第137話 懐妊

「旦那さま、お話があります」

 エミリーとマリンが揃ってやって来た。

 今日は、エリスは学院で医学の授業で、ラピスは皇帝の代理として、来賓を歓待している。

 俺はキバヤシコーポレーションでの会議のため、出かける準備をしていた時だ。

 出かける準備をしていたのは俺だけではない。ミュとネルも一緒に準備しており、二人とも化粧が終わって着替えるところだった。

「エミリー、今日は憲兵隊での剣術と銃術の指導じゃなかったのか?」

「いえ、身体の事を考えて休みました」

「エミリー、どうかしたか。身体の調子が悪いのか?それなら、エリスに治して貰おう」

「いえ、違うんです。マリンの事で…」

「マリンも調子悪いのか。何か、当たったのか?」

「ええ、まあ、当たったと言えば当たったのですが…」

「なんだ、何か歯切れが悪いな。何が当たっんだ?」

「えっと、えっと、旦那さまの…、キャッ」

 マリンが顔を覆った。その時だ。

「婿殿、出来たというのは本当か?」

 ご隠居さまとポセイドン王が飛び込んで来た。

 いや、ポセイドン王は既に領土がエルバンテに組み込まれたので、「王」というのは適切でないかもしれない。しいて言うなら「元王」だろう。

「いえ、何も出来ていませんが…」

「何を言って居る。儂はたしかに出来たと聞いたぞ」

「そうだ、我も確かに聞いた」

「誰から聞いたと言うんですか?」

「それは、ラピスとエミリーからじゃ」

「我は、マリンからだ」

「はっ、言っている意味が分かりませんが…」

「「だから、赤子が出来たのじゃろう」」

「はっ、ええっ、赤子が…。エミリー、マリン、そうなのか?」

「「はい」」

「ええっー!!」

「あと、ラピスさまも」

 エミリーが取って付けたように言う。

「三人一辺にか?」

「そうです。旦那さま、あんたも好きねぇ」

 エミリーよ、お前も好きだろう。

「ラピスは何も言ってなかったぞ」

「今日、帰ってから言うとおっしゃっていましたが、嬉しくて、お父さまたちに話したらもう大変で…」

「エリスは知っているのか?」

「もちろん、エリスさまの鑑定付きですから」

 エリスの鑑定付きなら、どうやら間違いは無さそうだ。

「お父さま、聞きました。妹か弟が出来たそうですね」

 アヤカたち三姉妹が入って来た。その後ろにはタケルも居る。

「おめでとうございます」

「ありがとうございます」

 タケルの言葉に、エミリーとマリンが返答する。しかし、そこは俺のセリフじゃないか?


「トントン」

 扉をノックする音がする。

 秘書でもあるミストラルが扉を開けるとそこには、エミリーの父であるチェルシーが居た。

「へ、陛下にはご機嫌麗しく…」

「いや、義父上、そのような礼儀は不要です。義理とは言え、父なのですから」

「あっ、いや、おめでとうございます。あっ、いや、おめでたい。ああ、何といえば良いのか」

「義父上、どこからそのような情報を仕入れたのですか?」

「どこからって、既にTVで臨時放送として流れておるが…」

 直ぐにTVを点けると、そこには画面の上の方に臨時ニュースとして流れている。

『第三夫人のラピスラズリィさま、第四夫人のエミリーさま、第五夫人のマリンさま、ご懐妊』

「ええっ!いつの間に、誰がバラしたなんだ」

 そんな大事な事、なんで夫である俺が一番最後に知る事なんだ。

 俺の言葉に全員が目を合わせるが、誰がバラしたのか分からない。

「わ、分かった。兎に角、三人とも身体を大事にするように」

「「はい」」

 エミリーとマリンが嬉しそうに微笑む。

「ご主人さま、また、私たちの娘か息子が出来るんですね」

 ミュも嬉しそうだ。

「ミュには、また苦労をかけるかもしれないが、よろしく頼むな」

「私、嬉しい。また、子育てが出来ると思うと…」

「ミュ母さま、今度は私たちも一緒に育ててもいいですか?」

 アスカがミュに言う。

「もちろん、タケルの時と同じように、また手伝ってね」

 それを聞いたタケルが、複雑な顔をしている。

「ネルは、初めての子育てだ。何かあれば、ミュに聞けば良い。ミュは、良い母親だから、子供の育て方を良く知っているぞ」

「ミュ、よろしくお願いします」

「あら、ネルが慎ましい」

「子育ては先輩の事を聞かないと」

「あら、ネルの方が若輩者のような言い方ね」

「だって、私は1300歳、ミュは230歳でしょう」

 それを言われると、ミュも反論できない。


 それから10か月後、ラピス、エミリーは女の子を、マリンは男の子を生んだ。

 もちろん、3人にはエリスが毎日加護を与えたのは言うまでもない。

「エリス、人魚では男の子は生まれにくいとポセイドン王は言っていたのに、良く男の子が生まれたな」

「へへへ、私がちょっとね」

 こいつ、神の領域の魔法を使ったな。

 ネルはエリスから乳が出るようにして貰い、ラピスが生んだ子はネルが育てる事になった。

 ネルは乳を与える時は母親の顔になっている。本人も愛おしそうに育てていて、何かあるとミュとラピスに相談している。

「ネル、どうだ。母になった気持ちは?」

 バンパイヤで1300歳にして、初めて母となったネルエデッィトに聞いてみる。

「もう、可愛くて、可愛くて、早く血を吸いたいです」

「「「「「却下」」」」」

「えっ、ええー??」

 ネルの希望は、他の嫁たちによって却下された。

 子供が生まれた日から1週間は、臨時に祭日となってエルバンテ各地では祭りが開催される。

 その祭りには、キバヤシ学院出身の女子と男子で作るサクラシスターズとトウキョーボーイズと呼ばれるグループが主役を努めたのは言うまでもない。


 祭りが終わった今、俺は、エルバンテ公主邸のベランダに15年前の誕生日に貰ったロッキングチェアを引っ張り出し、サン・イルミド海峡に沈む夕日を見ていた。

 先程まで城下では盛大な祭りのフィナーレが行われていたが、それも納まり今は整然としている。

 そう言えば、前もこんな感じで、サン・イルミド海峡に沈む夕日を見ていたっけ。

 そんな事を思っていると、眠くなっていく。

 薄れゆく意識の中で思う。

 ああ、やっぱり、この世界は美しい。


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嫁と巡る異世界旅行記 東風 吹葉 @ikkuu_banri

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