後に生まれてきただけのわたし

「……おーい、由莉ちゃん? っているわけないか……いったいどこだってんだよ」


 感覚がよく分からない空間で天音は立ち上がるとあたりをキョロキョロ見回す。だが、だだっ広すぎてよく分からない。分からないことだらけだ。


「ボクは……えりかの映像を見て……それからどうなったんだ?」


 腕を組んで悩んでみるも、全く分からない。じっとしているのもいやになった天音は歩けるかすら分からない空間で取り敢えず歩いてみた。


 ────あれ……進めるんだ。だったらそのまま行くか。


 地面を歩く感覚はないのに、進んでいる感覚があるという、不思議な感覚に囚われながら、天音はひたすらに歩いた。


 それからどれぐらいか経つと、突然、目の前にキラキラと光る球が浮かんでいた。なんとなく興味本位で触れてみると───自分の意識が暖かいなにかに包まれるのを感じた。


 ──────────────────


『もう大丈夫?』


 目の前には……由莉が天音───いや、えりかと座りながら目を合わせている。それが……天音は少し離れたところから見えた。


 ───これは……?


『はい……ありがとうございます、ゆり……ちゃん?』


『……ちゃん?』


『だめ……だった……?』


 何故こんなものを見ているのか───何より知らない記憶に天音は理解が追いつくのに幾許かの時間を要した。


 ────あぁ……これ、記憶をなくしてる時のボクなんだ……。


『う、ううん!全然いいよ!……うーん……、あなたの名前が分からないから……なんて呼んだらいいのかな……そうだ、名前を思い出す間、私が名前つけるよ!それでも……いいかな?』


『……うん、ゆりちゃんが付けてくれるなら……嬉しい』


 少し照れながら由莉を見つめる自分を見ていて……天音は少しだけ驚いたように目を丸くした。


 ────ボクって……そんな顔出来たんだ……もう、出来ないと思ってたのに………


 可愛らしく笑うえりかを天音は心のどこかで嬉しそうに見ていた。

 ……しばらく悩んだように由莉は考えていたが、ふと思い立ったようにその名前を口にした。


『───えりか』


『えり……か…………?』


『うん……うん!それがいいよ、可愛い名前だし!……あなたはそれでいい……?』


『うん、それでいいよゆりちゃん』


 …………そこで、その光は消えていって、天音は元の場所に立っていた。


 ────由莉ちゃんとあった時のこと……か。記憶をなくしたボクは…………昔のボクみたいだな。


 なんとなく、そんな気持ちを持っていた天音だった。……ふと、前を向くと、さっきの光の玉が何十も────何百も無数に散らばっていた。どれも綺麗な黄色をしていて、その中には由莉とえりかの過ごした楽しい日々が映っていた。どれも、本当にキラキラしていて……眩しかった。


 ────ほんとに……楽しそうにしてるな。……もし、ボクが最初に由莉ちゃんと会ってたらこうなってたのかな……


 楽しそうに笑うえりかを見て自然に笑みが零れる天音はそんな光の玉の映す思い出をゆっくりと眺めていた。



 しばらくそうすると、突如として迸るスパークを発する赤に輝く光の玉を見つけた。初めて見るその球になんとなく天音は触ってみた。


 ────────────────────


『ゆりちゃん、これって…………』


『これはね、『銃』っていう武器。……人を殺す事が出来るものだよ』


 天音が見たのは由莉がえりかにあの銃を突きつけているところだった。一見はピンチもいいところだ。なんにも覚えてない身には避ける手段なんてない。えりかはどうやって乗り切ったのか───

 そんな事を思いながら見ていた。


『やろうと思ったら今この場で……えりかちゃんを撃ち殺す事も出来るんだよ? 今、私が引き金を引けばこの子の銃口からえりかちゃんの頭を吹き飛ばすために銃弾が撃たれる』


 銃口を脳天に突きつけられ、その場から動けなくなるえりか────いや、これは……動かないのだ。恐怖などではない。


 ────えりかは……何に怒ってるんだ? ……裏切られたこと? いや……でも、こうして生きてるってことは、ここから何かあったのか…………


『怖いでしょ?今まで側にいた人が本当は人殺しだったなんて。だから…………もう……』


『………………っ!』


『えりかちゃんの……側には──────っ!?』


 乾いた音が聞こえると同時に、由莉が軽くよろめいた。えりかが思いっきり由莉の頬を平手打ちしたのだ。


『ゆりちゃん、本当の気持ちをおしえてよ……私を傷つけたくなくてやってるなら、がまんしないで本当のことを言ってよ!!』


 それまで、ずっとやんわりしていたえりかが本気で由莉に怒ったのを見た天音はほんの少しだけ笑っていた。


 ────すごいな。銃を向けられても物怖じしないなんて…………いや……これは……えりかが由莉ちゃんを信じていたからか…………? どちらにせよ……やるじゃん、えりか。


 友達に武器を向けることの辛さを誰より分かっている天音はそれからの由莉の話とその思いがなんとなく分かった。そして思った事は…………、


 ─────だから……えりかはこんなに優しいんだ。出会ったのが由莉ちゃんだからこそ……こんな風になったんだな。…………ボクも、由莉ちゃんみたいな人と会ってたら変わってたのかな……


 ────────────────────


 光が消え、再び元の場所へ戻った天音は次々に無数にある光の玉を手当り次第に覗いていった。


 赤は怒り、青は悲しみ、黒は───殺意。

 そんな負の感情の球もいくつかあった。


 だが……………




 ─────こんなの見たら……すごく幸せだった事ぐらい、ボクにだって分かる。


 天音の目の前には────太陽のように輝く無数の光の玉が瞳を彩っていた。その輝きは────嬉しさ、楽しさを由莉と感じているものばかりだった。


 こんなに……楽しい人生を送っていたんだと………天音は嬉しさと羨ましさ……そして、虚しさが入り混じった。


 ─────なぁ……えりか。……ボクと代わった方がいいのかもしれない。ボクと一緒にいるより…………えりかと一緒にいた方が由莉ちゃんは絶対に楽しい。…………っ、でも……天瑠と璃音を迎えに行かなきゃいけない………くそ……っ、どうすればいいんだよ…………


 最後の光の玉を抱き抱えるようにして膝から崩れ落ちる天音に────誰かが背中に寄りかかった。


[……ぜんぶ……てにいれようよ]


「っ!? お前は…………っ!」


[…………あまねちゃん。どっちもかなえようよ]


 びっくりして立ち上がった天音が急いで振り返るとそこには、後ろを見て座る容姿が全く同じ自分がいた。そして……振り返ると……それは天音───いや、えりかだった。


「えりか……なのか?」


[……うんっ、……あえるなんて思わなかったし……もう、きえちゃうんだって思ってた。けど……こうやって会えてほんとうによかったよ]


 手を後ろで組みながら「えへへ」と笑うえりかに、天音は急いで駆け寄った。なにか話そう───、そう思っていたのに、いざ自分を前にすると何も言えなくなった。


「…………ボクは───」


[ねっ、ゆりちゃん、強かったでしょ!]


「っ、……由莉ちゃんは……強かった。けど……どうしようもなく馬鹿だ……自分の身を犠牲にしてまで……ボクを止めようとするなんて…………」


[ばか……かぁ……でも、それがゆりちゃんだよ。ぜったいにあきらめない、とっても強いゆりちゃん。────わたしの全てで、わたしのあこがれで……わたしの1番の友だち]


 えりかの優しくも力強い言葉は……実際に話すと、本当に強いんだなと天音にも感じざるをえなかった。


「…………ボクは、由莉ちゃんを殺そうとした。……ボクに……由莉ちゃんの隣にいる資格なんて、えりかより───」


[それ以上いったら、おこるよ? わたしは……たまたまうまれただけ。あなたの代わりは……わたしは出来ないし、ゆりちゃんが仲良くしたいのは……あまねちゃんだよ]


「…………強いな、えりかは。なんか、由莉ちゃんみたいだ」


[えへへっ、そうかもね? やさしさも、あきらめのわるさも、全部ゆりちゃんにおしえてもらったから、ね?]


 えりかの由莉に対する………莫大なんてあまっちょろい言葉では言い表せなかった。えりかの中の世界は由莉だけで構成されているって言ってもいいくらい──────。


「…………それで、こうしてボクに会いに来たってことは……なにかあるんだろ?」


[うんっ、きえちゃう前にあまねちゃんに話がしたかった────けど、あまねちゃんなら……やっぱり大丈夫だって分かったから……やっと、本当のわたしにゆりちゃんを───わたしの全てを託せるよ。……やっと、わたしの役目が……終わる]


「……………………」


 安心したように笑うそのえりかの言葉が……天音にあの言葉を思い出させた。





『さぁ、天音……やって? 天瑠と璃音のためなら───この命、この思い、2人のことも、全部……全部、天音に託せる。天音なら……っ、瑠璃の全部をっ!』




 ────またか……また、なのか? …………もう、辛い思いを……誰かにさせるのか? 


[じゃあ……そろそろいくね? あまねちゃん、ゆりちゃんとなかよく────]


「わる…………っ!」


[……ぇ?]


 えりかは消えようとする中───天音はその腕を握りつぶす勢いで掴んだ。びっくりしたようにえりかは天音を見ると────、天音は喉が壊れるくらいに叫んでいた。






「断る!!!!!!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る