第68話 大成、エキシビジョンマッチをやる①~試合開始前~

 俺は清風山せいふうざん高校武道館1階、つまり剣道場で正座していた。

 俺は一番右にいて、かえでみどり青葉あおばの順に座っている。俺の正面には剣道部の5人が座っていて俺の真正面には滝川たきかわ先輩がいて、そこから左に深川ふかがわ砂川すながわ三川みかわ先輩、美留和びるわ先輩だ。

 剣道部と駒里こまさと武道館チームとのエキシビジョンマッチが告知されると、校内は駒里武道館チーム贔屓ひいき一色になったと言っても過言ではなかった。まあ、当たり前だが青葉が駒里武道館チームで出場するというのもあるけど、楓と緑が剣道の有段者だと知っている生徒が校内では当麻とうま双葉ふたばさんくらいしかいなかったから、人気急上昇中の楓と緑の雄姿をみたいという願望もあってか剣道部以外の男子はほぼ百パーセントといっていいほど駒里武道館チームの応援団になった。女子はそうでもなかったが、美留和先輩に対する印象の悪さもあってか駒里武道館チームの応援団になる人が続出し、申し訳ないけど剣道部は悪役扱いだった。

 卑怯だとは思いつつ、俺は鬼鹿おにしか先生にお願いして剣道部の5人が出場した試合のいくつかのDVDを借りて事前に戦い方をリサーチしていた。それに鬼鹿先生自身からも5人の特徴を聞いているから頭の中にはデータとして入っている。『孫氏そんしの兵法』に「彼を知り己を知れば百戦殆うからず」と書いてある言葉とおりだ。

 その鬼鹿先生はジイと内密の話をしてを俺に授けている。でも、それを本気で俺にやらせようとする鬼鹿先生とジイには文句を言いたいくらいだが、俺は黙って受け入れる事にした。

 美留和先輩は昨日の朝、登校と同時に校長室へ一人で行ったけど、そこで校長先生ではなく理事長から試合に出場するように言われたので黙って従っている。内心はどう思っているかは分からないけど、ここから見る限りでは凄まじい程の殺気を漂わせていると言っても過言ではないかもしれない。

 既に来賓である理事長や校長先生も来ていて会場の最前列にあたる位置の用意された椅子に座っているし、その横には鵜苫うとま伯父さんも座っている。

 今日はので審判役のジイは道着と袴を着ている。それは余市よいち伯父さんも鬼鹿先生も同じだ。いや、逆に威圧感があって三人とも怖いくらいだ。

 試合会場は剣道場に3面あるうちの中央部分であり、外側にはシートが敷き詰められ、その最前列に体育館から持ってきたマット、その後ろに椅子が並べられ、さらに後ろには立ち見用のステップまで並べられている。それでも会場内に入りきれない生徒が続出したので、やむを得ず教頭先生の判断でライブカメラとマイクを使って小ホールで試合の様子を生中継する事になり、こちらにも大勢の生徒が殺到しているらしい。生徒指導担当の蕗ノ台ふきのだい先生や風紀委員会正副顧問の幌加内ほろかない先生と鬼峠おにとうげ先生、風紀委員長の広内金ひろうちがね先輩は武道館と小ホールの警備担当をしているし、虎杖浜こじょうはま先輩や恵比島えびしま先輩、美利河ぴりかさんも会場の誘導などを担当しているから生徒会メンバーも結構忙しい。

 バスケ部や弓道部は部活の練習開始時間を遅らせてまで試合を見に来ているくらいだし、他の部の連中もどう見たって練習よりも試合観戦を優先して会場に来たとしか思えないのだから、このエキシビジョンマッチの注目度がわかると思う。


 やがて理事長が立ち上がった。オサワ・トマム。かつてヴィクトリア女王から勲章を授かった事もあるナイトの家系であり、ロンドン生まれのロンドン育ち、20代の前半から日本に移住して、既に年齢は70代の半ばのはずだが見た目は60代前半と言ってもよく、老いをまったく感じさせない風格は、まさに英国紳士の鏡といったところだ。その理事長が立ち上がって事に気付いて、さっきまで騒がしかった観客が一斉に静まり返った。


「あー、我が校の諸君、今日は剣道部と駒里武道館チームのエキシビジョンマッチの為に集まってくれてありがとう。選手のみんなには今日はもしかしたら歴史が動く日になるかもしれないビッグな1日になってくれる事を心から期待しているよ。それと、今日のエキシビジョンマッチの為に、お忙しい中を我が校に来て頂いた駒里先生、駒里理事、駒里社長には厚く御礼申し上げます。なお、今日の試合運営に関しては駒里先生に一任しているから、わたしは一切の口を挟まぬ事をここに宣言して挨拶と代えさせてもらう」


 それだけ言うと理事長は座り、武道館内には拍手が起きた。

 ジイが理事長に一礼してから一歩前に出て

「それでは試合を始める前にいくつかの注意を言っておくぞ。まず、この試合はエキシビジョンマッチであって。それと、あくまでエキシビジョンマッチなので個人戦を5回行うという考え方で進めるので勝ち抜きではない。先に2本取った方を勝者とするが、5分以内に勝負がつかなかった場合は、どちらかが1本を取っていた時でも全て引き分け扱いとする。よろしいかな?それでは第一試合を開始する」

 ジイがこう宣言したと同時に俺と滝川先輩は立ち上がり、同時に拍手と歓声が起こった。

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