第105話 夫婦の共同作業
「何か難しい話だな。我には意味が分からないが、マリンには分かるのか?」
「お父さま、私にも分かりません。兄さまは知識が豊富で、私たちが知らない事を沢山知っているの」
「マリンや、もう旦那さまなんだから、兄さまはないだろう。『あなた』とか呼んだらいいんじゃないか?」
「そんなぁ、恥ずかしい」
「だが、夫だぞ。婿殿も『あなた』って呼ばれた方がいいじゃろ」
「俺はどちらでも…」
「ほらみろ、婿殿もその方がいいと言っているぞ」
いや、言ってないだろう。
「もう、お父さまがそう言うなら…。あ、あなた。きゃっ」
マリンが、恥ずかしがって手で顔を覆う。
「いいのう、初々しいのう。マリンの母も我を初めて『あなた』と呼んでくれた時は、恥ずかしがったものじゃ」
マリンも親孝行だと思っているのだろう。ポセイドン王が喜んでいる姿を見て、幸せそうな顔をしている。
その日は王宮に宿泊し、ゆっくりと過ごした。
夕食は嫁たちが手作りする。夕食の席には、ポセイドン王も同席したので、マリンが作った料理を涙を浮かべて食べていた。
一度は死んだと思った娘が手作りしてくれた料理だ。こんな嬉しいことはない。
夕食が終わったら、入浴して寝る事になったが、俺と嫁たち全員が寝るだけの部屋がない。
部屋がないので、当然そんな大きなベッドもない。
トウキョーの自宅にあるベッドは特注の巨大ベッドだが、そんなものはどこにも売っていないから仕方ないのかもしれない。
「では、今日は俺は一人で寝るから、エリスたちは適当に部屋割りして休んでくれ」
やった、今日は一人でゆっくり寝る事ができる。後から、誰も入ってこれないように部屋に鍵を掛けて寝よう。
俺はシングルベッドではあるが、久々に思いっきり手足を伸ばしてベッドに横になる。
「コンコン」
扉をノックする音がする。
これは嫁のうち誰かが来たんだろう。既に眠ったフリをして知らなかった事にしよう。
「コンコン」
再び、扉をノックする音がする。
同じように、眠ったフリをした。扉には鍵がかけてあるので、ノブを回しただけでは、扉は開かない。
すると、扉の鍵をガチャガチャと抉る音がする。
「ガチャ」
鍵が開けられ、誰かが部屋の中に入って来る音がした。
ここは、このまま寝ているフリをしなくては。
「旦那さま」
「旦那さま」
ラピスとエミリーの声だ。
すると鍵を開けたのはエミリーか。あいつは何でも器用にこなすから、鍵ぐらいは簡単に開けてしまうのだろう。
俺はそのまま寝たフリをしていると、ラビスとエミリーが俺のベッドに入り込んで来た。
「うーん、何だ?折角、寝ていたのに」
起きていたとは言えない。ここはどうしても寝ていた事にする。
「嘘ですわね」
ラピスが俺の心を読唇術で読んだのだろう。
「あ、いや、寝ていたよ」
「ホホホ、また、そんな事を。それより、私たちもここで休ませて貰って良いでしょうか?」
「いや、シングルベッドだし、3人は無理だと思う」
事実、俺の左右にラピスとエミリーが来れば、二人はベッドから落ちそうだ。
「コンコン」
また、誰か扉をノックした。
俺とラピス、エミリーは顔を見合わせる。
「コンコン」
再び、扉がノックされる。
「ラピス、さっき鍵はかけたか?」
「ほら、御覧なさい。やっぱり、起きていた」
「まずい」と思ったが、後の祭りだ。
「ちゃんと、鍵は掛けましたよ」
扉の鍵のところをガチャガチャとする音が聞こえるが、そのうちその音もしなくなった。どうやら諦めたのかもしれない。
と、思った瞬間、鍵の所が燃え出した。
「ギョ」
鍵が無くなると、そこに入ってきたのは、ミュとネルだ。
「あっ、やっぱり、ラピスさまたちが居た。絶対、この部屋に来ると思っていましたよ」
「なんだ、バレていたのね。では、5人で寝ましょう」
「いや、5人でって、このベッドにどうやって寝るんだ?」
その会話をしていると、今度は部屋の中に魔法陣が現れ、そこに居たのは、エリスとマリンだった。
「ほら、やっぱり、全員居た。絶対こうなると思っていたんだから」
「もう、お姉さま方、抜け駆けは禁止ですよ」
「だって、独り寝は寂しいんですもの」
「それじゃ、仕方ないわね。今から、トウキョーの自宅に転移するわ」
「エリス、待て、今日はゆっくりしようじゃないか。このまま寝かせてくれ」
「夫婦の共同作業について、シンヤさまの意思は関係ないわ。さあ、みなさん、乗った、乗った」
俺はミュとラピスに両方から身体を掴まれ、まるで警察に捕まった犯人のようにして、エリスの魔法陣に乗った。
「それでは、転移!」
気が付くと、そこはトウキョーにある自宅の寝室だった。
目前には見慣れた巨大サイズのベッドがある。
時差があるため、トウキョーの方はまだ深夜ではなく、夕方ぐらいだ。
「時差があるから、これからの夜は長いわ。みんな心行くまで楽しみましょう」
エリス、それはどういう意味だ。
今日ぐらいは、ゆっくり休みたいと思っていた俺の思惑は、こうして崩れ去った。
翌日、ハツラツとした嫁たちとは反対に、目に隈が出来た俺はポセイドン王に会った。
俺の顔を見た王は、
「おお、婿殿、これは我も孫の顔が見れる日が近いかの」
と、ご機嫌だった。
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