第30話 ご主人さま

「まことに僭越ながら、女王陛下をお嫁に貰って頂けないでしょうか?」

 ワイシコフ宰相が代表して言う。

「いや、見ての通り、俺には既に5人も妻がいる。これ以上、妻を娶るのは無理だ」

「この国の国民と陛下の命がかかっております。そこを何とかお願いします」

 俺は困った。嫁たちを見ると嫁たちも困惑した顔をしている。

 特にラピスは公女さまだったこともあり、国と国民を守って行く事の重要性が分かるだけに、宰相の願いが理解できるのだろう。

「俺の所に嫁に来るとこの国を離れないといけなくなる。それはこの国のためにも出来ないだろう。

 俺もいつかは自分の国に戻る。だから無理なんだ」

「私はご主人さまについて行きます」

 女王さまが言う。

「今までも、長い眠りについておられて、特に問題はありませんでしたから、女王陛下のご自由に」

 ワイシコフ宰相が言う。

「いやいや、いくら何でもそれはだめだろう」

 俺は頭を抱えた。


 そこに発言したのは、以外にもマリンだった。

「兄さまには私を含めて5人の妻が居るのよ。これ以上増えても大差ないわ。私は賛成します」

 その言葉に全員がマリンを見る。

「あ、ありがとうございます」

 ワイシコフ宰相がお礼を述べる。

 侍女たちも同じように胸の前で手を合わせている。


「そ、そうね。もう仕方ないかもしれない」

 マリンの言葉に同意したのはエリスだ。

 エリスは神であり、俺の第一夫人だ。嫁たちの意見が割れた時は、エリスの意見が一番になる。

 そのエリスが同意したので、嫁たちもエリスの言葉に従う事になった。


 だが、俺には一つ疑問がある。

「ところで、女王陛下の名前って何て言うんだっけ?」

「そう言えば、私もご主人さまの名前、まだ聞いてなかったわ」

 コケた。その場に居た全員がコケた。

 結婚する者同士が名前を知らなかったのだ。こんな事があっても良いものだろうか。

「俺は、『シンヤ・キバヤシ』だ」

「私は、『ダリアン・ネルエディット』です」

「この国は、ダリアン国だろう。だとするとファミリーネームがネルエディットなのか」

「いえ、ネルエディットが名前で、ファミリーネームはダリアンです」

 日本と同じように、姓が先に来るようだ。

「では、ネルエディットだと呼び難いので、『ネル』でいいか」

「夫婦ですから、ご主人さまだけには許します」

「嫁たちもそう呼んでいいだろう」

 俺がそう言うと、嫁たちも頷いている。

「まあ、私が第二夫人になるのですから、それでもかまいませんけど…」

「お待ちなさい。第二夫人はこのミュです。あなたは序列から言えば、第六夫人です」

「えっ、私は一国の女王なのですよ。それが何故、第六夫人なんですか?」

 俺は俺の国の結婚の仕組みを話した。

 そこは、多夫多妻制ではあるが、役所に提出した順序で夫人の序列が定まるというものだ。

「なんと、私は、最下位の序列ということですか?」

「そうです。嫁の序列が下の者は上に従わなければなりません。それが家を円満にする秘訣です」

 エミリーが言うが、そんな事はないだろう。エミリーめ、いい加減な事を言っているな。

 そうは思っても、ここで、下手に口を出すとややこしくなりそうなので、俺も黙っている。

「わ、分かりました。ご妻女方に従います」


 一国の女王ながら、旅の男性の6番目の妻になったことで、ワイシコフ宰相や侍女は驚いている。

「我が国の女王陛下が6番目の妻?シンヤさま、いくら何でも…」

 宰相が言って来るが、ネルがそれを制止した。

「良いのです。悠久の時の流れの中で私は初めて、人に嫁いだのです。女の幸せを得られた喜びに変えられるものではありません」

「ネルっていくつなんだい?」

「永久の命があるので、正直分かりません。眠っている時に何年過ぎたかも分かりませんし」

 たしかにそうだ。100年間眠っていたというが、本人には1晩と同じだろう。

 女王陛下が結婚した事は直ちに、国民に知らされた。

 それを知って、国民はお祭り騒ぎになっている。

 そして、食事をしながら、この国の財政、農政とかについて、ワイシコフ宰相から聞くが、この国は北の国ながら冬物野菜が多く取れるし、川や湖がたくさんあるので、魚介類も多いということで、それほど貧しい国ではないとの事だ。

 ボダービ村は鼠族を欺くため、貧しいように見せているが、実はそれ程でもない事を教えられた。


「はい、ご主人さま、それでは祝いの宴としましょう」

「却下」

 その声の方を見るとミュだ。

「ご主人さまと呼んで良いのは私だけです。他の者は別の名前で呼びなさい」

「あら、呼び方なんて別にいいじゃないですか。だって、私にとってもご主人さまなんだし」

「だめです。ご主人さまに尽くすのは悪魔として当然です。他の者は呼んではなりません」

「あら、ミュさんとやら、あなたは悪魔なのですか?私も悪魔族と言われている端くれ、こうなったら、力ずくで決めましょう。外に出なさい」

 ミュはバルコニーに出ると、翼を出して、大空に舞い上がった。

 既に陽は落ち、暗くなっているので、ミュは最大の魔法力が使える。

「ソーチャ、箒を持ちなさい」

 侍女のソーチャが箒を持って来た。

 ネルは箒に乗ると大空に舞い上がった。

 箒で空を飛ぶのは「魔女」じゃなかったか。バンパイヤが箒で空を飛ぶなんて、どういう事だ?

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