第24話 大成、青葉の出生の秘密を少しだけ知る

『めでたい焼き』のたい焼き作りは創業当初と変わっていない。生地やあんはレシピがあるからその通りにやれば普通に出来る。この辺りは創業以来の伝統だから、俺の一存で変える訳にはいかない。まあ、限定味は俺や青葉あおばの意見を取り入れた物がいくつかある。チョコレートは元々俺の発案だし、ハスカップは青葉の発案だ。因みに俺の母さんもチョコレート味を発案したのだが、母さん監修のチョコレート味は試作段階で超がつく程の不評だったので、俺の提案した方が採用されている。

 だが、焼くのだけはレシピ通りにいかない。こればかりは経験と勘が物を言う。俺も青葉も小学生の頃からたい焼き作りをやっているが、青葉の方は失敗作も多い。俺はというと、青葉の爺ちゃんに言わせれば文句のつけようがない程の出来栄えらしい。青葉の爺ちゃんも婆ちゃんも「『めでたい焼き』の三代目は任せたぞ」と言ってるのは、明らかに俺と青葉の仲を誤解しているとしか思えないんですけど、気のせいじゃあないですよねえ!?

 青葉は中学生になってからは夏休みや冬休み、土曜日などは店でたい焼きを売る事があった。当然ではあるが、青葉目当ての学校の連中が『めでたい焼き』に押し寄せてくるからだ。値段だってコンビニの中華まんと同程度であるし、スタンプカードが溜まれば1個サービスで貰えるのだから、特に運動部の連中が立ち寄る事も珍しくなかった。青葉のちょっと、いや、十分すぎる程の焦げ目のキツイたい焼きをわざわざリクエストして食べる連中が俺と青葉の通っていた中学の運動部には多かったから、青葉に冷凍たい焼きを作らせると失敗作が多くなってしまうのはその為だ。

 今、青葉は店に出る事は無くなった。

 青葉が清風山せいふうざん高校に入学した直後にクラスの自己紹介で「私の家はたい焼き屋さんでーす」「土曜日には店番をしてまーす」と言ったのがきっかけで、その週の土曜日に清風山高校の1年生だけでなく2年生や3年生、そいつの友達の友達、さらにはそいつらが進学した高校の同級生、上級生たちが大挙してやってきて店が大混乱になるどころか、たい焼きの奪い合いが始まったのだ。店の売り上げはたしかに凄まじい物があったのだが、夏休み前には「今日は青葉ちゃんが焼いたたい焼きを2個食べた」「オレは3個食べたぞ」「それならオレは明日は4個だ」などと言い合う連中が毎日のように店に出入りするようになり、青葉が焼いたたい焼きを数多く食べる競争というか実に馬鹿馬鹿しいレースが、いつしか学校中を巻き込んだ大騒動になった。夏休み中は朝から晩までたい焼きを食べ続けるバカな奴が生徒指導担当の先生に補導され、巡回ルートに組み込まれるほどになった。他にも材料切れでたい焼きを買えなかった連中や、青葉が店に出ていない事に腹を立てた連中が近所迷惑を起こして警察に補導される騒ぎにまで発展した。こうなると学校側も重い腰を上げざるを得なくなり、夏休み明けに理事である鵜苫うとま伯父さん経由で青葉のお母さんや爺ちゃんと話をして、青葉が店に出るのを遠慮するようになったからだ。

 俺は元々新しい店舗になってからは店頭に出た事はなく、もっぱら冷凍たい焼き作り専門だ。基本家族経営の『めでたい焼き』にとって、俺は貴重な戦力らしいのだが・・・

「・・・大成たいせい君、大成君」

「はあい、黒松内くろまつないさん、どうしたんですかあ?」

「焦げてない?」

「あーーー!!!」

 慌てて俺はたい焼きを取り出したが、既に手遅れで青葉に匹敵、いや、それを遥かに上回る失敗作を作ってしまった・・・。

「す、すみません・・・」

「大成君にしては珍しいわね、こんなになるまで気付かないなんて。どうかしたの?」

「・・・実は」

 俺は黒松内さんに正直に話した。さっき、青葉宛に中東から国際郵便が届いた事、その差出人がShariシャリ Shiretokoシレトコとなっていた事、その差出人を見た青葉が「お父さんから」だと言っていた事、俺は青葉のお父さんについて何も知らない事、青葉が涙ぐんでいた事などを順を追って話した。

「・・・ふーん、それで大成君が考え込んでいたのかあ」

「そうです。すみません」

「まあ、失敗は誰にでもあるわよ。こう見えてもおばさんも失敗する事も珍しくないからね」

「黒松内さんほどの人もですかあ?」

「そりゃあそうよ。完璧な人間なんていませんよ」

「そうですよね」

「まあ、気を落とさずに行きましょう」

 そう言うと黒松内さん自身もたい焼きを焼き始めた。

 黒松内さんは青葉の婆ちゃんである串内くしない三笠みかさ婆ちゃんの従妹にあたる人だ。青葉の爺ちゃんと婆ちゃんが『めでたい焼き』を始めてからずっと店の手伝いをしている、当然ながら最古参のパートさんでもある。本人は従姉である三笠婆ちゃんからの「何気ないお誘い」から店の手伝いを始めたらしいが、そのままズルズルと今までたい焼きを焼き続けていて、当然ながら黒松内さんは青葉の爺ちゃん、婆ちゃん、それと藻琴もことおばさんに次ぐ4人目の戦力として店頭でたい焼きを焼く事も珍しくないが、普段は裏で黙々と冷凍たい焼き作りをしている。もっとも、週に多くて5日、それも4~5時間で扶養の範囲内で働いているパートさんである事には変わりない。

 黒松内さんはたい焼きを焼き終えると粗熱あらねつをとる為に一度テーブルの上に並べたが、その後は冷凍庫で冷やす事になる。このまま丸2日かけて冷凍させた物を宅配便で注文先に発送するのだが、発送の手配をしているのは主に三笠婆ちゃんだ。基本、『めでたい焼き』には作り置きの冷凍たい焼きはない。前日に注文が入った分を翌日に焼くのだ。

「・・・そう言えば、青葉ちゃんのお父さんの事だけど、わたしも詳しくは知らないのよねえ」

「そうなんですか・・・」

「藻琴ちゃんが高校を卒業して大学へ行くって事でこの家を出て行ったのが今から20年以上も前の事で、その藻琴ちゃんが大きなお腹を抱えてこの家に戻ってきたのが今から17年前になるのかなあ。藻琴ちゃんがどういう経緯で戻ってきたのかは三笠さんも詳しく教えてくれなかったけど、どうしても結婚できない事情があって、私生児として産むんだっていう話をしていたのは覚えているわよ」

「・・・・・」

「まあ、藻琴ちゃんも決して遊び歩いていたような子ではなかったし、それに青葉ちゃんのお父さんがどのような人なのかは少しだけ藻琴ちゃん自身の口から聞いたけど、自分の夢を常に追っているような人だったらしいよ。でも、その人の子供がお腹の中にいると気付いた時には藻琴ちゃんのところにはいなかったみたい。ただ、相手の男性は認知すると言ってたみたいだけど、色々とあって結局出生届に名前を書く事が出来なかったとも言ってたわよ。だから青葉ちゃんのお父さんが誰なのかを知ってるのは藻琴ちゃんだけ。でも、名前は教えてくれなかったけどイニシャルは『H・K』って言ってたのは覚えてる」

「H・K?」

「そう、H・K」

「苗字の一文字目がカ行、名前の一文字目がハ行っていう事ですよね。これじゃあ分からないのと同じですよ」

「それもそうね。でも、名前が表に出ると藻琴ちゃんにも、本人にも不都合だったんじゃあないかしら?」

「大人の世界って、結構複雑なんですね」

「まあ、大人の世界は色々としがらみが多くて、正直者が損する事もあるわね。でも、正直者がバカを見る世界が大人の世界の全てではないわよ。それは三笠さんや天幕てんまくさんが証明しているでしょ?」

「それもそうですね」

「イニシャルがH・Kだという事と、年齢が藻琴ちゃんと同じだっていう事以外はおばさんも知らないとだけ言っておくわね」

「そうですか・・・でも、教えてくれてありがとうございます。俺も少しだけ楽になりました」

 俺はこの後は黒松内さん同様、黙々とたい焼きを焼き続けた。青葉の事も気になったけど、これ以上考えても無駄だと思い、深く考えない事にした。青葉の父さんは青葉の母さんと同い年、それとイニシャルがH・K、この2つしか教えてもらえなかったけど、これ以上は俺が首を突っ込むべきではないし、それに青葉自身がそれを望んだとしても、青葉の母さんは恐らく成人するまでは教えないだろうな。

 俺は青葉が帰ってくる前までに何とか黒松内さんと二人で予定数のたい焼きを焼き上げ、工房の片づけまで終わらせる事が出来た。その後、青葉と藻琴おばさん、それと青葉の爺ちゃんと婆ちゃんの誘いもあり、そのまま青葉の家で夕食を食べていく事になった。

 俺と青葉はさっき約束した通り、青葉の部屋でシレトコ・シャリが送ってきた写真とDVDを見たが結構衝撃的な映像も含まれていた。まあ、さすがにテレビで放送出来ないようなシーンは含まれていなかったが、それでも日本では考えれらないような事が地球上では実際に起きているというのを十分実感させられた。もちろん、心を和ませるような子供たちの無邪気な笑顔やアンマンの賑やかな市場の様子、地平線に沈む夕日の映像なども含まれていた。

 そのDVDを見ている時の俺と青葉だが・・・青葉の部屋にクッションを並べて、その上で菓子を摘みながらの鑑賞だ。普通の人から見たら殆ど肩と肩を寄せ合っているとしか思えないシチュエーションなのだが・・・これでも青葉にとってはなのだから、やはり俺たちはお互いに空気のような存在になっているのかもしれない。

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