第3節 にゃははとねこは笑う

由莉達は『あの人』に会いました

 由莉達は車に乗り、次の目的地へと向かっていたが、ふと思い出したかのように由莉は阿久津に1つ聞いた。


「そう言えば、最近マスターに会えてないんですけど……何かあったのですか?」


「そうですね……少し別の場所で問題が発生したので直接収めに行ったみたいです。帰ってくるのは……3ヶ月後と言ってましたね」


「さ、3ヶ月……!?大丈夫でしょうか……?」


 さすがに由莉もそれだけの期間を使うなんて余程の大事なんだろうと心配した。


「マスターなら大丈夫ですよ。死線を無数にくぐり抜けてきた人ですし…………犠牲もありましたが……ね」


「…………」


 由莉は黙り込むことしか出来なかった。考えてみれば自分のいる世界で仲間の犠牲や死を無しに生きている人の方がおかしいのだ。そして由莉もまた…………


「マスターは帰ってきますよ。何だかんだ死にきらない人ですし」


「それなら……大丈夫ですよね」


 少しだけ不安を残しつつもマスターなら大丈夫!と割り切った由莉はもうすぐ着くであろう目的地の場所に思いを馳せるのだった。


 __________________


 着いた頃には既に4時を迎えようとし、若干日が傾いていた。


「さて……着きましたよ」


 車の窓からひょっこり覗くとそこには少しこじんまりした建物があった。白い外装で、扉には黒の格子、和を感じさせるシンプルなデザインの店だった。店の名前は『唐柏からかしわ』とそう書いてあった。


「ゆりちゃん、あれって服……?」


「多分そうだよ……えっと、浴衣だっけ……」


 二人は店の窓から僅かに中にあるカラフルな色の服が見え、気になって車の窓に張り付いていた。


「さて、そろそろ行きましょうか。……もたもたしていると車に飛びつかれそうなので」


 阿久津の少し暗い声に由莉もえりかもピクつきながら外に出た。蒸し暑くて若干嫌になりそうだったから二人とも早く中に入ろうとしたその時___




「待ってたにゃあぁーー!!!あっくんーー!!!」




 店の扉をぶち破るように開け一人の女性が飛び出し風が通ったかのような速度で二人の前を通り過ぎた。


(えっ、あっくん……?)


(あっくん……阿久津さんのこと?)


 二人の存在にも気付かず、由莉よりも若干短い黒髪の豊満な体つきの女性は一直線に阿久津の元へ向かった。


「会いたかったにゃ!ずっと来るのを楽しみに……」


 阿久津が車から出てドアを閉めた絶妙な隙を狙って飛びつこうとしたがサッと躱されてそのまま車に顔面から突っ込んでいった。


「に゛ゃ!?うぅ……酷いにゃ、あっくん……」


「だから、毎回それをするのやめなさい、『音湖(ねこ)』」


「ね、ねこ!?」

「えっ……?」


 顔を押さえて涙目になっているその女性の事を『音湖ねこ』と呼ぶ阿久津に二人とも驚きを隠せなかった。


「だってにゃ〜、久しぶりにあっくんと会えるのだけで嬉しいのにあっくんから連絡が入った時には思わずレジ破壊しかけたにゃ」


「壊したらお金が消えますが」


「あ、それは困るからやらなかったけどにゃ〜。にゃ〜あっくんの匂いがするにゃ」


「……暑苦しいから離れなさい、音湖」


 阿久津がその女性___音湖に抱きつかれ心底嫌がっている様子に由莉もえりかも阿久津さんが言ってた『あの人』だと分かった。


(すごい積極的な人だよね……あのねこ……さん?)


(うん……阿久津さんめんどくさそうにしてるね……)


 阿久津さんと音湖さんの関係って何だろう……、そう思っていた二人だったがようやく気づいてもらえたようで……


「にゃ!?可愛い子猫ちゃん達にゃ!」


「っ!?」

「ひゃ!?」


 反応しきれない速度で抱きついてた音湖に由莉もえりかも呆気に取られていた。


(嘘……!?この人いつの間に……ん……なんか柔らかいものが押し当てられるような……)


(速くて動けなかったよ……でも、なんで……?)


「音湖の遊び道具じゃないんだから変な事をしないでください。マスターに消されても知りませんからね」


 阿久津がそう言って軽く注意すると音湖の気配がサッと変わった。


「……にゃ〜?あの方がそんなに大切にしてるのかにゃ?って事はだにゃ……キミたちも『こっち』側の人間なのかにゃ?」


 懐っこいような雰囲気が一気に獲物を狙う狩人へと変わり、目も一気に鋭くなった。


「こっち側……もしかしてねこさんも……」


「音湖さん……はい、そうだと思います」


 二人の物怖じしない返事に多少の間を置くと音湖も少し離れると何かに納得したように頷くとさっきまでの気配をサッと消し去った。


「なるほどにゃ〜、そっちのピンクの小さな子猫ちゃん、名前はなんにゃ?」


「……?大羽由莉です」


「由莉ちゃん……よし、分かったにゃ。んで、そっちの水色の子猫ちゃんの名前は?」


「えりかと言います……あの、あなたは……?」


「えりかちゃんにゃ?おっけー、覚えたにゃ。……そう言えば自己紹介がまだだったにゃ。うちは

『斑猫 音湖(はんみょう ねこ)』にゃ。よろしくにゃ」


 阿久津と頭一つ分くらい背が違う音湖は軽く微笑んで二人へ挨拶をした。


「よろしくお願いします」

「よろしくおねがいします」


 由莉とえりかも二人揃って頭を下げると音湖も嬉しそうにしていた。


「うん、素直な子猫ちゃん達にゃ。うちも気に入ったにゃ!さて、二人ともこっちに来るにゃ。少し時間も無いみたいだしにゃ」


 急かす音湖に由莉もえりかも疑問の目を向けていた。そんな二人の様子を見て音湖もまた首を傾げていた。


「にゃ?もしや……あっくん、二人に何も話さずにここに連れてきたのかにゃ〜?」


「えぇ、まぁ……電話で言ったでしょう?」


「あっくんからの電話に興奮しすぎて途中聞いてなかったにゃ……にゃはは」


 誤魔化すように笑う音湖を阿久津は重いため息をつきながら額を押さえた。


「はぁ……とりあえずお願いするよ。二人に似合うものを見てやってくれないか」


「にゃ……!あっくんのお願いならおまかせにゃ!さぁ、二人とも中に入るにゃ!」


 情熱の炎で燃える音湖の目を見て抵抗しても意味がないと早々に察し由莉もえりかも店中へと押し込まれていった。

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