間章
葛葉の日記 ①
由莉とえりかと葛葉の物語を葛葉の視点から日記という形で書いていきます。予定では2編
1編 初め~全員が集まるまで
2編 3人での夏祭り
それではどうぞ!
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家に着いた葛葉は素早く着物を脱ぎ、シャワーに入って、歯磨きをして、寝巻きに着替えるとすぐさま自分の部屋に入っていった。
そして、勉強用の机がある所まで行き引き出しから大学ノートとシャーペン1本を取り出すと椅子に座って今日起きたことを書き連ねようとペンを手に取った。
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今日の事を……この気持ちをいつまでも忘れないように、ここに書き留めておこうと思います。
私と……由莉ちゃんとえりかちゃんのお話。
この日、引っ越してきたばかりの私は渡辺さんと一緒に夏祭りへと出かけていました。
楽しかったのは事実なのですが……少し寂しかったのです。
渡辺さんはいましたが、同年代の友達がまだいなくて……1人というのは本当に寂しいと思いつつ、気遣ってくれた渡辺さんの気持ちを無下には出来ないので若干渋々でしたが楽しんでいました。
そうして浮かない気持ちで歩いていると、小さな子供達が集まって何かを見ているようなので何気なくその子達の視線を辿ってみると、桃色の浴衣と、水色の浴衣を来た女の子2人が射的をしていました。
そう、由莉ちゃんとえりかちゃんです。
もちろん、その時は名前すらわかりませんでした。
なぜそんなに注目されているのか聞き耳を立てていると、その子達は6発全てを的に当てていると言うので開いた口が塞がりませんでした。
私も何回かやった事がありますが、1発当てられるかどうかだったので、2人の凄さははっきりと理解出来ました。
そして、全部の弾を当てて山盛りになった袋を手渡されているのを見て本当にすごい子達だと思いました。
桃色の浴衣の子―――由莉ちゃんは身長だけ見れば私より2つか3つ下、水色の浴衣の子―――えりかちゃんとは恐らく同じ年なんだろうと思いましたが、本当に仲が良さそうで少し羨ましく思っていました。
そう思っていると、なんと、その2人は貰ったお菓子を見てくれていた子供たち全員に配り始めたのです。
あんな優しい笑顔で渡されれば誰でも断れないだろうなと思っていると、由莉ちゃんは私の所にもやってきてキャラメルの箱をくれたのです。
せっかく自分達でとった物だから自分達で分ければいいのにと思ってしまいましたが、こんなにも食べられないから、見てくれたお礼にと言われてしまい、さすがに拒否は出来ませんでした。
本当に本当に優くて澄んだ目をしている由莉ちゃんに私はこの時から既に惹かれていたのかもしれません。
それに……初対面のはずの由莉ちゃんとは初めて会った、という感じが一切しなかったのです。
とは言え、未だに気分が晴れず貰ったキャラメルを口に含みながら歩いていると、遅く歩きすぎたのか早く歩きすぎたのか分からないですが、気づけば渡辺さんとはぐれてしまっていました。
辺りを見回しても気配が全くなく、本当に1人になってしまったと、とても怖かったです。
震えが止まらなかったですが、とりあえず渡辺さんを探すことにし、とりあえずはずれにあるトイレへと向かおうと屋台の並ぶ場所から外れた途端、誰かに口を塞がれて連れていかれそうになりました。
必死に抵抗しましたが、力がない私は脇腹を殴られてあっさり意識を手放してしまいました。
目が覚めると口を縛られた状態で男達5人気に囲まれていました。
……全員、欲にまみれた汚い目をしていて心底気持ちが悪かったです。
同時にこれからどうなるんだろうと思いとても不安になりました。
……けど、助けを求める声も出せず、渡辺さんは今ごろオロオロしてそうだし……この状況から助かる望みを見い出せず、諦めそうになっていました。
その時です、急に音が聞こえたので見上げるとそこにはあの2人がいました。
どうしてここに!? という驚きで少し頭が真っ白になりましたが、ここに近づいたら2人まで捕まってしまうとなんとか声を出そうとしました。
けど、そうする前に2人は口を遮り、私を助けてくれると言い出したのです。
相手は大人、多勢に無勢だと思ってしまいましたが、その言葉を信じるしか私には助かる道もなく不安げに頷きました。
すると……由莉ちゃんとえりかちゃんが一瞬で移動して男2人を倒してしまったのです。
本当にただの女の子にしか見えないのにどうしてそんな事が出来るのか……と、今となっては思いますが、呆然としていた私はそのまま由莉ちゃんに担がれて一気にその場から離れました。
私もそんなに重くはないと思うのですが、それでも10歳くらいの女の子が担いで走れるとはとても思えなかったので、本当に2人には驚かされてばかりでした。
何はともあれ助かったと思いましたが、由莉ちゃんとえりかちゃんはまだ安心していないようで、声をかけても切迫しているようで頷くと、怒号が後ろの方から聞こえてきました。
それを聞いた由莉ちゃんは私とえりかちゃんを逃がすために一人で残ろうとしました。
しかし、いくら男達2人を倒したと言っても大人3人を由莉ちゃんだけで相手にするなんて出来るわけがないと焦りを隠せませんでした。
でも、由莉ちゃんとえりかちゃんはお互いを信頼しあっている様子で私の手を引っ張って2つに別れました。
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「ふぅ……いくらでも書けちゃうね。今でもあの事は忘れられないよ……」
葛葉は1度ペンを置くと思いっきり背伸びをした。文を書くのはそこそこ好きであったが、何千字と書くと少し疲れてしまう。
「由莉ちゃん……えりかちゃん……」
椅子の背もたれにもたれかかりながら2人の事を思い出していた。考えるだけでなんだか幸せな気分になれて、落ち着いたやる気が再び燃え上がってきた。
「よし、やろうっ」
葛葉はそう言いペンを手に取ると緑色の大学ノートに丁寧な文字で更に書き連ねていった。
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走っている最中も自分を逃がすための犠牲となって追ってを遮ってくれた由莉ちゃんの事が心配でどうしようもありませんでした。
もし、由莉ちゃんの身に何かあったら……そう思うだけで怖くてどうにかなりそうでしたが、えりかちゃんの言葉で勇気づけられ、由莉ちゃんの時間稼ぎを無駄にする訳にもいかないと雑木林を抜けようと必死に走りました。
私とえりかちゃんはそうやって走っていましたが、突然、横から誰かの手が私を捕まえようと伸びてきました。
その瞬間だけ……時間がゆっくり進んでいるようでした。
また捕まったら……今度は殺されるかもしれないと感じたんだと思います。
その時はえりかちゃんが私を引き倒してくれたおかげで難を逃れましたが、その手を伸ばした人を見て……震えが止まらなくなりました。
手に武器のような物を持っていたからかもしれませんが……抵抗すれば死ぬかもしれないと私の中で警鐘が鳴り響いていました。
それでもえりかちゃんはきっぱりと断るとその男は変な奇声を発しながら襲いかかってきました。
辛うじてえりかちゃんが耐えていましたが、顔が苦しそうにしながら私に逃げてと言いました。
気が動転していた私は焦っていましたが、えりかちゃんの叫ぶ声に押されるように逃げました。
1人っきりで走っている間も男の奇声とえりかちゃんの悲鳴が聞こえ、何度も何度も立ち止まりそうになりました。
自分の不注意が為に2人の女の子を巻き添えにして、危険な目に合わせて私は一体何の為にここに来たんだろうと、心臓の音が荒れ狂う中で後悔の念に侵されていました。
それでも、逃げるために運動が苦手でしたがなんとか雑木林の出口が見えてきました。
でも、まだその中には由莉ちゃんもえりかちゃんも取り残されたままで、誰か大人を呼ばなければ……もし2人が捕まって……酷い目に合わされていたなら私はどう償っていいのか分かりません。
その思いを抱え出口に到着すると何やら人影が2つ見えてきました。
誰か分からない内にその人影はすぐに駆け寄ってきました。
名前を知られていて、さっきの男達の仲間なのではという怖さともしかしたら2人の事を助けてくれるかもしれないという願いが渦巻きあっていました。
そして、結果的には後者だったようで安心したせいか力が抜けてしまいました。
この大人の人達……金髪で少し怖そうなお兄さん―――阿久津さんと、すごく妖艶な雰囲気のある女性―――音湖さんは2人の連れ添いとして来ていたようで事情の全てを話すと一緒に付いてきてくれると言われたので、由莉ちゃんとえりかちゃんの無事を祈りながら叫ぶと、それが通じたのかすぐに2人が姿を見せてくれました。
由莉ちゃんもえりかちゃんも無事だった事への嬉しさがこみあがって来ましたが、近づいてきて月の光が2人の顔を照らすと……えりかちゃんの右の頬から大量の血が流れ出ていて真っ赤に染まっていました。
死ぬような大怪我じゃないだけ良かったのかもしれません。
けど……それでもあんなに血を流しながら私を守ってくれた2人にどう言っていいのか分かりませんでした。
私は出来る限りその場の雰囲気を壊さないように黙りながら皆んなの話を聞いていましたが、状況を掴むのが少し難しかったです。
分かったのは、由莉ちゃんとえりかちゃんが本当に2人だけで連れていかれた私を見て助けようとしてくれたことくらいでした。
私は嬉しくて……でも、どうしようもなく申し訳なくて、どうすれば2人の為になるか考えました。
私には普通に、いつも通りに、友達と話すように接することくらいの事しか今の自分では出来そうにありませんでした。
金銭的なものや物での謝礼は渡辺さんを通さなければなりませんし……
と、そこで私はまだ2人に名前を教えていない事に気付き、阿久津さんに言って自己紹介をする時間を貰いました。
まずは……2人に対してお礼を言わなければと、腰を90°に曲げる……いわゆる所の最敬礼をしました。
帰ってきた言葉は……本当に思った通りの優しい言葉でした。どこまでも……どこまでも優しい2人に私は頭を上げて、ようやく自分の名前を教えることが出来ました。
―――栢野 葛葉、13歳です、と。
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