由莉とえりかは決断しました

 あれから3日後、えりかの手は2日で完治し、音湖の顔の腫れも3日時3晩寝たおかげですっかり元気になっていた。そんな音湖のお見舞いに由莉は毎日練習が終わってから来ていた。えりかは会うことを躊躇い由莉と一緒に行こうとはしなかったが、部屋の側で壁越しにどんな事を話しているのかと由莉にも隠れてこっそりやっていたのは事実だ。


「音湖さん、もう平気?」


「大丈夫にゃ、由莉ちゃん。明日からは問題なく動けそうにゃ」


「ほんとですか!?」


 寝ている音湖の目線に合わせて立ち膝をする由莉はその言葉にパァっと目を輝かせた。そんな由莉を音湖はそっと手を動かし頭をくしゃっと撫でてあげると、気持ちよさげな声を洩らしながら目をつぶっていた。


「それでだけどにゃ、由莉ちゃんに相談したい事があるにゃ」


「……? なんですか?」


「うちを……由莉ちゃんの師匠にして欲しいにゃ」


 音湖から切り出されたその提案は由莉には思ってもみないほどに嬉しかった。


「なんでかは……由莉ちゃんが思っている通りの答えだにゃ」


「……私と音湖さんの戦い方に共通する部分があるから、ですか?」


「ご名答にゃ。なるほど……あっくんが舌を巻く訳だにゃ……由莉ちゃんの戦闘スタイルはあっくんに教えて貰ったにゃ。瞬間的な速さならうちに届くかもしれないって言ってたにゃ」


「音湖さんに……ですか?」


「ま、今はまだまだだけどにゃ。そうだにゃー……見れば分かるんだけどにゃ……。と、ともかく、そういう訳にゃ」


 由莉は今の師匠である阿久津に認められていたことを他の人から言われると心の奥底から嬉しくなった。直接言われるのとはまた別の嬉しさがこみ上げてくる。そんな喜びを噛みしめながら由莉は立ち上がると音湖にゆっくりと頭をさげた。


「音湖さん……お願いするのは私です。お願いします……えりかちゃんを助けたい、その為にも……死なないためにも力が欲しいです。私を弟子にしてください」


「うん、了解にゃ。ただし、うちと練習する時はえりかちゃんとは少し離れ離れになってもらうつもりにゃ。その点は……えりかちゃんと話し合って決めてほしいにゃ」


「……理由を聞いてもいいですか?」


 由莉の中ではあくまで確認のためだったが、音湖は頷くと由莉の予想通りの答えを口にした。


「……由莉ちゃんとえりかちゃんが同じ練習をしていたら追いつかない可能性があるにゃ。期限が分からない状況でいつその時を迎えるか分からない……としたら、由莉ちゃんだけ違うメニューで練習して伸ばした方が最終的には2人のためになると思うんだにゃ。由莉ちゃん、分かってて聞いたにゃ?」


「……はい」


 由莉がこのままじゃいけないと思った理由がこれだ。もう、2ヶ月が経った……なのに、由莉は未だにえりかに勝つことが難しいことに少し余裕がなくなっていた。えりかにも悪いことをするかもしれないが……今は手段を選んでいられないのだ。


「じゃあ、どうするかは……えりかちゃんと相談するにゃ」


「はい。じゃあ、今すぐえりかちゃんに―――」


「その必要はないにゃ。……えりかちゃん、聞いてるのは分かってるから部屋に入ってくるにゃー」


 立ち上がろうとした由莉を制止させた音湖はそうやって壁の向こうに呼びかけるとガチャっという音と共に恐る恐るえりかが入ってきた。


「……どうしてわかったんですか?」


「気配の察知はうちの領分にゃ。この3日間、ずっとうちと由莉ちゃんの事が気になって壁越しに聞いてた、違うかにゃ?」


「……そうです」


 ほんの少しだけ浮かない顔をしているのはさっきの話を聞いてしまったからなのは由莉にもすぐに分かった。えりかがいないと思って……弱音を零してしまったと由莉は唇を噛んだ。


「えりかちゃん……」


「ゆりちゃん……わたしのことはいいから……やって? ゆりちゃんのじゃまになるようなこと……もうしたくない…………っ」


 苦虫を食いつぶすように、えりかは悔しそうにそう話した。本音は由莉とずっといたい。音湖と一緒になんて心配で仕方がない。けど……もし、ここで駄々をこねれば間違いなく由莉の障害になると今回ばかりは分かっていたのだ。

 この決断がどれほど苦しいものか由莉には分かりえなかった。だからこそ、そんなえりかを由莉はぎゅっと抱きしめた。不安や苦しさを少しでも和らげてあげる方法をこれしか知らなかった。


「ありがとう……えりかちゃん…………っ。辛くないわけないのに……っ」


「……ゆりちゃん、わたしからもおねがい。ぜったいにわたしを倒せるようになって? そのためなら……わたし、がまんするから。それでずっとゆりちゃんといっしょにいられるなら…………っ」


 えりかは1度由莉から離れると音湖のすぐ側に行き、頭を深々とさげた。その行動に音湖はほんの少しだけ目を丸くした。


「……ねこさん、ゆりちゃんをお願いします」


『お願いします』、たった一言、それにどれだけの思いと願いが篭っているか、その思いが束になって音湖の心に受け渡らさせた。そして、その思いに答えるように音湖は起き上がると真剣な眼差しで今も頭を下げ続けるえりかを見た。


「任せるにゃ。その思い、無駄にはさせないと誓うにゃ」

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