えりかは本気になりました
由莉は勢いよく重たいドアをこじ開けるとえりかは銃をホルスターにしまったまま壁にもたれかかって寝てしまっていた。だが、場のド凄い硝煙の臭いがえりかが相当数撃っていたことを物語っていた。
「えりかちゃん、起きて?」
「んにゃ……? ゆり……ちゃん……? ゆりちゃんだ!」
よっぽど一人が寂しかったのだろう、えりかは目が覚めて由莉がいることを認識するや否や、飛びかかりギュッと抱きついた。
「わあぁ!? も〜急に抱きつくのはやめてって何度も言ってるでしょ? ……でも、今は仕方ないね」
「えへへ〜ゆりちゃん、ゆりちゃんっ」
一緒の空間にいることが至上の喜びだと言わんばかりに離れようとしないえりかを、由莉は本当に甘えん坊さんだとそっと頭を撫でてあげた。
「1人にしてごめんね……大丈夫だった?」
「ゆりちゃんががんばってるんだもん。平気だよっ。少しさびしかったけど……」
もじもじしながらそう言うえりかを見てたまらなく抱きしめたくなった由莉だったが、まだ特訓の最中だからと、なんとか我慢した。
「じゃあ、えりかちゃんも外行こ? 次はえりかちゃんの番だからさ」
「うんっ!」
そうして立ち上がった2人は自然に手を繋ぐと、そのまま外へと出ていった。阿久津もそれに続いて出ていく前に……ズタボロになった人形をチラッと見てから行ったのだった。
★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
「さて、えりかさんは……どうしますか?」
「…………?」
えりかは由莉から貰った模擬ナイフを構えて阿久津と正面を向かい合っていた。ちなみに、由莉はそこから少し離れた所で見守っている。
「由莉さんには色々と教えなければいけないのですが……えりかさんは下手すればもう技術が身についている可能性があるんですよ」
「あっ、じゃあ……ゆりちゃんにわたしがたたかっている所を見せてあげたいです。少しでもやくに立ちたいですし、もしかしたら……また何か思い出すかもしれないので」
「なるほど……分かりました。では、本気で殺すつもりでかかってきてください」
阿久津は全てを理解したようで由莉とやっているように本気の姿勢を見せると、えりかも恐る恐るナイフを構えた。殺すつもりと言われても、どうすればいいのか今のえりかには分からなかった。
「殺すつもり……? 殺すつもり…………」
「…………私を、由莉さんを殺そうとした人だと思ってやってみては?」
「っ!!?? ゆりちゃんを……殺そうと…………」
阿久津の一言でえりかの雰囲気が一気に変わった。さっきまでの少しおっとりしていた様子からは考えられない怒りというのも烏滸がましい気をぶちまけている。えりかのやる気を引き出すなんて事は児戯にも等しかった阿久津は、本物を見るために最後のトリガーに指をかけた。
「由莉さん、えりかさんに『殺せ』と言ってみてください。それでえりかさんが完成すると思いますよ」
「えっ……? …………分かりました。えりかちゃん、『その人を殺す気でやって』?」
そうしてえりかは……今の時点での最高の状態へと格が引き出された。『由莉を殺そうとした人』、『由莉自身からの命令』、えりかを本気以上に本気にさせるには余りにも充分だった。ありあまっていた気配が内に秘められ、少しの隙すら感じられなかった。
「っ! うんっ、ぜったいに……殺すよ」
その言葉を口にした瞬間、えりかは一気に駆け出す。それでも、由莉の速度までは追いつかないが、常人にはとても反応出来ない。
…………常人ならば、の話だが。
阿久津はそれに冷静に対応しナイフを突き出した方の手首を掴もうとする。が、えりかは咄嗟にしゃがむと、足払いをしかける。
「それでは効きませんよ?」
だが、阿久津がそう簡単にどうにかなる訳もなく、一旦えりかは後ろに跳んで体勢を立て直す。
(殺すんだ……ゆりちゃんのために、何があろうと…………殺せ)
間髪入れずに、えりかは低い体勢から一気に加速し、阿久津のリーチギリギリに入る。
―――あれは……! 前にえりかちゃんにされて負けたやつだ!
見ていた由莉も阿久津があれに対応しきれる気がしなかった。あの問答無用で足を崩れ落とす技を攻略出来るわけが…………
「えりかさんも、同じ技が2度通じるとは思わない方がいいですよ?」
「…………えっ?」
仕掛けようとえりかが突っ込むと見せかけ、速度を急速に0にしたそのタイミングを見計らわれて阿久津に右腕を掴まれてしまった。完全にあてが外れたえりかは動かそうにも、やはり相手が大の大人だからビクともしない。
(もし、これが本当にこの人が殺そうとするならもう1秒も……かからない。どうする? どうすれば…………ゆりちゃんならどうする? この状況でゆりちゃんはあきらめる? あきらめて殺される? 殺されることをうけいれる? ……そんなこと、ゆりちゃんはしないっ!! ゆりちゃんのとなりにいるなら……ここであきらめちゃだめ!! もっと……今よりももっと………………本気で!)
「まだ……」
由莉はやっぱり阿久津さんには勝てないと思い込み、阿久津は諦めたと思っていたその時、えりかの気配がさらに濃くなるのが分かった。
「まけた、なんて言いませんよ?」
「っ!」
「っ!!」
その瞳は……もう、意識がほぼ失われているようにも感じた。異常性はもう見れば明らかだ。だが……ここから逆転なんて考えられない。しかし、どんな時でも考えて考えてその中で答えを出す由莉を見てきたえりかには1つ、一か八かの賭けの手段があった。
「殺す……ぜったいに…………殺す!」
えりかは体を思いっきり時計回りに捻って阿久津の腕の外側に入り、左手でナイフを持ち替え左脇腹にナイフを突き出す。
「なっ……」
阿久津も完全に面食らったようでかなり乱暴にえりかの腕を突き離すと、流石にまずいと一度距離を取った。
「これが…………えりかちゃんなの?」
由莉は阿久津が完全に焦った所を初めて見たような気がした。ここまで……強い、いや、諦めないえりかは初めて見た。それが、自分のためだと言うことも同時に分かった。
「ぜったいに殺しますよ、あくつさん」
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