第37話 一人暮らしの白熊人

「我々は山を越えて来た旅の者ですが、この庭で休憩をさせて貰えませんでしょうか?」

「…」

 白熊人の男性だが、その男はかなり歳のように見える。お爺さんと呼んでも差し支えないような歳だ。

 男は黙っている。もしかしたら、言葉が通じないのかもしれない。

「あ、あのう…」

「あんたたちは山を越えて来たと言ったが、本当か?あの山の先にはポーラーパンサーが居たはずだ」

 どうにか、言葉は通じるみたいだ。

「ええ、遭遇しましたが、お腹がいっぱいだったのでしょう。こちらが何もしなかったので、襲われる事はありませんでした」

「…、お前たちは鼠族ではないのか?」

「いえ、我々は人族です」

 俺たちはフードを取ってみせた。

「たしかに、人族だ。では何故、態々、山を越える必要があった?あの山を越えて来るなんて、誰もやっていない。何か、訳があると考えるのは当然だろう」

 何か、悪行を働いて逃げて来たと思われているのだろうか。

「我々は、鼠族のネルエランドからダリアンに行きました。そこから、このスノーノースに来ると考えた場合、再びネルエランドに入るか、それとも最短距離の山越えをするかの選択がありましたが、ネルエランドを迂回すると冬になる可能性があるため、最短距離の山越えを選びました」

「何故、旅をしている?」

「我々の国は遥か南です。そこから一度、北の国を訪れてみたいと、ずっと思っていたのです」

「一応、話の筋は通っているが、こんな北の国に来たいと思うやつが居るなんて正気の沙汰とは思えねえ。そういう意味では、あんたらをまったく信用はできねぇな」

「信用して頂く必要はありません。我々は休憩できる場所と、それと、スノーノースに関する情報がほしいと思っています」

「本音が出たな。本当はスノーノースの情報が欲しいんだろう」

「…」

 俺は自分の発言を言ってしまってから「しまった」とは思ったが、情報が欲しいのは紛れもない事実だ。

 ここは肯定するしかないだろう。

「スノーノースはどこで聞いても断片的な情報しか得られませんでした。生きて出れるか、死んで出るかの問題は大きいです。

 そのためには、情報が一番です」

「あんた、正直者だな。分かった、こんなボロ小屋だが、取り敢えず入れ」

 どうやら、俺たちは信用して貰えたようだ。

 中に入ると床があり、動物の毛皮が敷いてある。床を踏みしめると空洞のような音がするので、足で叩いてみる。

「コンコン」

 やはり、床下は空洞だ。

「ははは、床は二重構造になっている。ここら辺りは冬になると、寒さがかなり厳しい。

 特に地面が凍ってくるので、床を二重構造にして空気層を設ける事によって、冷えないようにしているのさ」

 その他にも窓も二重になっている。窓と言っても、ガラス窓ではなく、木の窓だが。

 きっと、壁も二重構造になっているのかもしれない。

 外からはボロ小屋に見えたが、中はそれ程ボロという感じではない。

 部屋の真ん中にあるテーブルを囲み腰掛ける。


「それで、何が聞きたい」

「山の上からスノーノースの王都は確認しました。それで、スノーノースの王都に行きたいと思いますが、治安とかどうでしょうか?」

「治安は悪くない。それはそうだ、王都に人はいないからな」

「えっ、王都に人がいない?どういう事でしょうか?」

「王都の人は、王宮の方へ行くが、誰も帰って来ない」

 この男の言っている意味が益々分からない。

「話が分かりません。王宮へ行って、どうして帰って来ないのか。王宮へ行くのが何が問題なのでしょうか?」

「王宮には女王が住んでいる。その女王は人の生を食べるんだ」

 人の生を食べる。ミュが、そうだ。悪魔族は人の生を吸う。その女王も悪魔なのかもしれない。

「せ、生を食べる。その女王は悪魔なのでしょうか?」

「氷の女王と言われ、名は『オーロラ』と言う」

 オーロラと言うと、極地の空に輝く美しいやつだが、ここでは違うらしい。


「このスノーノースは元々は王が治める平和な国だった。だが、500年前、その女は鼠族と供にやってきた。

 鼠族は南のネルエランドを支配し、オーロラはスノーノースの国王を篭絡して、国を掠め取ったんだ」

「お詳しいですね」

「ああ、俺は昔は宮廷警護兵だったからな」

「それで、その女王陛下はどうしたんですか?」

「女王は氷の悪魔使いだけあって、暑い所は苦手だ。そこで、ここよりかなり北の方に宮殿を建て、そこに居る。

 そして、ひと月に一人、生贄を北の宮殿に連れて来るようにとの指示が出ている」

「でも、そうなったら、国民が黙っていないでしょう」

「生贄は憲兵たちが黙って拉致していくので、行方不明になった人たちは行方不明者として処理される。

 それに氷の女王の魔法は強い。反抗したところで、返り討ちになるのは、目に見えている」

「それで、誰も住んでいないと…」

「そんな事をしていたら、国民だって分かってくる。王都に居た連中のうち、金のある者から逃げ出すさ。

 今は、逃げたくても逃げれない者しか残っていない」

「だが、いつかは生贄とされる」

「そうだ、だから、生まれた子供は川に流す。運が良ければその子は生きられるだろう。

 だが、ここに居れば確実に死ぬ。それなら、生きる確率の方に掛けてみる方が良い」

 サン・イルミド川の上流から流されてくる来る子供には、こんな理由があったのか。

 だが、流された子供は途中にある、龍に食われてしまう。それこそ、運が良い者だけが、エルバンテ領に流れ着くのだ。

 俺はその話を聞いて、戦慄が走った。

 嫁たちも同じ気持ちなのだろう。

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