由莉とえりかは夜ご飯を食べました
地下室から出て自分たちの部屋へと戻っていた2人だったが、到着する前から漂う甘くて香ばしい匂いが微かに鼻をくすぐり、お腹の空いた少女達をさらに追い詰める。
「ふわぁあ〜ゆりちゃん、わたし……もうだめぇ〜」
「匂いでえりかちゃんがやられちゃった!? 部屋までもう少しだから頑張ろ?」
「ゆりちゃん、おんぶしてぇ〜」
「だ〜めっ、甘えすぎちゃだめだよっ」
「ううぅ〜……おなかすいたよ〜」
それでも、由莉は仕方ないとえりかの手を握って体を支えてあげながら部屋のドアを開けた。すると、部屋の中から溢れ出るようにその匂いが2人を包み込み、我慢していた由莉までも、へにゃっとなってしまった。なんせ、昼ご飯を少ししか食べていない身だ。食べすぎると練習に支障をきたすとあまり食べていないから胃袋が空っぽ寸前の2人にこの匂いはズルいくらいに来るものがあった。
「由莉さんもえりかさんも夕食出来てますよ。今日も、お疲れ様でした」
「うぅ……阿久津さんそれってなんですか? すっごくいい匂いがします……」
「おなか空きました……」
由莉たちの部屋で待っていた阿久津は2人が今にもよだれを垂らしそうな表情でいるのを見て笑いながら椅子の方へと手招きした。
「2人が食べるのは初めてですかね。うなぎとそのタレを使った炊き込みご飯をしてみました」
「はぅぅ……早く食べたいです……」
「うなぎ……」
足をバタバタさせて早く早くと言わんとする由莉とえりかのお椀に阿久津は持ってきた炊飯機を開けて中の炊き込みご飯を山盛りに盛り付けるとすまし汁も出してあげた。
2人はしっかり手を合わせて『いただきます!』と元気よく言うと、即座に箸を手に取り完全に女の子の食う量ではないくらいに盛り付けられたご飯をかき込んだ。
赤茶色に輝くご飯粒一つ一つに甘辛いタレの味が濃縮されたかのように口の中で甘みを爆発させて、そこに程よい大きさに切られた肉厚なうなぎのふっくらとした身とパリッとする皮がご飯と絡み合い、レベルの違う相乗効果を生み出している。
「おいしい〜……はむっ……もぐもぐ」
「しあわせだよ〜あむっ、ん〜〜っ」
たった一口で2人は夢の国に誘われたような気分を味わいながら夢中で食べ進めていった。ふと、そろそろ口の中がタレの味で支配されそうになるタイミングで意識せずとも由莉とえりかは同時にすまし汁を啜った。
透明な液体に豆腐と三つ葉の茎のシンプルなものだったが、その単純な味付けが濃厚なうなぎの炊き込みご飯の味との相性は抜群で、白だしと醤油のほのかな味わいが口の中を1度クリアにする。そうして2人はまた炊き込みご飯にがっついていた。
心の底から嬉しそうに、美味しそうに食べてくれる由莉とえりかを見てて阿久津は心が洗われる気分だった。ここまで嬉しそうに食べてくれる人にご飯を作れるならそんなに良いことはないんじゃないかって思わせるくらいだ。
「2人ともおかわりもあるんで、好きなだけ食べてくれていいですよ。鰻には栄養素が豊富に含まれているので体に凄くいいんですよ。由莉さんもえりかさんも体が資本ですから、しっかり体力とスタミナをつけてくださいね?」
「は〜い!」
「はいっ」
★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
2人ともそんな大盛りのご飯を2杯も食べてしまい、お腹もパンパンに膨れて満足し尽くした。
「ごちそうさまでした!」
「ごちそうさまでしたっ」
「はい、お粗末さまでした。2人とも本当によく食べますね。元気でなによりです」
阿久津は内心、絶対に普通の女の子が食べる量の倍……成人男性よりも食べている由莉とえりかの胃袋の大きさに度肝を抜かれていたが、そんなに自分の作った料理を気に入ってくれる事に感謝しか抱いていなかった。
「食べすぎちゃったよ〜あっ、ちょっとトイレにいってくるね〜」
「いってらっしゃーい」
えりかは少し急ぎつつ阿久津に皿を渡すとトイレがある方向へと走っていった。
「阿久津さん、本当に美味しかったですっ」
「ふふ、それは良かったです。……それで、話を変えますけど……えりかさんと戦ってみてどうでしたか?」
阿久津はここしかないというタイミングで由莉に聞きたかった事を尋ねると由莉は少し首を傾げながら自分の思った事を全て話した。
「えりかちゃんは……本当に強いです。なにより、あの膝を崩させる技が本当に破れなくて……それを無くしてもえりかの体の使い方が本当に戦い慣れしてるような感じがしました。それに……なんだか、えりかちゃんがすっごく負ける事に対して嫌がるようになりました。だからこそ、本気で戦えるんですけど……」
「由莉さんに似てきたんですね、絶対にそうですよ」
「そこまではっきり言われると複雑です……」
でも、否定は出来ない……と少し萎む由莉を阿久津は少し笑いながらも、その実力差をどう埋めるかを考えていた。
「私もえりかさんの実力を見て……正直少しだけ焦りましたね。不意を突かれたのもありますが……本当に由莉さんが乗り移ったみたいに諦めがなくなっていましたし」
「私をお化けみたいに言わないでくださいよー! ……でも、本当に初めて戦った時とは比べ物にならないくらい強くなってると思います。今の状態では……勝てません」
由莉だって負けるのは本当に嫌いだ。負ける度に悔しさがこみ上げてくる。……だが、そんな由莉でもえりかとの実力差が今では埋めようがないことぐらいは分かっていた。
「……もっと厳しくする事も出来なくはありません。けど、それは由莉さんを傷つけかねませんよ? 下手すれば……死にます」
「…………それでも、私はえりかちゃんを助けたいです。大切なものの一つさえ守れないくらいなら死んだ方がマシです。でも、死ぬつもりは一切ありませんし、出来る限りは生きたいです」
「やはり、由莉さんは本当にいい目をしていますね。由莉さんのその覚悟が篭った目はマスターにそっくりです」
琥珀の澄んだ瞳に宿っている滾るまでの炎を感じた阿久津はつくづくそう思った。そして、そう言われた由莉も満更でもない様子だった。
「マスターと一緒……えへへっ、なんだか嬉しいです」
「でも、由莉さんはもう少し体術を身につけてからですね。それでまた私に勝てたら……本気で相手をしましょう。本当に殺し合いになりかねないので、覚悟は……って愚問ですね」
「はいっ!」
いよいよ、阿久津が本気を出してくれる日が近づいてきたんだと思うと由莉はどうしようもなく嬉しく感じた。そこまで来たら……もしかしたらえりかちゃんに勝てる日も近くないのかもと意気込んでいた。
それから間もなくしてえりかが戻ってくると、阿久津は食器の諸々を持ちながら、明日の昼にはこれのおにぎりを作りますと言って、部屋から出ていったのだった。
「じゃあ……えりかちゃん、寝よっか」
「うん……わたしも、もうつかれちゃったよ……」
そして2人は倒れ込むようにベットに寝転がるとそのまま死んだように、安らかな眠りについた。その寝顔は……本当に本当に幸せそうにしていた。
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