3人の誓いと別れ
―――2人とも……なんで泣いているの?
隣で涙を流し合う由莉とえりかを見ていた葛葉は少し声をかけようと口を開いたが……声を出すことはなかった。この状況で水を差すような真似は野暮だと思い、口を噤んだ。
―――きっと……2人にもあるんだよね。誰にも言えない秘密が……私みたいに…………。
それに、自分にも2人には言えない事があるのに、そんな事を詮索するのも良くないというのも葛葉の中にはあった。
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「うぅ……ぐすっ………葛葉ちゃんごめん……」
「ごめん、ね……」
暫く泣き続けた2人は葛葉を完全に置き去りにしていたと涙を制御が出来ないまま謝っていたが、いやいやいやと葛葉は手を横に振った。
「いいよいいよっ、2人にも色々あるんだよね? 私も……ううん、やっぱりなんでもない」
葛葉の少し暗いトーンの声に2人は少し疑問に思ったが、すぐにいつも通りの葛葉に戻ったので、とりあえず花火が凄すぎて食べそびれてしまった手に持っているりんご飴を食べることにした。
モールを外して、りんご飴を包んでいたプラスチックの袋を取っ払うと、表面が街頭や月の光に照らされていた。由莉とえりかは初めて食べるものだったから少し躊躇いながらも、まずはひと齧りしようと歯をりんごに突き立てた。
「ん……?固いね……」
「ど、どうすればいいのかな……」
想像以上に固くて困惑する2人をよそに葛葉はこうやって食べるんだよと、実際に見せるように齧りとった。
「由莉ちゃんもえりかちゃんも少し強く噛めば割れるから大丈夫だよ。あっ、割れた飴の破片で口の中切らないようにね?」
はーい、と2人は口を揃えて返事をするとさっきよりも強く突き立てるとカリッ、と飴が割れる音と共に柔らかいりんごを巻き込んで口の中に収まった。甘いりんごのみずみずしさと、飴のパリパリ感が未だかつて無い食感で、まるで異次元へと飛ばされてしまったような気分だった。
「なんだか不思議な感じだよ……パリパリって音がするのに、シャリシャリって音もする……すっごく美味しい……」
「あぅ……あめが歯にくっついて取れないよ〜っ。おいしいのに……」
「なかなか取れないからそれで口の中を傷つけたりするんだよね……だから、慎重にね?」
そうして3人は楽しみつつ飴が歯にくっつかないように注意しながら食べていった。夢中で食べていたせいか気がつけば、ほぼ同時に3人は最後の一口を食べ終えてしまっていた。
「このりんご飴、本当に当たりだったね……美味しくないりんご飴だと、パサパサするし、味がしないし、飴がざらざらするものもあるからね……」
「阿久津さん達に感謝しないとね〜」
「うんっ」
そんなこんなで話していると、本当に狙ったかのようなタイミングで阿久津と音湖、渡辺が並んで歩いてきたのが見えて、3人は立ち上がると駆け足でその元へと向かった。
「由莉さんにえりかさん、葛葉さんもどうでしたか?」
「はいっ!!凄かったです!」
「とっても感動しました!」
「こんなに凄い花火大会だったなんて全く知らなかったのでびっくりしました!」
3人の元気な声が帰ってきて阿久津は満足そうに頷き、さらに由莉とえりかの目元が赤くなっているのを見て、込めた意味を分かってくれたようで心底嬉しそうな表情を見せていた。
「にゃにゃ〜? あっくんのここまで喜んだ顔なんてレアだにゃ。写真にあれば何十枚でも撮って家に……」
「家ごと燃やしますよ?」
「調子に乗りましたにゃ、ごめんなさいにゃ」
本当に飽きないなと音湖と阿久津のネタ的流れに3人も苦笑いしていると、そんな雰囲気をなるべく壊さないように渡辺がしずしずと葛葉の元へとやって来て耳打ちをすると、「……分かりました」という返事が聞こえ、残念そうな表情で由莉とえりかに向き合った。
「……今度こそお別れ……なんだね」
「うん……由莉ちゃん、えりかちゃん、今日は本当に……本当にありがとう。2人がいなかったら今ごろ私……どうなってたか分からないよ」
「ううんっ、わたしもゆりちゃんも、くずはちゃんと一緒にいれて本当にたのしかったよ、ねっ?」
「うん! 葛葉ちゃんのおかげでもうずっと忘れる事の無い思い出になったよ。ありがとっ」
寂しさは分かれには付き物だ。だからこそ、言えることはすべて言っておきたかった。
「あっ、そうだ。ちょっと待ってて……はいっ、これ私の好きな髪を止める時のゴムなんだけど……2人にあげるよ」
葛葉は自分のバックの中にしまっていた黒色のゴムに深海が閉じ込められているような青色の石がついた物を2つ、由莉達に手渡した。
「えっ、いいの……?」
「もちろんだよ、2人だからこそ……持ってて欲しい」
「葛葉ちゃん……ありがとう」
「ぜったいに大切にするねっ」
由莉とえりかはしっかりと受け取ると自分達も何かあげられるものは無いかと一瞬考えたが、よく考えれば持ってるじゃないかと、由莉は優しいピンク色の、えりかは透き通った水色の小物入れを葛葉に渡した。
「これくらいしか……あげられるものがないけど、良かったら……使ってくれると嬉しいな」
「わたしのも……よかったらつかって?」
「由莉ちゃん、えりかちゃん……ありがとう! 大切にするよ……ほんとうに……ひっぐ……うぅ、泣かないって、決めてたのに……っ」
葛葉は2人から貰ったそれを受け取り胸の前で抱くと思わず涙が流れてしまった。……2人の前で初めて流した涙だった。そんな葛葉の様子につられ、由莉もえりかもまた涙がぶり返してきた。
「葛葉、ちゃん……っ、またいつか会えるよね?」
「また会いたいよ……くずはちゃん……っ!」
「うぅ……絶対、ぜったいに由莉ちゃんとえりかちゃんとまた会えるよ、また……今日みたいに、3人で楽しく…………っ」
葛葉は必ずそうなると確信していた。だが……えりかにとっての『3人』でというこの言葉の意味の重さは……桁違いだった。そして葛葉はそれを知る由もなかった。
だからこそ、えりかの中の勇気が一気に芽生えた。由莉の支えと葛葉から分けて貰ったこの感情、こんなに心強い物なんてこの世のどこになって存在しない。
「また……会うよ、くずはちゃん。やくそくする」
『やくそく』、それは由莉から『えりか』という名前を贈られてから初めてお互いを結んだもの、壊れかけても、失いかけても、その『やくそく』だけは2人をしっかりと結びつけてくれていた。
故に、えりかがするやくそくは自分の覚悟の証に他ならなかった
えりかが見せる真っ直ぐな目は由莉とすごく似ていた。ただ1つの事をを貫くために自分の何もかもを賭ける、そんな瞳だった。そしてその姿はどうしようもなく……かっこよかった。
「じゃあ、3人で約束しようよ! また、いつか絶対に会おうって」
「うんっ」
「そうだね!」
どんな約束の仕方がいいのか、分からなかったが、とりあえず葛葉が手を広げ前に翳したのを真似して、3方向から葛葉手の上に由莉の手が、由莉の手の上からえりかの手が重なるように置いた。
「いつかまた……会おう!」
「どこかで……ぜったいに!」
「そしてまた…………」
「「「3人で!!!」」」
その声が天へと届くように重ね合わせた手を一気に星の舞う空へと振りかざした。
―――葛葉はいつかまた会うことを
―――えりかはその為にも自分と向き合い打ち勝つことを
―――由莉は自分の死力を尽くすことを
この、一生忘れない3人の物語の幕を一旦引くようにして誓い合ったのだった。
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そうして、話すことを全て話した3人は駐車場へ向かうといつの間にか阿久津と渡辺の車が隣同士になっていたので、最後の最後まで一緒にいられると嬉しくなりながら車に乗るギリギリの瞬間まで、手を離す事は無かった。
そして、車に乗り込むとすぐに互いの顔が見えるように窓ガラスを全開にすると3人とも思いっきりの笑顔で手を振りあっていた。
「じゃあ、由莉ちゃん、えりかちゃん……またね!」
「またねー!」
「またね〜!!」
それは2つの車が動き出し、顔が見えなくなるまで、ずっと、ずーーっとし続けていたのだった。
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「今日は楽しめましたか?」
「はい……すっごく色んな事があって……楽しかったです。ね、えりかちゃ……ん?」
ちらっとえりかの方を見ると自分の方向へ寄りかかってくる最中だったので、しっかりと支えてあげると安らかな吐息が微かに聞こえてきた。今日は色々とありすぎてよっぽど疲れたんだろう。
「ふふっ、寝ちゃってる。今日は本当にありがとうね、えりかちゃん……」
「むにゃむにゃ……ゆりちゃんだいすきだよ……」
寝言でもそう言うなんてえりかちゃんは本当に甘えん坊だなぁ、と笑いつつも由莉はえりかの頭を優しく撫でてあげた。本当にえりかがいなければ葛葉を助ける事も難しかったと今となってははっきり思う由莉はいくら労っても足りないようだった。
と、由莉も眠気が襲ってくる前に阿久津に1つの相談を持ちかけることにした。祭りの際に音湖と交わしたその内容を――――。
「阿久津さん、1つお願いをしてもいいですか?」
「ええ、いいですよ?」
「……音湖さんにも近接戦を教えてもらいたいです」
音湖にあった時からずっと由莉は思っていた。もっと強くなって、えりかを助けるためには……音湖の協力が必要になってくる、と。
出会った時に見せた反応しきれないスピードは由莉に異常なまでに印象を強めていた。そして、阿久津とも互角と言う音湖にも力を借りたかったのだ。
「そうですか……確かにねこは強いですからね。しょうがありません、今回は事情が事情なので許可しましょう。ねこ、いいですか?」
「……分かったにゃ。けど、うちも色々準備しなくちゃいけないから1週間ほど待ってくれるかにゃ?」
「はいっ。ありがとうございます、阿久津さん、音湖さん」
阿久津から特に何も言われることなく承諾され、由莉は嬉しさがこみ上げると同時に隣で眠っているえりかの為に、自分は何だってすることを改めて決意した。
―――絶対に、えりかちゃんを助けるんだ。そうやって……『約束』したんだから。……っ!?
そう思った途端、由莉は激しい頭痛に顔を顰めた。数ヶ月ぶりにくるこの痛み、由莉は直感的にまた何かを思い出すんだと思い必死に耐えた。そして痛みが頂点へ達した時―――あの声が聞こえてきた。
《約束だよ、ゆーちゃん……》
全てを包んでくれるような優しい声だった。聞いたことのないはずなのに……なんだか胸が暖かくなり、とても愛おしいように感じた。
―――私……あの子と何か約束したんだ……でも、何をしたんだろう…………
少し考えてみたものの分かるわけもなく、いずれ思い出す事だと今は割り切る事にした。そうして、自分に出来る準備を終えた由莉はえりかにつられるようにして深い眠りへと誘われていた。
「阿久津さん……少し眠いので……着いたら起こしてくれますか……?」
「えぇ、由莉さんもゆっくり休んでください」
「ありがとう……ございます……」
遂に限界を迎えた由莉は目を閉じる前に何気なく窓の外を見てみた。すると……………
(あれ……? 前にいた家だ……)
見えたのはほんの一瞬だったし、暗い中だったが、確かに4か月前まで住んでいた家だと分かった。理由は至って単純に、街路灯に照らされた家の前の錆びたスコップがあったからだ。そこを出ていく時もどうも引っかかったが、何故か今回もそれに反応してしまった。
なんでだろう? と考え、結論を出そうとしたが遂に由莉の意識は夢の中へと流れ込んでしまった。
こうして由莉とえりかの長い長い1日が幕を閉じた。
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―――この先に待ち受ける由莉の最大の試練がこの日からゆっくりと、1歩ずつ確かに迫り始めていた。えりかの記憶が戻る時、そこに待ち受けるのは生か死か………………それを握るのは大羽由莉自身なのだった。
次章
第5章後編 殺す者と救う者
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何話か幕間を挟む予定です
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