由莉達はご飯を食べました part2

「も、もう二度と普通に話せないかと思ったよ……炭酸怖い……」


 暫くしてようやく痛みが収まった由莉は目の前の黒いシュワシュワの液体が怖くなっていた。人を殺すのに躊躇いがなくなった少女でも怖いものはあるのだ。


「ゆ、ゆりちゃんしっかり……少しずつ飲めばそんなにきつくはない……と思うよ」


 えりかもストローをさしてコーラを少しだけ口に含んだ。炭酸がはじける感覚にえりかも思わず口をしぼめた。


 ____これをゆりちゃんはたくさん飲んじゃったんだ…………


「最初から一気飲みするとそうなりますよ。……私も初めにそれをやって盛大に吹き出しましたからね……」


 少し自嘲気味に話す阿久津を見て由莉も勇気を振り絞ってもう一度コーラを飲んだ。今度はほんの少しだけ___


「あっ、少しずつならいける……それに甘くて美味しい……」


 最初はあまりに凄まじい炭酸のパンチで味を感じる暇も与えられなかったが、くどいくらいのねっとりした甘さなのにそれを炭酸が全てなかったことにするような爽やかさを体感し、由莉の心を鷲掴みにした。


「えりかちゃん、どうしよう……私ハマりそうだよ……」


「また一気に飲んだらだめだよ?」


「むぅ、分かってるよ〜」


 二人でわいわいしていると、店員が二つの大きな木の皿を持ってやってきた。


「お待たせしました。こちらマルゲリータのLサイズと照り焼きチキンのLサイズになります」


「おお〜」

「おぉ……」


 由莉とえりかは実物のピザを見るなり目をキラキラ輝かせた。焼きたて示すように漂う湯気と鼻をくすぐるようないい匂いにうっとりしていた。


「では、ごゆっくりどうぞ」


 店員がレシートを透明な丸筒の中に差し込むと軽くお辞儀して去っていった。


「さて、今から分けるので少し待っていてくださいね」


 阿久津はそう言って店員が持ってきた銀色のピザカッターを手に取ると慣れた手つきで2つのピザをそれぞれ12等分に切り分けた。


「すごい……本当に全部均等に切られてる……阿久津さん本当にに手先器用ですよね。料理も美味しいし……羨ましいです」


「そこまで褒められると何か裏があると思ってしまいますよ?」


「……もうっ、素直に受け取ってくださいよ!」


「冗談です。そうですね……多分ですが、私が器用になったのはマスターが不器用すぎたからですかね……」


 もう知らないっ、と由莉はヤケになって一切れ取ろうとしていたがマスターの話が出てピタッとその手が止まった。


「えっ……?マスターってそんなに不器用なんですか?」


「ああ見えて色々とそういう所があるんですよね。……ここだけの話にしてくださいよ?バレたら私の首が繋がってる保証がないです」


「その脅し方やめてくださいよ……怖いじゃないですか……」


 さすがに阿久津の首が飛ぶのは嫌だった由莉は心の中に大事にしまっておくことにした。

 すると、今まで黙って聞いていたえりかが恐る恐る由莉に質問をした。


「ゆりちゃん……マスターって……?」


「あっ、そう言えばまだえりかちゃん目が覚めてから一度も会ってなかったよね。マスターは……私を助けてくれた人なんだよ。……少し長くなりそうだし今度ゆっくり話そ?それに早く食べないと出来たてなのに冷めちゃうよ」


「うんっ」


 えりかも少しは納得したようでそれ以上は聞くことはなかった。いや、疑問が晴れたおかげで食欲が一気に気持ちの全面に出たようで早く食べたいようでうずうずしていた。

 そんなえりかを見て由莉も食べる気持ちを抑えられなくなり、二人揃って「いただきます!」と言うと、まずはマルゲリータを一切れずつふちの方を持った。


 まだ焼きたてなのもあって普通に持ってたら火傷しそうなくらい熱く、二人とも指の先の方で持ちながら具を零さないように急いで一口食べた。


(熱い熱い……っ!早く置かないと火傷しちゃ……あれ!?なんか伸びてる!?)


(えっ……!?)


 噛みきったと思っていたチーズが餅のように伸びたことに驚いて由莉は危うく服の上にピザを落としかけ、えりかは熱さを忘れ呆然としてしまった。

 なんとか落とさずに自分の皿の上にピザを置いた由莉は伸びたチーズを麺をすするように吸い込もうとしたが全然上手くいかず、仕方なく手で強引にちぎった。


(びっくりした〜あんなにチーズって伸びるんだ……美味しい……もぐもぐ)


 少し厚めのもっちりとした生地とフレッシュで程よい酸味のあるトマトソース、そして濃厚で噛めば噛むほど旨みが染み出してくるチーズが三重奏となって口の中で奏でられた。


「美味しい……はむっ……」


「ゆりちゃんすごい勢いで食べてる……んっ」


 夢中になって食べ進める由莉に驚きながらえりかも、もう一口頬張った。今度は真ん中の方に乗っていた緑色の葉っぱも一緒に食べた。


 一口目に食べた時のトリオに加え、その葉っぱ独特の苦味や程よい香りが乱入し、三重奏トリオ四重奏カルテットを飛び越え五重奏クインテットへと風貌を変えた。最初はその苦味に首を傾げていたがすぐに慣れたようで自然と笑顔が漏れだしていた。


「阿久津さん、これってなんですか……?」


「バジルですよ。少し独特な味がするので合うか分かりませんでしたが……その様子だと大丈夫だったみたいですね」


「はいっ。ね、ゆりちゃん?」


「うん………もぐもぐ」


「ゆ、ゆりちゃんもう一つ食べ終わっちゃうよ……」


 話す暇などない、そう言ってるかのように由莉はすごい速さで食べていた。この状態の由莉は何を言ってもひと段落するまで何も返さないのを知ってた二人は思わず笑ってしまったが、自分達も熱いうちにとえりかと阿久津も食べるスピードを早めたのだった。


 ___ちゅーー………ピザとコーラの組み合わせすごい……!だから阿久津さんが選んだんだよね


 そして、その隣では由莉がピザとコーラの組み合わせのあまりの良さに感動して一人で舌を巻いていた。


 ___________________



 3人ともマルゲリータを2切れずつ食べ全体の半分を食べ終わった所で、一旦もう一つの照り焼きチキンにも手をつけた。

 出されてから少し時間が空いたのもあって火傷しそうな熱さではなかったがそれでも少し持ち続けるのが辛いほどには熱かった。さらに今回はマルゲリータとは違って大量のたまごや照り焼きの肉が乗っていたので、二人とも細心の注意を払いながら顔を少し前に突き出し、こぼれても自分の皿の上に落ちるようにしてからパクッと頬張った。


 こってりとした甘みのあるお肉に濃厚で深みのある卵、そこにちょっぴり酸味が効いたマヨネーズが二つの甘さをより引き立てる。マルゲリータとはボリュームの桁違いさや、全く趣向が異なる味に由莉もえりかも虜になった。

 若干、女の子にはきつめのこってりさだったが、たっぷり運動してお腹がぺこぺこだった二人には寧ろエネルギーが満たされるような感覚だった。


「これもすごいおいしい……ね、ゆりちゃ…………」


 由莉は夢中で食べていた。


「うん、何となく分かってたよ……あはは」


「由莉さんの集中力は一般人の域を軽々と超えてますからね……多分今なら何言っても聞こえてないと思いますよ。例えば……『獣みたいな……』」


「何か言いましたか、阿久津さん?」


「いえ何も?」


 由莉にちらっと睨まれるも何とかスルーに成功し内心ほっとする阿久津なのであった。


 ______________



 それから10分後


 2枚のピザはすっかり影かたちも無くなっていた。


「えりかちゃ〜ん……もう私お腹いっぱいだよ〜」


「わたしもだよ〜ゆりちゃん凄い勢いで食べてたからね……」


 由莉もえりかも初めて食べるピザで身も心もすっかり回復していた。もう夜ご飯食べられないかも……?なんて思っていたが、阿久津の表情は若干淀んでいた。


「そうですね……『あの人』と会うならこのくらいお腹いっぱいにして行った方がいいですね」


「あの人……ですか?」

「あの人……誰だろう……」


「会ってみれば分かりますよ……はぁ、あれには当分関わる気はなかったのですが今回は仕方ありませんね」


 普段優しい阿久津がここまで嫌がるのを見たことがなかった二人は『あの人』に会うことが少し楽しみでもあり怖くもあった。


「それでは行きましょうか。もう連絡も入れてあるので待ってると思いますよ……」


「は、はい……」

「はい……」


 会計を済ませてしまうと三人はデパートから出て再び車に乗り込むと次の目的地へと向かうのであった。



 阿久津が心底嫌がる『あの人』がいる場所へと……

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