とはいえ、お気持ち察します。


「始め」


 ジイの声で第四試合が始まった。青葉はいきなり無造作に前へ出たかと思うと三川先輩に斬り込み始めた。剣道部副部長でナンバー3でもある三川先輩がズルズルと後退している。その位に青葉の太刀筋は鋭く、三川先輩は防戦一方だ。


「「「胴あり」」」


 ジイたちの白旗が上がり、会場からは大歓声が上がったけど、青葉のやつ、俺よりも1本取るのが早くないか!?

 こうなると三川先輩も立場上、あるいは自身のプライドもあるのか前へ前へと青葉に挑んできたが、明らかに青葉には余裕がある。竹刀を軽く捌いたかと思うと素早く自分の竹刀を三川先輩の小手に叩き込み、あっさり2本取った。

 おいおい、こんなに早く勝負がついていいのかよ。会場からはあまりの呆気ない勝負に拍手は起きたけど歓声はほとんど起きなかった。いや、盛り上がる前に勝負がついてしまったのだからシラケムードなのだ。


「次、第五試合。両者前へ」

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