由莉とえりかは初めて外出しました

「ここは……デパート…………だよね?」


止まったのに気づいた由莉とえりかはドアを開けて外に出ると目の前には目が回りそうなくらいの数の車が収容所の囚人のように並べられ、その先には上にも横にも見たこともないくらい大きな建物がそびえ立っていた。


「すごいね……こんなに車があるなんて……」


果てしない広さにえりかは圧倒されていたが、由莉は何かを考えるように辺りをきょろきょろしていた。


「ゆりちゃん……?どうしたの?」


「ざっと……3000台」


「えっ……?3000台……?」


えりかにはその数字が何を意味するのか分からなかった。車のことを言ってるっぽいけど……


「ここに入る……車の台数」


「えっ、ゆりちゃん分かるの!?」


どこかで調べたのかな……?と思い、尋ねると由莉は頭の上にハテナを浮かべながらその根拠を語った。


「全部そうじゃないと思うけどだいたい縦に……30台、横に……70台くらい?屋上にも駐車場があるって聞いたことあるし、その半分以上は入ると思うから多分そのくらいかな〜って。もしかしたら3,500台入っちゃいそうだけどね」


車から出て鍵を閉めた阿久津はそう由莉が話しているのを耳に挟んで思わず鍵を落としそうになってしまった。何とか落とさずに済むと、車と車の間を縫って2人の元に向かった。


「……本当に由莉さんの空間把握能力おかしいですね。ここの収容台数は3700台です」


阿久津もマスターから聞かされていたが、いざ実際に見てみると本当にいかれてるとしかいいようがなかった。どうすればそんな感覚が身につくんだと聞きたいくらいだったが、後回しにした。


「さて、行きましょうか。分かってると思いますが、店の中で騒ぐと目立つのでなるべく小さな声で話すこと、それから絶対に離れないでくださいね。この広さですから1度はぐれたら恐らくもう出会えないですよ?」


「は〜い」

「はいっ」


二人は手を繋ぎながら阿久津を見失わないようにお互いに注意しながらその中をついて行った。


_____________________



中に入ると外のモワッとした熱気から一転し、涼しい空気が二人の身を包んで気分が良くなった。

そして二人が見たのは……視界を埋めつくさんとばかりの人、人…………人。今日は週末なのもあって子連れの親や年寄りなど幅広い年齢層の客がひしめき合っていた。


「涼しいね〜……けど、人が多くて怖い…………」


「確かにこの人数は……すごいね。でも、私は大丈夫だよ」


「え……?なんで?」


怯えながらそう尋ねるえりかに由莉は握っている手を少し強めた。


「だって、えりかちゃんと一緒だもん。こうやって手を繋いでいればどこにだって行ける気がするよ」


「ゆりちゃん……うんっ、そうだね」


自信がこもったその言葉を聞いて安心したえりかは同じようにキュッと握る力を強め阿久津のあとをついて行った。


______________


「さて、ここで何着か買いましょうか。外に出る時、ジャージだけだと何かと目立ちますしね」


そう言われ連れてこられたのは店内の中の一角にある他のところと雰囲気が違う場所だった。

白色の床から1歩入ると木目の床へと変貌し、暖かい色のライトやゆっくりと回るシーリングファンがモダンで静かな雰囲気を醸し出している。

そして、置かれている白の机や棚、かけられているハンガーには男物から女物まで幅広く取り揃えられていた。


「そうですね……最初から私が決めてもなんですし、一度二人で見てみてください。私はそれについて行きます」


「はいっ。行こ、ゆりちゃん?」


「うん!」


えりかも乗り気になったようで、由莉を引き連れる形で店内に潜り込んでいくと色んな服を見てまわった。

だが、由莉とえりかの感性に当てはまる服はなかなか見つからない。ちょっとはいいな……とは思っても自分が着ても……という思いが強くてどうしても躊躇ってしまう。


「こういうの少しかっこいいと思うな〜」


ふとえりかが呟いて取ったのは黒文字で英語がマークされている白色のシャツだった。こういうのが好きなのかな?と思いつつそのシャツを由莉も覗いてみた_____


「…………えりかちゃん、これはやめよ?」


「え?でも……」


「おねがい」


由莉にマジの口調でお願いをされ、えりかも仕方なくそれを元の場所に戻した。


「う、うん……でもなんで……?」


少し不満そうなえりかに由莉はそっと近づくとえりかにしか聞こえないくらい小さな声で耳元で囁いた。


「……あのシャツに書かれていたDIARRHEAって単語なんだけどね、あれ…………『下痢』って意味なんだよ」


「!?」


「だから、やめておいた方がいいかなって……引き止めたりしてごめんね」


「ううん、教えてくれてありがと、ゆりちゃん」


ゆりちゃんがいてくれて本当に良かった……と心の底からホッとするえりかだったが、どれが自分に似合うか分からず気づけば由莉と一緒に店内を1周してしまった。


「なかなか決まらないね……どうしよう」


「今度は阿久津さんに頼らず自分で選びたいんだけど……なにか……何かないかな…………」


____さっきまでいいと思ったものも少し躊躇っちゃった。それは着てなかった種類のものだからだと思う。じゃあ、抵抗がない物を買えばいいんだよね、私が着ても抵抗感がなさそうなもの……なんだ……なんだ、なんだ?探すんだ……私が躊躇しないもの……それは…………




あった!!!




そもそも、『私』自身が探す必要なんてなかったんだ!


「えりかちゃんっ」


「っ、ゆりちゃん何かいい案思いついたの?」


自信ありげな由莉の表情にえりかも何かいい事を思いついたんだと察した。


「えりかちゃん、『私』に似合いそうな服選んで?」


「ゆりちゃんに似合いそうな……?」


「うんっ、私たちが今まで決められなかったのは自分が似合うか分からなかったからだと思う。でも……『お互いのことを知ってる相手の服』なら自信を持って選べると思ったんだ〜」


「ゆりちゃんに似合う服……うん、それならっ」


___自分の事は自分が一番分かってるってよく言うけど今の……『私』『わたし』は違う。『私』『わたし』が一番知ってるのは……


___えりかちゃんだ!!!


___ゆりちゃんだ!!!

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