【桜の過去編】夢見の桜

 まず、3週間近くの更新の停止、本当に申しわけありませんでした。自分の作品と向き合い、これからをどうするか考える時間を取らせていただきました。これからも前のように、とは行かないかもしれません。それでも、この作品をボクは完遂させたいので最後までやりきることを約束します。


 それでは……桜の物語をどうぞご覧くださいませ。

 ───────────────────



 元々、月牙蓮華流は母親が伝承していたものだった。

 だが、当時9歳の桜は刀なんか一切興味なく、ぬいぐるみや動物が好きで、アニメも見る普通の子だった。また運動神経が良く、運動会に出ては徒競走ぶっちぎりで1位を取ったりするくらいだった。

 そんな桜に母親の『岩柳 夢見(ゆめみ)』は無理に教えようとはしなかった。夢見は元々身体が少し弱く、桜から見ても不安になるくらいだった。


 そんな夫である岩窟王のようにがっしりとした体つきの藤正は、なんでも決闘を夢見に申し込んで、半殺しにされて婚約を交わしたと言うから桜はいつもそれが不思議だった。


 そんなある日、いつもより遥かに早く起きた桜は風に当たりに外に出ていた。灰色の雲が空一面に広がり、普段より冷たい風が桜の肌を撫でる。


「ふわぁぁ……風……気持ちいいなぁ」


 目は覚めたもののまだ脳に酸素が足りてないようで、欠伸をしながら自分の部屋に入ろうとした時、刀の抜く澄んだ音が聞こえた。不思議に思って桜はこっそりとその方向を覗くと、そこには母親の姿があった。


(母上……何をしてるんかな……)


 声をかけようかと思ったが……声が出なかった。

 その真剣な眼差しに桜は魅せられたのだ。


「……はぁっ!」


 母親の聞いたことのないくらい鋭いかけ声と同時に握られた刀が抜かれた。研ぎ澄まされた銀色の光が閃き、目の前にあった竹を真っ二つにしてしまった。


(……す、すごい……母上……っ!)


 いつも木刀を振っている姿ばかりで本物の刀を抜いたところを見たことがなかった桜は、その身のこなしや剣技に目も心も奪われた。さすが母上だ、きっと毎日こうやってやってきたんだと思いながら、バレないようにこっそりと出ていこうとして後ず去ろうとした……その時、母の身体が急に力が抜けたように地に倒れた。


「っ! 母上ッ!!」


 桜は無我夢中で素足なのも関係なく若干濡れた土を踏み込み、母の傍に急いだ。


「母上っ、しっかりしてっ!!」


「……『さくらん』、起きとったん……?」


「うん……早く起きたから……、それより母上、身体……大丈夫なの?」


「ん〜……かわいい娘に心配されるならそろそろやばいんかな〜」


 冗談めかしてはぐらかそうとする母に桜は詰め寄った。


「母上、どこまで悪くなってるん? 教えて……」


「…………だーいじょぶやよ。さくらんのお嫁姿を見るまでは死なんから」


 結局、桜は母のことを聞き出せずしょんぼりしながら部屋に戻って行った。布団に倒れ込み木の色の天井を見上げる。


(母上……本当はもう辛いんやよな……?)


 幼いながらに桜は母の体調を粗方分かっていた。刀も……もう振れなくなるかもしれないということも。

 母が刀を大切にしていることはよく分かっていた。弱い身体ながらに毎日刀を振ることをやめない。「あんなもん振って何が面白いん?」なんて思っていた桜だったが……その日、考え方が覆された。



 ───あたしも教えて欲しい……あんなに母上が大切にしているものを……



 ─次の日ー


「母上、入っていい?」


「いいよ、入っておいで」


 学校が終わってから、母のいる部屋に行き正面から見合った桜は自分で決めた意志を伝えた。親に使ったことのない敬語を使って。


「母上、私に刀を教えてください」


「っ、……本気なんやな?」


「はい。お願いします、母上」


 桜は正座のまま頭を下げた。母も何かを言うでもなく、その覚悟だけで桜の申し出を受けた。

 母には見えたのだ、愛娘の……覚悟を、そして……その理由が自分にあることも。


 ───────────


 まず、刀をまともに振れるまでが桜にとって長かった。


「力みすぎ! なんでも力任せに振ってもいいって訳じゃない! 刀を舐めるなっ」


「うぐっ……はいっ」


「剣先がぶれっぶれじゃない! 心も身体も未熟な証っ!」


「うぅぅぅ……っ!」


 脚力を鍛えるために短距離ダッシュで瞬発力を、インターバル走で持久力を徹底的に鍛えて、刀を振った時、重みで剣先をブレないよう体幹をトレーニングや木刀の素振りで鍛え上げた。

 1年が経つ頃には桜の生活は大きく変わりつつあった。友達と過ごす時間も作り、勉強の時間も工夫して作りながら、それ以外を全部刀の稽古につぎ込んだのだ。


「はぁっ!」


 刀の振りも始めた頃とは桁違いになっていた。ぶれぶれだった剣先はほぼ一点に集中するようになり、振った時の空気を切る音も遥かに甲高くなっていた。


「……今日はそこまでにしとこうか」


「ありがとうございました、母上」


「……見違えたなぁ、さくらん。たった1年で……子供はこんな成長するんやな……」


「母上、まだ……ダメなん? そろそろ……あたしに母上の技を教えてほしい……」


 練習着である白い道着と紺の袴を汗に濡らした桜は木刀を左手に持ちながら母に基本のさらに上を教えてもらうことをお願いした。

 母もその真剣な眼差しに頷くと立ち上がって、1つの巻物を取り出した。


「さくらん、あたしの刀術の名前、知ってるか?」


「月牙蓮華流……やよね? かっこいい技名やなって思うよ?」


「そうやな……さくらん、少し心して聞いてや」


「っ、うん……」


 母の真剣な口調に桜も身を引締めるようにして正座をした。


「この月牙蓮華流は……人を殺めるための技や」


「ぇ…………?」


「あたしの御先祖さまはな、武術の達人だったそうや。それでいて……並み居る剣豪たちとの決闘を繰り返した猛者だったんやて。詳しくは知らんけどな? その御先祖さまが作ったのが月牙蓮華流なんやで」


「…………」


 桜は母の話が耳の右から左に突き抜けてしまうくらいにさっきの事実に呆然としてしまっていた。


(あたし……人を殺す技を教えてもらおうとしてたの……? 母上……どうして……っ)


 人は殺したらだめ、どんな事があってもと教わってきた桜は自分のやろうとしていたことに怖くなってしまった。

 そんな娘の心中を母はすぐに察すると、正座を解いて縁に腰掛けるようにして座り、その隣に来るように軽く手で木の床を叩いた。


「……ほんとはな、さくらんが望まないなら、もうあたしの代でこの技も絶やそうと思ってたんや」


「……母上……」


「な、さくらんはあたしがここまで大切にしてるもんを知りたいと思って教わろうとしたんやろ?」


 お見通しだと、驚く桜に愛らしさの篭った笑みを送り、自分の肩に寄りかからせた。


「さくらんはあたしの可愛い娘やで? そんくらいあの日、さくらんが刀を教わりたいって言った時から分かってたで?」


「う……」


「……もし、まだ月牙蓮華流を教わりたいなら教えたる。……人を殺す技だって言ったけどな、同時に人を生かす技でもあるんやで?」


「……?」


『人を殺す』技なのに『人を生かす』技、矛盾してるじゃないかと桜は頭にハテナマークを山ほど浮かべていると、母は自分で答えを出してみ?と桜にその理由を考えさせた。

 たくさん、色々考えて……暫くしていると、ハッと閃いたように桜の身体がピクリと震えた。


「見つけた?」


「技を……殺すのも生かすのも……その人次第だから……?」


「ふふっ、よう分かったな。そうや、どんな術も殺す力と同時に生かす力も持ってる。どう使うかは自分次第やよ」


「そういうことやったんや……、母上……分かったよ……」


 桜は母から少し離れると再び正座して自分と同じ赤色の瞳を見返した。


「私、母上の技を……月牙蓮華流を教わりたい。自分で身につけて……誰かのために使う」


「……そうか。なら、さくらんも、もっと頑張らんとな?」


 挑発する母の言葉は……どこか嬉しさが篭っていた。桜も思いっきり頷いて、月牙蓮華流の見習いになることを決意した。




 ───その隣で別の決意がされていた事を知ることなく。


 ──────────────



 ──半年後──


「月牙蓮華流……連術『杜若』っ!」


 狂いのない3つの閃が的である竹を4分割する。


「……ふぅ……」


 カチンっと鎌倉赤の鞘に納刀した桜は、長いポニーテールを揺らしながら後ろで見ている母の姿を見た。


「……うん、合格やな」


「ありがとうございました」


 深く一礼し、刀を外すと母の前に収めて履いていた靴を脱ぐと母の前に正座した。


「半年でこの成長速度ならあと何ヶ月かで修得できそうやな。あたしもちょっとびっくりやで?」


「母上…………」


 優しく言う母の姿に桜は膝の上で握り拳を作った。僅か半年の間に夢見は身体が痩せ始めて、顔からも生気が段々と奪われつつあるのがはっきり分かるまでになっていたのだ。


「なんや?そんな辛気臭い顔せんといてや?」


 首を傾げて笑う母はどことなく無理を悟らせないようにしていると桜には見えた。もしかしたら……もう長くないのかもとも思ってしまうほどに。


「母上……っ」


「……さくらんは気にせんでええよ? あたしはまだだいじょう────」


「まだ大丈夫なんて大丈夫じゃない人が言う言葉やてっ!!」


 桜はとうとう我慢できずに足音をたてて立ち上がると驚く母の前で思いの限り叫んでいた。本当はそんな事知りたくもない。最悪の場合さえ考えられる。それでも……桜は自分に何かを隠されるのがたまらなく辛かった。


「母上……どこまで悪くなってるの? 病院にも行ってるんやろ? ……父上も最近元気ないし……あたしにも教えてよ……母上っ!!」


「…………」


 今にも泣きそうになっている桜に母の夢見は少し困ったような顔を浮かべた。そしてため息をひとつ付くと、正座している膝をぽんぽんっと軽く叩いた。自分の膝を枕にして寝転んでというメッセージに、桜も何を抵抗するわけでもなく意のままになった。


「……本当はな……」


「…………うん……」




「あと……多分、生きれて半年くらいや」


「────っ!!??」


「……黙っててごめんな……さくらん……」


 ……余命、半年。

 その言葉は桜の胸を深々と抉りとり顎が震えて止まらなかった。


「残念やなぁ……さくらんのお嫁姿見たかったんやけどなぁ……どうもそれは難しそうやわ……」


「な、ん……で…………」


「あーあ……もうちょっと行けると思ってたのになぁ……」


 覚悟は出来てるんだと母は桜のきれいな赤茶の髪の毛に触れようとして……桜に手を跳ね除けられた。


「なんで!? 病院行ったんやろ!? なんで母上が死ななあかんの!?」


 立ち上がった桜は涙をぼろぼろ零しながら自分の母を思いっきり睨みつけた。恨まれてもしょうがないと思っていた母はこの際にと全てを話した。


「あたしは身体弱いからな、そのせいかなと思うてたんよ。……けど、違った。ちょうど……さくらんが教わりたいって言った日の数日後かな。病院で検査受けたら……ガンやって……それもステージ3の……余命2年って言われたんよ」


「………っ!」


「そりゃあ……あたしもショックで泣いたよ。ふじふじにも伝えたら治療しようって勧められたんやけどな……あたしはそれが嫌やった。副作用でみんなに迷惑をかけるのも嫌やったし、それに────」


「そんなの……っ、そんなのただの自殺やないか!!」


 治療出来る機会はあった。なのに……それを捨てて、寿命を削って……そんなことを今の今まで黙ったままでいられたことに桜の怒りは頂点に達した。


「自分だけの命やと思ってるの!? まだ……まだあたしにも、父上にも……っ、母上が必要なんや!! まだ……なんにもしてあげられてないやないかっ!!!」


「……さくらん……」


「ねぇ、母上……まだ、あたし11になったばっかりやよ? せめて……20か……結婚するまで……生きててほしかった……そうしたら、母上を色んなとこに連れてって恩返ししようって……考えてたのに……そのくらいは……っ、一緒にいてくれると思ってたのにッ!!


 もういい……母上なんかもう知らん! 死ぬなり好きにすればいい!!!」


「っ、さくらんっ!!」


 桜は顔を真っ赤にさせながら、手を伸ばそうとした母の手を僅かに逃れてそのままずっと走った。近くの山をずっとずっと走って……30分後、桜は誰一人来ない山の奥にたどり着くと、その場で膝が崩れた。


「このぉ……っ、親不孝ものがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」


 桜は自分の頬を何度も思いっきり殴った。

 拳も頬も悲鳴をあげたが心の痛みとくらべたらかわいいものだった。


「そんな事してたら……母上はもっと早いうちに刀が握れなくなってた……母上は自分の命まで削って教えてくれたんや……あたしのためにッ!! そんくらい気づいてたやろ!?」


 何度殴っても気が収まらなかった。

 自分の吐いた言葉を思い返すだけで先刻の自分自身を斬り殺したくなった。

 怒りに任せ自暴自棄になって……その後に訪れたのは……果てしない悲しみと怒りの波だった。


「なんで……なんで母上がそんな目に合わなあかんの……? 母上がなんか悪いことしたんか? 母上が何をしたって言うんや!? なぁ!? 神様ってもんがいるんやったら……っ、今すぐ教えてやッ!!」


 どうして自分の母を奪うのかと、誰もいない森に胸が劈かれる悲鳴がただ森のざわめく音の中に溶けていった。


「……母上……っ」


 どれだけ叫んでも……やってきたのは自分の情けなさと無力さだった。あんなことを言って出てきてしまって……今さらどうすればいいか分からなかった。

 暗い緑に覆われた下で動けずにいた桜は自分の父の声が聞こえてきたことに反応した。

 何を言われるか分からない、それでも……会わなきゃと走り出し、その声の方向に走っていくと父である藤正の低い声とは別の……高い声がうっすら混じって聞こえてきたのだ。


(────まさか……っ、いや……でもあの身体でそんなこと……っ)


 山を一気に駆け抜け、その声の主の元に辿りついた時、桜は無我夢中でその身体に抱きついていた。


「……なんで……なんでここにいるの……母上っ!!」


「迷子になってたら……もう夕暮れだから帰ってこれなくなって……さくらんがこのままどっか行ってまうと思ったら……いてもたってもいられなかったんやで…………?」


 藤正の身体を借りながら歩いていた夢見は半分泣きで桜の身体を弱くも暖かく抱きしめてあげた。そんな母の愛情をもろに受けた桜は滝のような涙を頬に伝わせた。


「母上……ごめんなさい……っ」


「気にすんなや? あたしこそさくらんには……悪いことしたなぁ……さくらんに辛い思いをして欲しくなかったのに……かえって辛い思いさせてまったな……ほんと、親失格やなぁ…………っ」


 桜と夢見、そして藤正はそんな2人に黙って寄り添って3人でその場で抱擁していた。


 ……それから、夢見は桜におぶられながら家へと帰宅した。初めは娘にそんなこと……と渋っていたが、ほぼ強引に夢見は桜に背負われてしまった。鍛えてるとはいえ、11歳の桜が抱っこ出来てしまうくらい夢見の身体は軽くなってしまったのだ。

 気づいたら……もうそんな成長してまったのかと桜の成長に感動し、そんな可愛い娘と夫といられる時間の短さに桜の肩にしがみつきながら、こっそりすすり泣いていたのだった。




 ─────────────────


 ───夢見は帰ってから、桜に自分の命の使い道を話した。


 ───ただ、一つのため。


 ───桜に自分の全てを受け継いでもらうために。


 ───それが……今してあげられる1番のことだからと。


 ─────────────────



 そして……余命と言われていた半年が過ぎ……9ヶ月が経った12月19日、その時は……訪れた。


「……さくらん……ふじふじ……」


「どうしたの、母上?」


「どうした、なんでも言ってくれ」


「身体……起こしてくれんか……?」


 浅い呼吸の夢見は2人に頼み、起こしてもらうと自分の刀と巻物を取るように言った。


「その……刀、『影斬桜』は……さくらんに……あげる。それに……月牙蓮華流……よく奥義まで辿り着いたなぁ……あたしは……満足やよ……」


「母上……っ、2年と……半年の指導……ありがとうございました……っ」


 桜は涙を見せまいと顔を真っ赤にしながら頭を下げると、夢見はにっこりと笑って頷いた。


「これで……ううん……ほんとなら……1回でもいいから……あたしの1番の技も……教えてあげたかったんやけど……力……入らへん……」


「ううん……これで満足やよ……母上……っ」


 後悔したように目を少し閉じる夢見に桜はひたすらに首を横に振った。半年を……桜のために使った夢見は……ただそんな時でさえ笑ったままだった。


「29……かぁ……神様もいじわるやな……はぁ……けど、いい夫と……かわいい……娘に恵まれて……幸せやったよ……」


「俺も……お前とあえて……本当に……っ」


「……あたしも……っ、あたしも母上が……お母さんでよかったよ……こんないいお母さんなんて……世界探しても……いない……よ……っ」


 2人とも……泣くまい、泣くまいとしながらぼろぼろと涙を流す様子に夢見はゆっくりと息をしながら、少しの後悔を話した。


「さくらんの……お嫁姿……見たかったなぁ…………」


「っ、あたし……きっといい人と結婚して……母上に紹介するよ……っ、母上なら……きっと見てくれるやろ……?」


「……ふふ、そうやな……いい人、探すんやよ? ……はぁ………ふぅ…………」


 もう疲れたと言わんばかりの夢見をゆっくりと寝かしてあげようとした……その時、夢見の口が少し開いた。


「…………に、わ……」


「母上……?」


「いか……せて…………」


 言葉も虚になり始めていた夢見が何を言いたいのか、すぐに理解した桜は四つん這いの姿勢から絶対に負荷をかけないように立ち上がると、いつもの練習場所だった砂の庭場に来た。まだ練習用の竹が今日もやろうと備えられていたままだ。


「母上……着いたよ……母上が……あたしにこの技を教えてくれた場所だよ……」


「…………」


 おんぶしている間……ずっとぐったりしている夢見に桜はその生死を確認するのが怖くて……たまらなかった。


「母上……もうゆっくり休んでいいからね……?」


 これに返事がなければ……反応が返ってこなかったら自分の背中で母は死んだんだと覚悟の上で話しかけた。


「…………す、い……れん、か……」


「っ、母上……?」


 夢見がそう桜の傍で呟いた……その瞬間、夢見が強制的に桜から降りて……桜が脇に差していた影斬桜を手にかけた。さっきまで一切力が入ってなかったのが夢みたいに力強かった。


「母上……なに、を……」


「…………」


 不安がって……桜は自分の母の瞳を覗くと……そこには最初に見た……その覚悟とは比べ物にならない力で目の前を見る桜とまったく同じ色の瞳があった。


「…………分かったよ……母上……っ」


 そこに込められた……残った全てを注ぎ込んでいるのを感じたのを感じた桜は、その刀を主の最期に付き添わせるべく、外して夢見の手に握らせてあげた。

 その時、桜だけにしか聞こえないくらい小さな声でつぶやくのが聞こえた。


「『秘剣』……睡蓮唄……」


「─────っ!!!!」


(うそやろ……母上……もう……体動かないはずやろ……? なんで……なんでそこまで……っ)


 夢見は渡された刀を握りしめ……鞘から刀身を顕にさせた。そして……自分の腕の一部に刃を薄くあてて自らの血を手に伝わせた。

 それを……刀身に向けて注ぎ込んだ。


 流れ出た血潮は刀身を伝わり、鋼色の刃に赤の紋様が刻まれる。


「…………すぅぅぅ…………」


 深く……深く……息を吸う夢見。もう、その身体に生気は感じられなかった。だけど……その刀だけは……満開になった花がたった今、花弁を散らそうとするかのように、刻まれた血の紋様から血が滴らせようとしていた。


 そして……一滴の真っ赤な魂が砂に染み渡る時、桜に『夢を見せた』。


 一瞬が永遠かのように思わされたその刀術は桜の心に刻み込まれた。


 そして、その刀術が終わった時、夢見は自分の愛刀を地面に突き刺した。そのまま、膝を静かに折って……二度と動くことはなかった。




 ───ふふっ、すごいやろ?



 今にもそう言いそうなくらい優しい笑みを浮かべたまま────


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る