天音とマスター

「その様子だと、思い出したみたいですね。それなら、よかったです」


「……あくつさん…………ボクは……」


 とんでもない事をしてしまったと言おうとした天音を阿久津は遮るように話を切り出した。


「由莉さんの望んだことでしたので、気にしなくていいですよ。……正直、ヒヤッとはしました……けどね」


「まったくにゃ」


「っ、ねこさん……」


 阿久津の後ろからヌッと出てきた音湖は腰に手を当てながら2人のことを見ていた。


「まっ、何はともあれ、これで大部分は……解決かにゃ。それに、隣で会話が丸聞こえだったから何があったのかは把握してるにゃ」


「……ボクは…………」


 由莉が瀕死の状態の時の音湖の焦り具合も、お見舞いの時に涙目になっていた音湖も見てきた天音は謝ろうとした───が、その頭は音湖の人差し指でおでこを押されて下げることが出来なかった。


「ほんとに……2人とも無事なら、うちは気にしてないし、むしろ、うちとあっくんの時はもっと酷かったから案じることはないにゃ〜、にゃ、あっくん?」


「私が肋骨左右2本ずつ折れたのと全身の裂傷……ねこが左腕の脱臼と全身打撲……でしたかね」


「こわいです」

「やばいですよ」


 本気の殺意がぶつかり合うと死ななくてもこうなるのか───と由莉も天音も少し顔を引き攣らせていた。

 …………と、そこでふとさっき言っていた事が本当なのか由莉は阿久津に聞くともちろんとしっかり頷いた。


「天瑠さんと璃音さん……でしたかね? 見つかる可能性があるとしたら、今日の深夜からあそこで開かれる新年の祝いの場だと思いますよ?」


「でも……い、いいのですか?」


「丁度、今年は初詣も行きたいと思っていたので全員で行きましょう」


「っ、……全員……ってことは……」


 天音は全員という言葉に強めに反応を示した。そう、全員ということは……つまり…………、


「もちろん、マスターも連れ出しますよ」


「マスター…………。あの人と……ボクは、どう接していいのか分からない……っ」


 苦しそうに天音は俯いて手を握りしめた。


 ───……もう、あの人は仇じゃない。あいつが本当の仇なのは……分かってる。だけど……っ、あの人の所にいたから……パパとママは……死んだ。それは……変わらない…………っ。


 天音だって……この世界が……両親のいた世界が危険な所だと理解している。それでも…………


「……天音ちゃん?」


「っ、ゆりちゃん……」


 悩みの中に引き込まれようとしたその時、天音の手を由莉は握った。それにハッとなって泥沼のような思考ループから辛うじて抜け出すことが出来た。


「マスターはね……きっと、天音ちゃんの事をすごく……探してたんだと思うよ。私がマスターの立場でも……そうする。何年……何十年かかっても、きっと天音ちゃんを見つけだす」


「……でも……分かってても割り切れないよ……っ。パパと……ママは……それで……っ!」


「…………でも、そのおかげでマスターは生きてる。だから、私はここにいる。……天音ちゃんにも会えた。何か一つでも狂ってたら…………私たちはここにはいないんだよ」


 …………細い糸のように、常にいつ切れるか分からない運命を辿って由莉も、えりかもここまで来た。


 由莉は……たった一つ間違えば……既に死んでいる。いくつも、いくつも……由莉の助けになったのは側にいてくれた人たちだった。

 天音は……たった一つ違う運命を辿れば……色んな道があったのかもしれない。もっと幸せな道があったのかもしれない。……死ぬこともあったかもしれない。

 だけど、天音も由莉もこれだけは…………確実に言えた。


(きっと……それが必然だった。天音ちゃんに会えたのも……偶然じゃなかった)


(だから……こうやって……ゆりちゃんと会えたのかな。瑠璃とも……天瑠とも、璃音とも……)


 偶然が必然となり、細い糸のように紡がれた物語でも、それが現在を形作る。当たり前かもしれないが……そんな中で生きているのだ。


 ようやく決心がついた天音は自分を助けてくれた由莉に本心からの感謝と共に、自分の意思を伝えた。


「……ゆりちゃん、本当にありがとう。ボク……あの人と話してくる。これは、ボクが向き合わなきゃいけない……問題だから」


「…………うんっ」


 ───────────────────


「天音さん、ここがマスターの部屋です。……それでは」


「あくつさん……ありがとうございます」


 阿久津に部屋の前まで連れてこられた天音はそのドアをゆっくりと開けた。そこには、来ることが分かっていたように、マスターが自分の机の前に立つような形で部屋にいた。


 来たからには話さないといけないと、天音は口を開く。


「…………あなたは、」


「天音。今度、2人の墓に行こうか。天城と詩音に会いに行こう」


 割り込むようにマスターがそう言うと、呆気に取られていた天音はおずおずと頷いた。それを見たマスターは少し一息つくと─────、








 天音の目の前で膝を折った。


「っ!?」


「…………天音。本当に……すまなかった。天城と詩音の約束も守れず5年間……天音に辛い思いをさせたのは……全て私の未熟さが故だ」


 一組織のトップが謝るどころか土下座までするという事───その重大さを天音は何となくだが、分かっていた。


「今の私には……これぐらいしか出来ない。この頭1つでは……天音の苦しみは償いきれない。本当に……すまなかった」


「…………頭あげて。ボクは……そんなことして欲しくない」


 天音は冷たさを込めながらそうしてマスターが土下座するのをやめさせると、聞きたかった事を聞いた。


「パパとママの死は何かの役に立ったの?」


「……あぁ。それから、着々と他の組織をRooTに服従させた。甘さは……2人の死があったてから捨てた。もし……あのまま組織を形作っていたら全員が危険に晒されていただろうな……」


 そう話すマスターの言葉に嘘偽りがないと感じた天音は俯きながらも……しぶしぶ首を縦に振った。


「…………なら、死んだパパとママも報われるかな……。でも、ボクはまだあなたを認めない。パパとママが命を張って生かせた価値があったのか────見させてください。…………それに、あなたにお願いが、」


「天瑠と璃音はここに連れてくるといい。必要があれば『何でも』頼ってくれて構わない」


 天音の言わんとしていた事を分かっていたように、マスターはその2人の受け入れに快諾した。さらには使い方によってはかなり強い権限を与えられた天音は驚愕しながらも、あまり顔に出さないようにしながら部屋を去っていった。


 少し強く言い過ぎたかな?とも思ったが、それでも……これからここにいるわけなのだから、遺憾はないようにはしたいとも思っていたし、言いたいことは言えた感触と共に天音は由莉が待つ部屋へと向かった。


 大好きな由莉の元へと…………。


 ───────────────────────


 〜それから時が少し経ち、新年まで残り2時間〜


 音湖に手伝ってもらいながら、由莉と天音は4ヶ月ぶりに着物の袖に腕を通した。由莉の桃色の浴衣姿、天音の空色の浴衣姿を見て互いにうっとりしたように見つめあってい。


「ゆりちゃん……本当に可愛いね〜」


「そういう天音ちゃんこそ、すっごく可愛いよ!」


 唐突に『可愛い』と言われた天音は真っ白な肌を急激に赤く染めた。どうやら慣れていないようだった。


「なぁっ!? か、可愛いは……恥ずかしいからやめて……」


 ちょっと───いや、相当可愛いと思ってしまった由莉は、少しからかうつもりでもう一回………、


「────可愛いよ?」


「だからやめてーーっ! ゆりちゃんのいじわるっ」


 少しだけ瞳を潤ませながらポカポカと自分を叩く天音を由莉は少し笑いながら謝ると天音はムスッと頬を膨らませていた。


 ──────天音ちゃんに『可愛い』っていうのは割と禁句なんだ……すっごく可愛いのになぁ〜


「にゃ〜、人を置き去りにしていちゃつくなんていい度胸にゃ〜ま、2人なら別にいいかにゃ。……さて、あっくんもマスターも車で待っているはずだから行くにゃ」


「はいっ!」

「はい!」







 2つと2つ──────出会う時は……刻刻と近づいていた。

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